コーヒーの時間

シャンパンタワーの光が揺らめき…煌びやかな夜が幕を開ける。――
「今日の…」ハイ!「お酒が…」ハイ!「飲めるのは…」ハイ!「姫様…」ハイ!「貴方の…」ハイ!「お陰です…」ハイ!――「頂きまーす!!」
グラスの触れ合う音が会場を満たし――
パーティーは、始まった……
俺の働く、ホストグラブ「sweetdoor」10周年パーティーの会場だ…
VIPを招いての――豪華なパーティー…
俺の名は、「麗」…いかにも…源氏名の本名である。
シャンパンタワーでも、センターに位置した、店のNo.1ホスト。
自己紹介は、さておき、――
オープニングの最中から…俺には、気になって仕方が無い事がある。
ステージ上にズラリと並ぶ、俺達ホストをウットリとVIPが眺める中……
皿を裏に引っくり返し…眺めたり、――グラスに入った、ゼリー寄せを360度回し、マジマジと見つめる、女が一人居る。――
キョロキョロして…ボーイやウエイトレスが入って来る度に、チラッと見て、何かを確認する…
扉は三方向に有る――「キョロキョロ」する事になる。
ホスト達には、1ミリの興味も示さず……見てさえいなかった。
店では……見た事が無い。――
本客以外なら……会社役員、医師などのVIPが、クラブのホステスさんを逆に接待(?)する為、同伴する関係者くらいだ。――
VIPに、同伴している様子もない……
奇行が気になり、俺は…目が離せない。――
ほら…今度は、カナッペをフォーク二本で分解しだした!
深い赤のイブニングドレス…長めのストレートヘアー、ポッチャリめだが…端整な顔立ちをしている。
30歳…位?……変な人には見えないが――
乾杯後は、VIPがお目当てのホストを囲み談笑し始めた。――
俺の周りは、勿論。VIPの人垣が出来ていた。――
ヒールの高さを持ってしても、俺は、頭一つ分、上に出ている。
VIPに、微笑み、話しをしながらも…彼女を目で追っていた。――
ん…こっちをチラチラ見て来る…
俺を見ている?……訳では無さそうだ。――
あぁ!俺の居る場所は、――デザートコーナーの前だった。
ボーイが、彼女の位置と反対方向の扉から、モンブランを乗せ……入って来た。――
あぁ…
このホテルは、モンブランが、創業以来の人気商品だ。
ボーイが、トレイを置く……一人、又一人と、皿に取っていく。
彼女は、ハッとし、足早に駈け寄るが……俺のVIP軍に阻まれ、進めない。――
残りは二つと、なっていた――俺は、思わず手を伸ばし、皿にモンブランを取っていた…
「ちょっと…ゴメンね。」 声を掛け。
モーゼの様に女を分け、彼女の前に進み…
「はい。」 ――モンブランを手渡した。
「あっ。……有難う!」 
深々と頭を下げ…卒業証書授与の様に両手で皿を持った。――
幼い程…満面の笑みを浮かべ、俺を見る。
「いいえ。」 俺は、――何百人もの、女を魅了してきた笑みを返した。……が、
彼女は、もう、モンブランしか見ていなかった――
「麗、私にも何か取ってよぉ。」 
VIPが騒ぎ出す……
「了解。」 
適当な料理やフルーツを取り分けながら……
俺は又、彼女を目で、追う。
大切そうに、皿を両手で持ち、ドリンクコーナーで、煎れ立てのコーヒーを貰う。
又、深々と頭を下げ、受け取った……
両手にケーキとコーヒーを持ち、慎重な足取りで、――隅にある、小さな丸テーブルにたどり着き……置いた。
うん。という様に…深く頷く。――
手を合わせ、――フォークで、一口…大切そうに、モンブランを食べる…
と、――両手を頬にあて、首を左右に激しく振りながら、又、満面の笑みだ。
余りに美味そうで……仕草に、思わず吹き出した。
「ぶっ!」
「なぁにー?何で笑ってるの?」
VIPが不思議そうに、俺に問いかける。
「いや、ゴメンね…思い出し笑い?ハハハッ。」
腹を抱え笑いながら言う。
「珍しい!大笑いして…思い出し笑いする人って、イヤラシいってよ!」
「麗なら、イヤラシい事して欲しい!」
ワイワイと騒ぎ出した。――
VIPと、写真を撮ったりしている間に、彼女の姿は消えていた……
その後、何回か会場を見回したが、発見出来ず――
パーティーは終演を迎えた。
俺の、楽しかった、研究も終わった。――

数日後、――オーナーの付き合いで、クラブのオープニングパーティーに仕事の途中から付き合った。
店での酒に…付き合いで呑んだ酒で、胃がムカムカした…空腹のせいかもしれない。
もう、朝だ…――あっ!店に携帯を忘れた!
