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【ショート ショート】 魚眼レンズと彼女

ある日突然、彼女は魚になった。
確かにその片鱗はあったけれど、だがしかし
よりによって魚って…。
百歩譲って、そこはせめて人魚だろ。
いや人魚であれ!

僕たちは、写真が好きだった。
休日になる度に、美しい景色を求めて遠出をするのが
いつからか当たり前になっていた。
気に入ったフォトグラフを引き伸ばして部屋に飾ったりSNSに載せたりもした。
コンテストで入賞したこともある。
彼女の写真初心者とは思えない、芸術的センスは
本当に素晴らしかった。

二人で楽しかったじゃないか、何がいけなかった?
君をそんな気持ちにさせたのは僕のせいかな?

いくら考えても、やっぱり分からない。
魚…そんなに好きだったっけ?

そういえば最近、海の写真ばかり撮っていたし、
魚眼レンズに嵌っていたけれど、きっと、あの独特に歪んだ世界が君を魅了したのだろう。
君のことだから、カメラだけじゃ物足りなくなったのだろうか。
それとも僕が知らない間に、魚になりませんかって
勧誘されたのかな。
あいつなら、あり得る話しだ。

「・・・ソウタロウ コッチ ・・コッチ・・」

ぼんやりと、防波堤から海を眺めていると、どこかから声が聞こえてきた。

「えっ?」

声のする方を見ると、一匹の桜鯛がピチピチ海面を跳ねながら、話しかけてきた。
彼女だと、すぐ気がついた。
何だよ、名前が『さくら』だからって、桜鯛になっちゃったのか。

「オイお前、何で魚になったんだよ!なるならせめて
人魚だろ!」

僕は、魚のさくらに良くわからない不満をぶつけていた。
そんなことより、もっと聞かなければないけないことは
たくさんあったのだろうけれど、僕から出た言葉は
不満だった。
僕は、寂しかったんだ。

「・・ゴメン ギョガ・・ンヲ ジブン・・タメシタ・・カッタ」

そうだった、彼女はそういう奴だった。
だけど、どうやって魚になったのだろう。

「・・ギョ・レンズ・・メニ・ツケ・・テ・ウミハイ・・ル」

僕の疑問を見越したかのように、さくらは魚になった経緯を教えてくれた。
魚眼レンズを目に付けて、海に入ればいいだけ?
それで、魚になれるのか?
別に魚になりたい訳ではないけど、さくらがいないと寂しいし、毎日がつまらないのも事実だ。

「ウミ・ス・ゴイヨ・・ソウタロ・モ・・ウミ・・ニ
・・キテ」

魚で話すのはしんどいのだろう。
さくらの桜鯛は、海に戻っていった。
僕の心は決まった。魚になろう。
魚にも魚眼にも興味はなかったが、海にはさくらがいる。やっぱり一緒にいたい。

人間に心残りは無いといえば嘘になるけど、さくらは
すでに魚だし、彼女が夢中になっている世界を見てみたかったのだ。

後日、目にフィットする魚眼レンズを目につけて海に入ると、一瞬、意識が飛んだ。
気づいたら、湾曲した視界が広がっていた。
これが魚の視界なのか・・・。
人間の目で見る海中とは、やっぱり全然違って見える。
何て素晴らしいのだろう。

僕は、クロダイになっていた。
さあ、さくらを探しに行こう。








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