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映画館を燃やす〜『イングロリアス・バスターズ』

フィルムとは映写機にかけられ暗闇の中でスクリーンに映し出された時に初めて生命を与えられるもの。けれども一昔前の可燃性フィルムは、そのマテリアルの特質から世界中の映写技師や映像アーカイブの担当者たちを悩ませてきました。油断するとたちまちのうちにフィルムを焼失=消失してしまうことになるからです。
もっともフィルムの発火性の強さは逆にいえば武器ともなり得えます。
映画館を燃やす。ナチスの幹部たちが一堂に会した映画館を燃やす。その時、可燃性フィルムが大いなる力を発揮するのです。

……と書いても、このような話は、映像のデジタル化に伴ってフィルムが現場からすがたを消してしまった現代においては、業界で仕事をしている若者たちにもピンとこなくなった話かもしれません。

それはそれとして、映画『イングロリアス・バスターズ』は、何よりも映画館を燃やす映画なのです。
映画館を燃やすクライマックスに向けて、ナチスを掃討する米国のユダヤ人極秘部隊、ナチスに家族を虐殺され復讐の機会を狙うユダヤ人女性の映画館主、ユダヤハンターの異名をとりナチス宣伝映画のプレミア上映会で警備主任を仰せつかったドイツ軍大佐……などなど様々な人々が組んず解れつのパフォーマンスを展開します。

開巻でのナチスがユダヤ人を惨殺するシーンや地下酒場での派手な銃撃戦、相手の正体や思惑を探り合う息詰まるような心理戦……戦争映画とスパイ・アクションとマカロニ・ウェスタンの要素が渾然一体となり、さらにはバスター・キートン的な〈映画〉をめぐる自己言及的な寓意が埋め込まれていますから油断なりません。
現役の映画監督のなかでは屈指のシネフィルとして知られるクエンティン・タランティーノの真骨頂が十二分に発揮されたスリリングな映画。『イングロリアス・バスターズ』とはそのような映画であるとひとまず総括することができます。

誤解なきよう付け加えておけば、ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、メラニー・ロラン、ダイアン・クルーガー……などなど役者陣もそれぞれに存在感を示していて、監督の顔が裏側に透けてみえるような「作家主義」的な作品からはほど遠い、ということも指摘しておくべきでしょう。

それにしても、そもそも映画監督が映画館を燃やす映画を撮る、とはいかなる行状なのでしょうか?
ナチスが映画を広報ツールとして大々的に活用したことはよく知られています。その一方で、ナチスの迫害から逃れるためにヨーロッパから米国に渡った映画関係者は少なくありません。ナチスをめぐる映画の錯綜した史実は、映画というメディアを考えるうえで何やら示唆に富んでいます。

この映画では、ナチスに打撃を与えるために映画館の破壊が企図されます。冒頭記したようにそこではフィルムそのものが凶器と化します。ナチスが映画人の自由を奪ったことは明白ですが、映画もまたナチスに復讐を決行せんとする。まさに権力と映画のウロボロス的な循環が提示される……などと書けば、あまりに理屈っぽいとタランティーノから叱られるでしょうか。

日本の公式サイトでは「面白さタランかったら、全額返金しバスターズ」なんてオヤジギャグをかましているくらいなのです。あまりに小難しい講釈は犬も食えんティン、ってか。

*『イングロリアス・バスターズ』
監督:クエンティン・タランティーノ
出演:ブラッド・ピット、メラニー・ロラン
映画公開:2009年8月(日本公開:2009年11月)
DVD販売元:ジェネオン・ユニバーサル

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