うわぁ…面倒くせぇ……
俺は、――ホストという商売が好きだ。
人に夢を売り、笑顔を返して貰う……
俺の場合、枕営業や同伴、アフターは、しない。
そんな事で、実績を伸ばしたところで、先は知れている…と、考えるし、――
実際問題、性欲が、人より無いのか…?
自分が萌えない女とは、その気になれない…――
高い酒を、無理に入れさせる事もしない。
その分、回数を多く来店して頂いた方が…自分も楽しいからだ。
そんな俺が、何故、No.1ホストでいられるかというと…携帯のお陰かもしれない。――
俺は、営業時間外でも、携帯にLINEが入れば、必ず返事を返す。電話にも、出る。
愚痴も聞けば、相談にものる。
飼っているペットの話から、恋愛相談まで…間口は広い……
その事だけは、――振りでは無く、真摯に向き合おうと心掛けている……と、自負している。
そんな訳で、――携帯だけは、取りに戻るしか無かったのだ。
あー…早く温かい、コーヒーが、飲みたい…
コーヒーにこだわりがある訳では無い…ブルマンだハワイコナだ…と、いうのではなく。――
コーヒーを飲んでいる時間が俺は、好きだった…
ぶっちゃけ、インスタントコーヒーでも、構わないが……出来れば…美味いに超した事は無い。――
早く、家に帰りたい……
そんな思いから、普段は通る事のない裏路地に足を向けた。――
多分、店の近くに出るはずだ……
フッと横を見ると、小さな喫茶店が有った。
こんな所に喫茶店が有ったのか…店内では、女性が一人、立ち働いている姿が目に入った。
まさか、まだオープンしてないよな…
店に、急ぎながら通り越す――
慌てて、携帯をチェックする……
遅くなり済みませ…と、数本のLINEに、返信をして、――足早に店を出た。
家に帰り、コーヒーを煎れるのが、堪らなく面倒になってくる……しかし、飲みたい!
さっきの喫茶店は?…オープンしただろうか?――時計を見るとまだ、六時だった…無理かな……?
一応、ダメ元で通ってみる事にした。
店の前を、先程の女性が掃いている。
開いていないか…諦めて通り超そうとした時。――
「ふぅー……」――女性が顔を上げた…バッチリ目が合ってしまう…
「あぁ……モンブラン!」
女性が微笑みながら、言った。
「?……あっ!」 
俺は、驚いた。……雰囲気が余りにも違いすぎる…
彼女は、猫の柄の、ワンピースを来て、髪をアップにしていた…
俺は職業柄、女の色んな姿を見慣れている…だから、解ったが、他の人は同一人物だと気が付かなかっただろう。
「先日は、有難う。」 彼女は、頭を下げる。
「いいえ……」
驚き、足を止めていた。――
「……今、コーヒー煎れようと思ってたの。――もし、良かったら…飲んでく?」 
実に、嬉しいっ!
「頂きます。――飲みたかったんです。」
くいぎみに即答した。
「じゃあ、どうぞ…」彼女がドアを開ける。
「ちょっと、待っててね?」
店内は、香ばしい匂いが立ち込めていた……
俺は、一応、外から見えない……カウンターに座り、又、彼女の動きを目で追った。――
二つマグカップを取り出した。
丁寧にコーヒーを煎れる…いい香りがしてきた。
「チンッ!」 オーブンの音がした…
サクサクと包丁を使い、切り分けている音がする。
――
「お待たせ…」彼女が、煎れたてのコーヒーと、細く切った、焼き立てのキッシュを俺の前に置いた。
空の胃が早くよこせ!と、言わんばかりの、美味そうなチーズの香がしてくる…
「私も…」
キッチンの席で、彼女もコーヒーとキッシュを用意した。
カウンターを挟み、向かい合いながら、――
「頂きます。」
と、手を合わせ…早速、コーヒーを一口飲む。
体がホッとする……丁寧に煎れたコーヒーが、昨夜からの疲れを癒やしていく……
焼き立てのキッシュを切り分け、伸びるチーズを絡めながら一口食べた。
「はぁ…美味しい……。」
溜息と共に、思わず…口から言葉が漏れ出す。――
「良かった。」
彼女は静かに言い。自分も食べ始める。
何を話すでも、無い…彼女も俺の事を色々訊かず、
俺も黙って、味わっている…
普段は、苦手な無言の空間だが……
この感覚は…何だろう。――別世界の様だ…
当たり前の様にリラックスしている自分に驚いた。
優しい時間だ………柄にも無い言葉が頭に浮かぶ…
全て、綺麗に食べきり。
「ご馳走様でした。」
手を合わせ、頭を下げた。
「お粗末様でした。」
ピョコンと彼女も頭を下げる。
「いくらですか?」
財布を出した…彼女は手で制して……
「いいの。……この前、モンブランで幸せを貰ったお返しね。」
