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沈む大国と世界の多様化〜『問題はロシアより、むしろアメリカだ』

◆エマニュエル・トッド、池上彰著『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』(大野舞通訳)
出版社:朝日新聞出版
発売時期:2023年6月

本国の主要メディアから締め出されたフランスの人類学者が日本のメディア相手に放談に興じるという本です。

話の取っ掛かりはロシアによるウクライナ侵攻をどうみるかという問題。西側諸国の政府や論客たちは一斉にロシアの蛮行を非難しました。けれどもエマニュエル・トッドのスタンスはそれから一線を画し、自由や民主主義に関する欧米諸国のダブルスタンダードを繰り返し指弾します。とくにアメリカに対する批判は辛辣。ベトナムやイラクで行ってきた侵略戦争を例に挙げ、ロシアを批判する資格があるのかと問います。欧米の二枚舌に対する批判は本書刊行後のイスラエルへの対応をみるといっそう説得力が増した感じがします。

むろんそのレベルの話なら少なからぬ論客が言っていることで、特に驚くには当たりません。本書に注目すべき点があるとすれば、家族システムを核に人類学的見地から世界情勢を分析するくだりでしょう。良くも悪しくもそこにトッドらしさが出ていると思います。ロシアと西側諸国との対立は家族システムに基づく人類学的対立でもあるという見立てはなるほど興味深い。

 ……世界には確かにさまざまな家族システムがあり、それがまさに人類学的な観点なんですけれど、そこと思想というものには関係があるということが、私が人生を通してずっと研究してきた点なんです。
 たとえば、個人の解放や個人主義につながる核家族構造というのは、民主主義の台頭には欠かせない要素の一つであるということや、父系制や共同体家族構造の地域では、共同体的なシステムが政治システムを生み出す傾向があるといったようなことです。(p113)

一般に、アングロサクソンの国々やフランス、スカンジナビアなどでは、核家族の構造をもち、女性の地位が高く、相続は親の遺言で決定したり(絶対核家族)、子どもたちの間で平等に男女差別なく分け合ったり(平等主義核家族)という特徴があるといいます。

一方、ロシアや中国、アラブ諸国では、一般に父系制で、共同体家族の構造があります。この親族のシステムでは、相続は男性を通じて行われていきます。共産主義の誕生も、そうした共同体の家族構造を背景とするというのがトッドの見方です。ちなみにトッドによれば、日本は家族システムでみれば「中間的」な立場ということになります。

この観点に立つと、ヨーロッパ諸国は「孤立」しているらしい。「世界の大半は父系制の家族システムであり、権威主義的な家族構造」の国が70%を超えます。そこから「西側諸国VS世界」という対立構図が見えてくるというわけです。

そうした人類学的見地をベースに、昨今の産業生産力なども比較して「アメリカの没落」を憂慮するという話に進んでいきます。日本は核武装すべしという主張はその文脈で出てきます。それが「真の自立を得るための手段」の一つということらしい。もっともアメリカ没落論については、トッド自身が「アメリカフォビア」であるとも述べていますから、その点は差し引いて読む必要があるかもしれません。

蛇足ながら、ロシアも悪いがアメリカも悪いというような「どっちもどっち」論で、結果としてロシアの蛮行を免責してしまう一部の議論には私自身はもちろん賛同できません。トッドの見解は下手をするとその文脈で悪用されかねない危ういものだと感じます。
国家の横暴はどの国であろうとその都度批判していかなければ、世界は正義に近づくことはできないでしょう。

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