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日本女性労働史の暗部に光を当てる〜『家政婦の歴史』

◆濱口桂一郎著『家政婦の歴史』
出版社:文藝春秋
発売時期:2023年7月

家政婦といえば、市原悦子が演じたテレビドラマシリーズを思い出す人は多いでしょう。もっともそのドラマにおける彼女の立場は狂言回し的なもので、私の記憶では、家政婦という職業にまつわる社会的不条理や葛藤はほとんど描かれることはなかったように思います。

家政婦という労働者は法律上いかなる立場にある者なのか。その観点から見直したとき、「戦後日本の労働法制の根本に潜む矛盾」が浮かび上がってくる──。それが本書の狙いとするところです。

今日の家政婦紹介所につながる派出婦会なるニュービジネスを立ち上げたのは、大和俊子という女性でした。1918年、仲間の婦人とともに「家庭にある既婚婦人が自分の暇な時間を利用して他の家庭の裁縫から洗濯までの仕事を手伝ったらいいんじゃないか」と思いつき、それを実行に移したのです。
しかし、派出婦会のその後の社会的地位の変転は摩訶不思議な様相を呈することとなりました。

 ……変転極まりない人材ビジネスの歴史の中でも、そのねじれっぷりにおいて派出婦会から家政婦紹介所に至る推移を超えるものは見当たりません。一銀行員の妻が始めた暇な専業主婦の派遣業から始まり、「女中代わり」のニュービジネスとして急拡大する中で、戦時下にはピンハネ親方の人夫供給業と同じ規制の下に置かれ、戦後GHQの命令で弊害もないのに禁止された挙げ句、元々異なるビジネスモデルであった有料職業紹介事業という仮面を被らされ、その結果労働基準法や労災保険法の保護を剥奪されてしまうという、波瀾万丈の物語です。(p254)

労働法の研究者からも労働関係者からもマトモな関心を寄せられることなく、法的に保護されることもなかった。まさに家政婦なる存在は「戦後日本の労働法制の根本に潜む矛盾」を体現する人たちだったのです。

著者は、労働省官僚などを経て労働政策研究・研修機構労働政策研究所の所長を務める人物。
家政婦の過労死裁判において、家政婦は家事使用人として介護・家事に従事する者で労働基準法の適用除外とされ、労災保険法も適用されなかった一件から語り起こしていく本書の運びは理路整然としています。いささか単調な読み味ではありますが、労働法制史の盲点をついた記述内容は一つの見識を示したものといえるでしょう。

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