「……本当に、美味しかった。有難う。」
俺は言って、店を出た。――
キッチンから彼女は手を振って見送る……
俺は、心が温まり、幸せな気持ちで再び、帰路に着いた。――

その日も、店を終え、――酒の残る虚ろな体で家路を辿っていた。
喫茶店の道は今や、通勤路となっていた。
勿論、彼女の店は閉まっている。――
不思議な時間だったなぁー…と、考え、横目で喫茶店を眺めながら、通り過ぎ……
道を曲がる、と…危なそうな人達が、道に広がり、騒ぎながら歩いて来た。――
ヤバそうだな……俺は、出来るだけ端を通り過ぎようとした。
努力も虚しく…後ろ向きで、歩いていた一人が、俺に突き当たった…案の定、イチャモンをつける。
「人にぶつかって、何も無しかよ!」
酔った口調で、息巻いた。
「貴方がぶつかって、来たんでしょう。」
言った、俺の胸ぐらをつかみ……
「何ーっ……」
「おいっ!やめなっ。博。」
コンビニの袋を下げ、前から来たパンクファッション…ツインテールの女が怒鳴る。
俺は、聞き覚えのある声に…――マジマジと女を見た……やっぱり!喫茶店の彼女だ…
「酔っ払って。人様に迷惑掛けてんじゃねぇよ。いい歳して、酒の飲み方も知らないんか?それ、私のこれだから。」
俺を顎で指し、親指を立てた……
「あぁ?何だ……茜かよ。」
「あぁ…茜。」
「久しぶり、茜!」
酔っ払いが…全員知り合いらしく、声を掛ける。
「お前が悪い。謝りなっ。」
腰に手を当て、怒った。
「チェッ!茜のこれじゃ、仕方ないもう、いいよ。」
やはり、親指を立て言う。
「いいよ。じゃねぇだろっ!謝れっ。」
彼女が凄む……
「ゴメン…」 男は、軽く頭を下げる。
「いえ…」
俺は……彼女の豹変振りに唖然としながら、答えた。
酔っ払い供が、彼女に手を振り帰って行った。
二人きりになる。――
「有難う。」  俺は、お礼を言った。 
「いいえ…」 
普通に戻った…?彼女がペコリと頭を下げる。
「この前も…有難う。――凄い、美味しかった。」
先日のお礼も言う。
「そう。良かった。――明日、休みなの。冷蔵庫の物、取りに戻るところ。――こんな時間だけど…コーヒー飲んでく?」
彼女が、首を傾げながら俺に訊いた。
「本当に!良いの?――帰ってから、煎れるの面倒だったんだ…凄い、嬉しい。」
遠慮もなく、本音が出る。――
「私も、酔い覚ましに煎れようと、思ってたから。一人分も二人分も一緒!じゃ、行こう。」
二人で、ブラブラ歩いて…喫茶店に戻る道を行く。
少し先を歩く彼女を、上から下まで、改めて見た。
ガーゼシャツにボンテージの黒いワンピース、ラバーソールの靴を履き、全身ロックなカッコだ……
髪型も又、変わっている。――
彼女には三回会っている。どれも、全くの別人だ…繋がりが見えない。――
化粧の仕方なのか…顔つきさえも違って見える……
何度も言う様だが…職業柄、色んな女を、見てきたが、ここまで多様に変化する人も、珍しい。――なんて考えていると……彼女が振り返った。
「さっきサ。変な事言って、ゴメン。ハハハッ。」
親指を立てて、笑い。――続けて言う。
「幼なじみの悪ガキが、そのまま大人になっちゃって、困ったもんだ!…この周辺では、奴らに、あー言っておけば、もう、絡まれないからね。――変なところ、見せちゃったなー。」
頭を描きながら、照れている。
「いや、――勇ましかった!ハハハッ。」
俺は、思い出し笑いをしながら言った。
「それ……褒め言葉じゃないじゃん!ハハハッ。」
酔っているのか…今日の彼女は饒舌だった。――
カッコもそうだが…さっきの彼女にも、驚きだった……元ヤンか…?
他の時は、そんな感じが一切しない。――
多面性を持つ彼女が…実に興味深い……
店に着き、カウンターの同じ席に座る。
「お腹は?……昼の余りだけど、ビーフシチュー有るよ。食べる?」
聞いただけで…腹が鳴りそうだった!
「嬉しいなー。」 と、――答えた。

俺は、No.1ホストだけ有り、モテない方ではない…女に興味を持たれる事に慣れすぎたのか…?
彼女が何も訊いてこないのが……不思議でならない……
「はい。どーぞ。」
温め直した熱々のビーフシチューに、薄く切ったフランスパンを添えたものを彼女が、俺の前に置く。
続けて、――コーヒーと小さなパウンドケーキが、出て来た。
「遠慮無く、頂きます。」
両手を合わせた。――
彼女は、自分のマグカップにコーヒーを注ぎながら「はい。」 と、微笑む。
ビーフシチューは思いの外、あっさりしていてフランスパンに良く合う。――中のお肉もトロトロだ!
