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風景画がもたらした美しい景色への感動〜『名画の力』
◆宮下規久朗著『名画の力』
出版社:光文社
発売時期:2024年7月
美術史家によるエッセイ集で、産経新聞に連載しているエッセイを中心にまとめたものです。同紙連載からの書籍化としては五冊目になるらしい。
基本的には著者自身が観た展覧会のレビューが軸になっていますが、テーマやコンセプトごとに編集に工夫を凝らしているので、単調な感じはしません。古代エジプトの「死者の書」から現代アートまで、文字どおり世界の美術史をざっくりとカバーした内容です。
とりわけ印象深かったのは〈知られざる画家たち〉と題した一章。江戸の洋風画家・亜欧堂田善、尼崎出身の油彩画家・櫻井忠剛、明治初期の夭折の洋画家・亀井竹二郎……といった画家たちは本書で初めてその名を知りました。またドイツ印象派画家のレッサー・ウリーは、2022年に大阪・あべのハルカス美術館で行われた「イスラエル博物館所蔵〜印象派・光の系譜」展で私も観たのでひときわ興味深く読みました。《夜のポツダム広場》《冬のベルリン》などは私の周囲でも話題になっていた作品です。
また風景画の歴史に関して人類と風景と美術の関係を述べたくだりも勉強になりました。美しい景色を見て感動するのはけっして普遍的な現象ではないと指摘しているのは一つの見識を示すものでしょう。
人は美しい景色を見ると感動する。だがそれは風景画や風景写真を見た記憶や経験がそうさせるのであって、それらが登場する以前は、人が目の前の景色に感動することはほとんどなかった。(p60)
この一文から「自然は芸術を模倣する」という箴言を想起するのはピントはずれででしょうか。
それにしても版元がセ本書のールストークとして引用しているのが「名画の力とは、現場で作品と向き合ったときこそ発揮されるもの」というありふれたフレーズなのはなんとも冴えない感じがします。もっと前面に押し出すべき言説は本書のなかに散りばめられているはずなのですが。