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「やる気」とちょうちょ結び

小6の息子は紐が結べない。
なんとか「固結び」はできるようになったけれど「ちょうちょ結び」ができない。固結びって、2回と普通に結ぶやつです。ちょうちょ結びで、一つしか輪ができない方の「肩結び」ではありません。

「ひも」
お茶をやっていて、一応和服を自分で着る私は「紐結び」でドーパミンが上がる。実は。
「紐は鍵なのよ」
時折息子たちに紐結びを教えようとする時、私の脳裏には20年以上前のお茶の先生の言葉が浮かぶ。
茶入れを包む「仕覆」の紐をを綺麗に結ぶには、1年くらいかかった記憶がある。
着物を着る時も、紐はたくさん結ぶ。
そういえば、「古畑任三郎」でも「紐の結び方」がきめてになる回があった。鹿賀丈史さんの回。ああゆうのが好きでたまらない。

そんなわけで、いずれそれで一本小説を書きたいと思うほど私は「紐結び」が好きだ。(違う紐結びがあるのも知ってるけど、それは友人の小説家岡部えつ氏に任せます)理屈は同じかもしれないけど。

なので、色々言いたくなるのだが息子には一つしか言わない。
「紐は、上から」
利き手を上にして結び始めると、変な風に絡まらないし結び目が緩まない。
段ボールをまとめて紐かけする時もこれを守っていれば、まず後から紐が緩むことはない。

秒で、息子は根を上げる。自分から言い出したのに。
「あ、逆だよ、こっちが……」
と、口をだせば途端に「もういい、めんどくさい」
足のサイズが23.5になり、来年から中学生になるのに。
いずれマジックテープの靴ではなく、紐履を履くようになるのに。
そもそも、いまだに水着の紐が結べないことも気になっていた。男子の水着はブリーフかショートパンツの形で紐がついていて、自分で結んで調節する。でも、息子は自分でそれを調節できない。一度、ゴリゴリに結んでいるのに気づかず、そのまま洗濯したら一層固く結ばれてしまい難儀した。つい叱ったら夫がプラスチックの紐止めを出してきて、それを使うことになったのだが……それではいつまでも紐が結べるようにならない!そんな男で良いのか!
でも、どうも私は紐結びを教える時にドーパミンがアドレナリンに変わってしまうらしく、我が家の男たちは嫌がる。
「ああ、ママの機嫌が……もっと悪くなる前になんとか解決しろ!」
という空気がリビングに充満するので堪えていた。

そして昨夜。
息子が調理実習のための「エプロンと三角巾」を用意していた。
エプロン。もちろんちょうちょ結びが必要だ。でももはや私は何も言わない。
多分、世話焼きの女の子が誰か結んでくれるだろう。先生がやってくれるかもしれないし、周りのみんなができるのを見たら、少しは覚えようとするかもしれないから静観、静観。

ところが

「ママ、ちょうちょ結びがしたい」
おおお。いつになく強めのやる気。でも君、この時間に言う?
塾から帰ってきて、お風呂入って10時を過ぎている。今から紐結び?
しかもエプロン、と言うことは後ろ向きで?無理無理……
多分、今日できるようにならないよね。どのくらい格闘するつもりだろう?

寝かせたほうがいい、と言う言葉が頭がよぎる。でも、やる気をぞんざいに扱ったら二度とお目にかかれない。だから「さわり」だけでも教えようと思った。
せめて「固結び」をもう少し綺麗に。あわよくば「肩結び」。後ろ向きなんて贅沢は言わない。前向きでできればそれで十分。

でも多分、すぐにできないことにやる気をなくして「もう寝る」って言うだろうなあ……

「わかった。やってみよう」
教え始めると、息子の様子がいつもと違う。
「めんどくさい」と言わない。
「むつかしいよー」とは言うけど。今日は食いついてくる。
数回やってもできなくて私の声がちょっと上がったのか、横でビールを飲んでいた夫が「いいよ、水着の紐と同じのをつけよう」と言い出したけれど私は止めた。
「今教えてる途中だからちょっと黙ってて」

息子も、パパの甘い提案に乗らない。
そして、その後すぐにできるようになった!
おーすごい!やる気の力!

良かった。じゃあ今日はここまででいいんじゃない?

「ママ、後ろ向きでやる」
えーそれは無理。絶対無理!!
だって「ちょうちょ結び」はそもそも奥が深い。ママは6年間、セーラー服にリボンをちょうちょ結びにする制服の学校に通ったけど、6年たってもリボンがひっくり返ってる子が数人いたよ。
と思ったけど、とりあえずやっぱり「さわり」だけでもやっておこう。その方がいつかくる二度目のやる気の時に飲み込みがいいだろう。

鏡の前で髪を乾かしながら教えた。(長丁場になると思ったから)

「とりあえず自分が思うとおりやってみて」
息子、後ろに手を回して四苦八苦。ようやく一回普通に結ぶ。さあ、その次。
丸く輪っかを作って左手と右手がジタバタジタバタ。
「わかんないよー」
ちょうちょ結びの難関は、輪っかを一つ作って、もう片方の紐を上から巻き、その紐でもう一つ輪っかを作って下から引き上げるところ。これを「横に通す」と思うとできない。紐通しに「横」の定義を入れると混乱する。紐の上か下か、上と下、どちらの紐を動かすのか、それが大事。(しつこい)

もう一つ大切なことは、なるべく結び目に近いところで手を動かすこと。
後ろ手で結ぶ時は感覚に頼るところが多いので、結ぶのも教えるのもこのポイントが一番難しい。大人でもできない人いるかもしれない。

「今、君の右手の中指があるところ。そこに通すんだよ」
「え?どこ?ここ?」
「そうそう、そこ」
今までだったら手を添えていたのだけど、どうせできないだろうと私はドライヤーで自分の髪を乾かしながら、できる限り具体的に伝わるよう言葉を選んだ。
と言ってもどうしても「それ」とか「そこ」とか、指示代名詞になってしまう。

「ああ、これ、この広がってるとこ?」
「そうそう、輪っかを作った手はそのまま紐を離さないで。それで、今右手の中指がある輪っかに下から通して右手で受け取るの」
「ああ、なんだ」

で、できた!後ろ向きでの蝶々結び!!
「すごいじゃん!やったね」
「もう一回やってみる」
えっ。

「復習」ですか?
君、ポケカ以外で自ら「復習」したことあった?ないよね。記憶にないけど。
そしてそもそも今のはまぐれかもしれない。ママは寝たい……

「やってごらん」
見事にちゃんとできた。
「パパに見せてきたら」
「うん。パパ、できたあー。8年かかったよー」
8年とはどこから引っ張ってきた数字かよくわからないけど、小学校受験をする子たちは「紐結び」マストなので、幼稚園の頃から「僕はできない」と思っていたのかもしれない。そうであるならば、もう少し「やったー!」とか派手に達成感を表してくれると嬉しいのだけどトーンが上がらないのがちょっと寂しい。(私はドーパミンが出てるからガッツリ喜んで欲しかった……)
まあとにかく。良かった。紐が結べて!これで紐靴買える!

実は私はこの時、一つやる気を潰している。
そう、「夫のやる気」だ。いつもなら夫の提案は止めない。
「え?」と思っても、まず譲る。
夫の子育てへの意欲を削ぎたくないから。
でも今回は、子供のやる気を優先して夫のやる気には退いてもらった。大体、相手はビール飲んでたし。


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