美味しくて、――夢中で食べ進める。
「はぁー。美味しい……」
無意識に、呟きが洩れる……
「そう。良かった。」 彼女も、呟く。
パウンドケーキを手前に寄せ……コーヒーを一口すすって…小さく切って、口に入れた。――
柑橘系の爽やかな味がして、実に、美味い!
思わず笑みが溢れた……
先程から、――彼女は、コーヒーをすすりながら、俺の様子を正面でじっと、観ている……
普段なら、――観られながら食べる事に、抵抗を覚えただろう……
が、何故か?…彼女が、観ている事が、当たり前の事の様に感じた…?――
彼女が立ち上がり、マグカップを覗き込む――そして、俺に訊く…
「コーヒーおかわりは?注ぎ足しても…?平気?」
「平気、有難う。」
俺のマグカップにコーヒーを足し、自分のマグカップにも、残りを注ぐ。――
二人、無言で、コーヒーをすすりながら……
又、不思議な時間が、優しく流れる。
……彼女が、囁く様に喋った。――
「コーヒーって、もし、無かったら…人生、揺ったりと送れないよね…」
言い回しは独特だが……本心から、同意出来る言葉だった。
正に、「言い得て妙。」だ。
「うん…俺もコーヒーを飲んでいる時間、好き。」
「だよね…」
又、無言で…二人、コーヒーをすする。
この喫茶店は、やはり、別世界だ……
不思議と……歳を重ね、縁側で、コーヒーすすっている後景が、頭に浮かぶ。……?――
全て、綺麗に食べ終わり。
「今日は、お金取って。又、…来るのにきずらくなるから。」
と、俺は言う。
「私が誘ったのに……押し売りみたい。ハハハッ。いいよ!」
彼女が言った。
「それでも。俺、――もう、来られなくなる…」
「じゃあ…――コーヒーの一杯分だけ貰うね。」
俺は、コーヒー一杯分の料金だけ払い。
「あー…遅いから、送る。」 と、言ってみた。
自分でも、微妙だとは思った…自宅を、知られたくないかもしれないしなぁ…?
「近くだから、大丈夫。それより、……早く帰って休みなよ。明日に響くよ。携帯も……沢山、鳴ってたじゃない?」
無理強いをしてもいけないので、帰る事にした。
「本当に、美味しかった。ご馳走様でした。――気を付けて帰って……」
と、頭を下げた。
「お粗末様でした。」
彼女が、又、ピョコンと、頭を下げる。
俺は、ドアを開け、現実世界に帰って行った……
温かな気持ちに包まれながら。――

相変わらずの忙しい日々を過ごしながら、数ヶ月が経過した。――
その日は、昼過ぎに起き出した。体が怠い…
暫くベッドに寝転んで居たが…熱っぽい。
体温計を見ると、かなりの高熱だ……
体調管理には、気を付けているのだが…
数年に一度は、風邪をひく。――
無理に出勤して、お客様にうつしてもいけない……
やむを得ず、マネージャーに電話を掛け、休みを貰った……
一斉送信で、顧客にも休む旨を知らせる。――
電話もLINEも、今日は無理だ。と、いう事も伝えておく。
一連の作業を終えた頃には具合が悪化していた……
薬が切れている。――食べ物も、ろくに無い……
仕方なく、支度をして…大きめのマスクをはめる。
万が一、顧客に会っても、話す気力が、有りそうも無いからだ。
正に、ヨロヨロしながら、エレベーターに、行き着き、ボタンを押して待つ。――
俺は、高層マンションの五階に住んでいた。
やっと、扉が開き乗り込んだ……ジャージー姿の女性が一人、先客で乗っていて。――
「あっ。」
と、俺を見て、声を出した。
視線を上げ、顔を見た……
「あっ!ゲホッゲホッ。」
彼女だった!
