見出し画像

多彩な宮内ワールドを楽しむ〜『国歌を作った男』

◆宮内悠介著『国歌を作った男』
出版社:講談社
発売時期:2024年2月

宮内悠介の短編集。13篇が収録されていますが、SF、ミステリ、名作のパロディ、純文学的作品とテイストはバラエティに富んでいます。

とりわけ「歴史改変SF」に宮内の才気がいかんなく発揮されているように思いました。
たとえば〈パニック──一九六五年のSNS〉は、実在した作家・開高健が戦時下のベトナムに従軍特派員として赴いた際に、一時「行方不明」と報道された事実をベースにした作品。世間から「自己責任」なる言葉で非難を浴びるという展開は、その後に起きたイラクでの日本人人質事件を想起させます。高度経済成長期に現代のSNSを絡ませたところがミソ。

また米国を舞台にした表題作もそのジャンルに含めていいかもしれません。
移民三世のジョン・アイヴァネンコは架空のキャラクターですが、彼が遺したのは、国民的人気を得たゲーム作品とそのプログラム、そして音楽。音楽はアレンジを重ね、やがて「国歌」とまで呼ばれるようになります。自身に関する情報をほとんど残さなかったジョンについて、語り手がその人間像にせまっていくというフレームで話は進みます。そのプロセスをとおしてアメリカ社会のありかたをも浮かび上がらせるという構成はなかなか堂に入っていると感じました。

かつて囲碁棋士として活躍した老人と孫娘の交流を描き出した〈十九路の地図〉も印象深い。車に撥ねられ頭を打った祖父は一命をとりとめるも植物状態になります。そこで脳と機械をつなぐブレイン・マシン・インタフェースを使ったリハビリが試みられます。電極を介して祖父の視覚野に十九かける十九の画素を接続し、さらに祖父がイメージする画像を機械的に読み取る手法で、囲碁をベースにしたコミュニケーションをはかるのです。対局の相手をつとめるのは幼い頃、祖父に囲碁のてほどきを受けた孫娘。この作品の素晴らしさは祖父の回復とともに、相手をする孫娘の生活にも変化が起きることです。

このほか、ボルヘス作品のパロディである〈死と割り算〉、韓国とほど近い対馬を舞台にした〈国境の子〉、メンタルクリニックの医師と看護師、中国人の整体師の三者が織り成す〈三つの月〉などなど他の作品もそれぞれに良い味を醸し出しています。

史上初めて芥川賞、直木賞、三島賞、山本賞全てにノミネートされた作家というだけあって、手法は多種多彩。そしていかなるジャンルの作品であっても登場人物に人としての温かみを感じさせるのもこの作家の美質といえましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?