「どうしたの?……風邪?」
「いやー…」 と、言ったまま…
頭がボーッとして。――思わず、しゃがみ込む……
「ちょっ…大丈夫?――部屋、何処?」
彼女に、支えられ…部屋にたどり着く。
ベッドに寝かされた。
彼女は…俺のおでこに、自分のおでこを。――躊躇する事も無く、当てて…
「うん。まず、熱が有る…っと。――買い物してくるから……お財布、持ってないや!」
「あ、そこの、適当に持ってって…」
「んじゃ…失礼。鍵も持ってくよ。じゃあ――寝てて。直ぐに戻るからね。」
「済みません…」
俺は、目を閉じる。――
帰ってきたのか?……キッチンでカタカタと、音が聞こえる。
暫くして、――彼女が、声を掛けてきた。
「少し、食べてから…薬、飲もうね。」
俺の背中にクッションをあて、起こした…
ボーッとした頭で、彼女が、卵粥を「ふーふー」と、冷ましているのを見ていた。――
「はい。あーんしてね。」
と、俺の口にスプーンを運ぶ……
腹は、無意識に減っていたのだろう。
優しい味の卵粥が、胃に入っていくのを感じ…
「美味しい…」 と、声に出していた。
「良かったね。」
と、言いながら、又、「ふーふー」っと、冷まして口に運んでくれる……
その後、薬を飲ませて貰ったのだろうか?…知らない間に俺は、眠っていた。
おでこが冷たくて…気持ち良かったのが、薄らと記憶に有る。――
俺は、目を覚ました……何時間が経ったのだろう…
目の前に、彼女の顔が有った。――
「あ、起きた…?――どうかなー?」 
彼女は、熱冷ましのシートをゆっくりと剥がし、俺のおでこに手を当てた……
「……うん、下がったね。――食べられそう?」
と、訊いてくる。
「うん。腹減ってきた…」
俺は、答える。
「栄養取ろうね?ホワイトシチューだけど…好き?」
「うん。大好き。」
「良かった。温めてくるよ。まだ、――横になって休んでて。」
彼女が、キッチンに行く…
「店は……休み?」 俺は、訊いた。
「うん。調度、良かったよねー。」
と、熱々のシチューを運んできた。――
「起きられる?テーブルで、食べられるかな?」
「うん。楽になった。」 と、テーブルにつき……
「頂きます。」
手を合わせ、シチューをすくい、一口食べる。――
「はぁー。美味しい…懐かしい味……」
お袋も昔、風邪をひくと、シチューを作って食べさせたっけ……
「牛乳たっぷり、栄養たっぷりだよー!」って…
「そう。良かった。牛乳たっぷり、栄養たっぷり、だからね。」
彼女が、優しい笑顔で言った……
「ハハハッ。」
俺は、思わず笑った。――
「えー?可笑しい?」
彼女は、不思議そうな顔で俺を見る。
「いや、お袋も同じ事言ってたから…本当、美味しかった。ご馳走様でした。」
頭を下げる。
「お粗末様でした。……じゃあ、薬飲もうね。後、卵酒作ったから。少し飲んで。」
薬と、卵酒を飲み、ベッドに行き横になる。
「これで、朝には良いと思うからね…一応、携番置くから…具合悪かったら、連絡して。」 彼女が言って――「片付けしてから、ポストに鍵入れておくね。早く寝てて……オヤスミ。」
「有難う。オヤスミ。」
暫く、キッチンでカタカタと、やっていた様だ。
何故か…彼女が居る音が心地良い……
別世界の扉は…部屋にも有ったのか?…虚ろな頭で考えていた。――
カタン……鍵を落とす音がした。
俺は、――ぽかぽかに温まった躰で……
久し振りに良い眠りについていった。――

昼過ぎに、自然な目覚めが訪れる。――
すっかり、躰は楽になっていた。
テーブルに行くと……
「食べられたら、食べて。」
メモと一緒に……野菜たっぷりのサンドイッチと、鍋には、ジャガイモのポタージュが、有った。
突然、空腹を感じ……手を合わせてから。
全てを、食べ切った。――

その日は、普通に出勤も出来た。
直接、お礼が言いたい。――
仕事終わりに店で時間を潰し、彼女の仕込みの時間を待った……
喫茶店に向かい、ドアを開けた……
相変わらず、忙しく立ち働いていたが、ドアの音に振り返る。――
「お礼が言いたくて……」 俺は言った。――
「駄目じゃん!無理して!そんな事、良いから早く家に帰って休みなさいっ!」彼女に怒られた…――
「……」
入り口に、立ち尽くす俺に、彼女は怒りながらも……
「入って!コーヒー煎れるから。全く、もー!…」
俺は、シュンとしながら、定位置に着く。――
「胃に悪いから…カフェオレにするよ。」
「はい。」
思わず、敬語で答える。
「私も、今日はカフェオレで……」
彼女は、言いながら、――俺の前にカフェオレと、美味そうなミネストローネスープ、厚切りのトーストを出して置いた。
「私もこれから、朝食だから。どーぞ。」
自分の分も置き、食べ始めた。――
「昨日も迷惑掛けて……有難う。」
と、頭を下げた俺に。――
「いいから、早く食べて。早く、寝る事。」
と、少し怒った口調で言った。
「……頂きます。」 手を合わせ…俺も食べ始めた。
カウンターで二人、向かい合い……又、無言の優しい時が流れる。――
カフェオレなど、何年ぶりに口にしただろう…?
少しだけ苦くて…でも、甘ーいカフェオレの味は、彼女の様だ……らしくも無い事を、思った。――
やはり、この喫茶店は、別世界なんだ…
「ご馳走様でした。今日も美味しかった……」
俺は、頭を下げる。
「お粗末様でした。」
いつもと、変わらぬ挨拶を交わす。
「早く、寝る事。」
「…はいっ!…」
少し照れて、答えた。――
俺は、又、現実世界を帰って行く…
カフェオレの温かさが、――まだ心に残っている…ポカポカな気持ちで。――

店がオフの日に、居酒屋で仲間の送別会があった。
俺達が、集まって行動すると、店に迷惑が掛かる事もある…二階の個室をとっていた。
そろそろ、お開きの時間になる。――
明日の仕事に、差し支える様な呑み方はしない。
皆より先に、一階へ行き、会計をしていた。
居酒屋は賑わっている。――
合コンだろうか?――同じ様な年齢の男女のグループが居る……
俺が、立っている後ろで、一人の男が女に話し掛けている。
「君みたいに太った子でもさ、俺は、気にしないから大丈夫だよ。今晩は付き合ってあげるから。」
馬鹿な男だ。女の口説き方も解ってない…こりゃ、モテないだろうな…女が気の毒だ。――
「結構です。」
その女がやはり、断った。
「勿体振る程の体でも歳でも無いだろ…行こう。」
と、腕をつかもうとする。
「やめてって…」
?……俺は、聞き覚えのある声に振り返る…やっぱり!彼女だ……
振り払った手が、後ろの席の、派手目の女にぶつかった。――
飲み物が、少しだけ溢れた様だ。――
「ちょっと!――溢れたじゃない!何、やってんのよ!デブ!」
ヒステリックにわめき出した……周りが注目する…
「御免なさい。」 彼女が直ぐに謝る。――
「馬鹿だなー。何やってんだよ!デブ。」
庇うどころか……男は一緒になって言いだした。
「冷たいんだけど!あんたみたいな……」
女は大声で怒鳴り続けそうだった。
事の成り行きを、殆どの人がただ…見ている。――
俺は、思わず、駈け寄って。――女に……
「ゴメンね!俺の彼女が…迷惑掛けてちゃって…使って……大丈夫?」
と、女の手を取り、――ハンカチを渡した。
ポカ-ンと、俺を見ていた女は……
「もう…大丈夫ですから…」 
と、大人しく席についた。
その後……彼女をバックハグして。――
「これ、俺のこれなんで。手、出さないでね。」
糞男に向かって…小指を立てた。
「別に…俺は、何も…」
ブツブツ言いながら…席に戻っていく。――
唖然と事の成り行きを見ていた、馬鹿どもの前で。
「どうする?茜、――もう帰る?」
と、彼女に訊いた。
「……うん。帰る。」
彼女が、頷き言った。
「どうした?――麗……揉め事?」
俺の連れ達が、階段を降りて来た。――
次々と降りてくるイケメン軍に……店中の女が、箸を止め…注目している。――
「いや。会計、済んでるからね。俺、お先するわ。」
と、言う。
「へーっ…珍しっ。」
「ほー。珍しいね。じゃ、俺達も帰る。又なー!」
「又、明日。」
皆が俺に声を掛ける。――
「元気でやれよ。――又な。」
俺は、退店する奴に、声を掛け……
皆に手を振って、彼女を連れ、先に店を出た。――
そんな俺達を、呆然と彼女の居たグループの奴らが見送っていた……
店から出て、家の方向に歩き出す。――
今日の彼女はシンプルなワンピース姿だった。
両サイドの髪を少し取り、後ろにバレッタでとめている……何故だか…
今まで中で一番……彼女らしくないカッコだ……と思った。――
「――さっきサ、変な事、言ってゴメン。」
俺は、小指を立て…ニヤリと笑う。
「……何?私の真似?――ハハハッ。」
親指を立てながら、やっと、彼女が笑ってくれた…
「そうだよ。ハハハッ。」
「助けてくれて有難う…迷惑掛けたよね。」
「迷惑掛けたと、思うなら……コーヒー、ご馳走してよ。コーヒー飲んで、落ち着きたい気分。」
「私も……そう思ってた。店、行こう。」
彼女が、微笑む。
二人で…彼女の店までブラブラと歩き出した。――
店に着き、俺は、定位置に腰を降ろした。
彼女は、早速、丁寧にコーヒーを煎れ始めた。
お互いに訊こうと、思えば…幾らでも質問は有るだろう。――
今日、居酒屋で何してたの?……何歳なの?……
始めこそ…――俺に、質問をしない彼女を、不思議に思ったが……
今は、解る。――必要性を感じない…ただ、煎れ立てのコーヒーを二人で飲む時間があるだけで……
充分だと思えた。
彼女がマグカップに、琥珀色のコーヒーをゆっくりと注ぎ……俺の前と、自分の前に置く。――
冷蔵庫から、小さな白い陶器に入ったプリンを出し、配った。
「頂きます。」 手を合わせる。
「はい。頂きます。」 彼女も手を合わせる。――
ゆっくりコーヒーをすすり……
「はぁ―。」 二人で溜息をつく。
プリンをすくって、口に入れた…
苦いカラメルがツルツルのプリンと、合わさり…何とも美味しい。
飲んだ後のほてった躰に、ヒンヤリと入っていく…
「久しぶりに……プリン食べた。美味しい。」
「プリンって…不思議。お値打ちな物から高級な物まで…全部美味しい。――それぞれが、違う美味しいで。……硬いのも柔らかいのも両方美味しい。それも又、それぞれに違う美味しい……」
彼女は………人間もそうじゃない?それぞれに素晴らしい。――と、言ってる様に聞こえた……
「俺、昔――皿にプチンと出すやつ、食べ過ぎて腹こわした事が有るよ。――正月のお年玉で、山程、買ってきて、食べてさー。」
「ハハハッ。私も、誕生日に、ケーキ要らないって言って、買って貰った。――あれって…」
「美味しいよね。」 二人で、同時に言った。
「ハハハッ。」
営業以外で、――自然に出た笑いだった…
昔から……こうして二人で笑い合っていた様な変な感覚が有る。――
又、俺は、別世界の扉が開いてしまったらしい…
その後、コーヒーを無言で二人、すする……
「ご馳走様。」
「お粗末様です。明日の仕込みしてから帰るね。」
彼女が言った。
俺は、又、現実世界に、足を踏み出す…
今日は、少し、楽しい気分で帰路を行く。――

10月に入ると、イベント三昧で…忙しくなる。
まずは、ハロウィンだ。――毎年、俺はドラキュラに扮していた……が、今年は志向を変え、戦国物のゲームソフトから抜け出した様な――和と洋が混ざったカッコをしてみた。
評判はすこぶる良かった!
一つのイベントを無事に終え、家路を急いだ……
カッコが、恥ずかしかったのも有った。――
が…まだ、ハロウィンイベント帰りの人々がチラチラ居て…安心した。
前から、黒猫が来た。――勿論、人間である。
ヒラヒラと手を振っている……俺は、後ろをチラッと振り返った。――俺か?……
この、パターンは……やはり――彼女だ。
不思議な七色をあしらった猫の帽子に黒のブカブカしたワンピース。大きめの花が刺繍された黒の皮靴を履いている。――今日は、彼女らしいっ!
軽く、手を振り返した。――
向き合って…彼女が言った。
「いいね。」
「そっちも、いいね。――よく…俺だって解ったね?」
俺は、言った。
「ハハハッ。そっちもね。――寄る?」
「うん。寄る。」
妙な取り合わせの俺達は、二人で店に向かう…
「ドラキュラ――だと思ったけど……意外だね。」
「半分、当たり。去年までそうだった。」
「そー。」
店では、変わらず…俺は、席に着き、彼女は、コーヒーを煎れる。――毎日の繰り返しの様に。――
今日は、小さなカボチャのグラタンだった。
「ハロウィンだからね。」
彼女が言った。
「腹、減ってるから…嬉しい。トリックオアトリート!」
「ハハハッ。」
彼女は、笑い――コーヒーを二人ですする…
柔らかく仕上がったカボチャに、ホワイトソースを絡めて口に運ぶ。――ホクホクで…如何にも、躰が喜びそうな味だ……
「温かくて、美味しい……」
「そう、良かった。――本当は、カボチャの煮付けが一番好きだけど…コーヒーにはね……」
彼女から……「カボチャの煮付け」の話しは…今までのメニュー的に、意外だった。――
又、多面性を発揮してきたな!…と、思った。
「和食って…美味しいよね。」
俺も実は、和食が大好きだった…ので、言った。
「うん。美味しいよね。――何が…好き?」
「煮付けも…魚も、おひたしも、和食は…全般、好きかな?お味噌汁なんか、大好き。」
「へー…お味噌汁は?具が、多い派?シンプル派?」
彼女が訊く…
「両方。冬は…具沢山が、嬉しい。――そっちは?」
「私も、両方。同じだね。冬は具沢山が、温まっていいよね。」
普通の和食の食卓に、――二人で向かい合い…味噌汁をふーふー。言いながら食べている…――錯覚に陥った……
実際には、――カボチャのグラタンと、コーヒーなのに…何故…?
別世界の扉が又、開いたせいだな…――と、
「鍋は?」
彼女が又、訊いてきた。
今日は、良く話すな…無言の時間も、良いけど――これも、楽しいな……と、思いながら…
「これから、良いよね!モツや…コブチャンとか、豆乳の変化球より、――鱈や牡蠣の普通な鍋が好きかな……?」
と、答えた。
「うん。…合うねー。私も、同じ。――鱈は味噌ベースが、好き。鍋ってより、鱈汁…?」
「へー…食べた事無いかも……美味そう!」
「店では、カニや鱈は、匂いが残るから、やらないけどね。」
「そっか……。」
俺は、冬になり、食べられるかなー?と、思ってしまった……
残念だなー…俺の家なら?――想像しながら……
グラタンの味と同じ……優しい時間が又、俺の中に満ちていく。――

12月に入ると休みは無い。と、思った方が良い位の忙しさになる。――
出勤の準備に追われていると、LINEが入った。
顧客からだと思ったが…店のマネージャーだった。
店の空調が壊れ、営業出来ないとの事だ。――
突然、降って沸いた休みに、思わずテンションが上がった!――
顧客に、今の旨を各自で知らせろとの事だった。
LINEを一斉送信し、顧客に休業を知らせた。
さぁ-。まずは、腹ごしらえをしたい。――
こんな、寒い夜には、温かい物でも食べたいところだ。……が。――
家の冷蔵庫は、この所の忙しさにほぼ………
空の状態だった……
仕方が無い。買い物に出掛けるか……
出勤の身支度のまま、スーパーに向かった。――
両手に袋を下げた彼女が歩いて来た。――
何故かな?会っても、もう驚かない自分が居る。
今日は、白のダブダブのトレーナーに、ジャージーと、ラフな姿だ。
「これから?」 と、だけ訊いてくる。――
「いや、突然、休みになってさ。――休み?」
俺も、簡単に答え、訊いた。
プルプルッ……彼女の携帯が鳴った。
「……あ。ゴメン。――もしもし、うん。聞いた…あっそう。はい。」
俺は、何となく…足を止めていた。
彼女は携帯を切って…
「ゴメン。家族からだった…――寒くなったねー。」
「うん。俺…冬は嫌い。」
寒いのが、苦手だった。――
「うーん。私も。だけど…考え方次第かな。――食べ物は好き。鍋でしょ?それに、おでんでしょ。」
と、買い物袋を持ち上げて見せる。
「今日は、おでん?――いいなぁ…。」
俺のお腹が催促しそうになる……おでんを買おう。
「じゃあ。――」
俺は、歩きだそうとした。――
「おでん、―― 一緒に食べる?」
彼女が普通に訊いてきた。
「――本当に?…家族の人は…?良いの?」
「今の――夕飯、要らないって。二人で、外食。」
と、携帯を振った。
「嬉しいよ。――凄く嬉しい!」
俺も、腹も、満面の笑みだ。――
彼女も、笑顔で…
「たださぁ、店には、――鍋がね…。」
「俺んち、有るよ。行こ。」
「そう。じゃあ。行こう。」
「うん。――荷物持つよ。」――「うん。有難う。」
普通なら、――絶対に、女の人を家には呼ばない。
厄介な事になりそうだから……
彼女にしたところで、一応、男の家だ……
普通は、躊躇するだろう……
俺達は、――そんな「普通」など、存在などしない様に、当たり前に家に向かって、ブラブラ歩く。――
家に着き、彼女は仕込みに入った。
ブツブツ独り言を言いながら……俺もそうだ。――
出勤作業をしている時……「顔を洗って…」などと、ブツブツ言ってしまう。――
「意外と……時間掛かるよ。良いかな?」
彼女が、玉子の殻を慎重にムキながら…訊く。
「平気。着替えてくる。」
俺は、寝室でトレーナーとジャージーに着替える。
一応、お客がいるから…ニットにパンツ――などとは、考えもしなかった――これも、考えられない…
俺は、何だか……彼女と同じ白のトレーナーを選んで着てみた。――意味は無い。
キッチンに戻り、――彼女が見える向きの椅子に座った。
彼女は、作業を続けながら振り返って……
「おっ。ラフなカッコ、新鮮だね……お揃いだ。」
と、自分のトレーナーを引っ張る。
「お揃いだ。」
俺は、自分のトレーナーを引っ張り、――
柄にもなく…照れた……
照れるんだな…?俺でも。――自分を驚く。
「煮込んで、終わりだけど…前に何か簡単に作る?」
「嫌だ。おでんを、力一杯。食べたい。」
「ハハハッ。同じ!私もおでんだけ食べる派。」
「俺も、それ派。全種類、食べたいから。」
「私は、玉子でお腹いっぱいになっちゃうから。」
「玉子が一番?」
「うーん。えー。……はんぺん。うーん。やっぱり、玉子。」
眉間に皺を寄せて、真剣に悩む。
「ハハハッ。ハハハッ。玉子とはんぺんが一番でいいじゃん。悩むなよー。」
本気で、笑ってしまった。――
「えーっ。一番は、一つだけでしょ?」
「そーだけど……俺は、大根!――でも……玉子も捨てがたいな…うーん。でも、大根……?」
「ほらね、悩むじゃん。ハハハッ。」
彼女も笑って…ハッとして続ける……
「あっ、コンニャクも捨てがたい!」
「うわー。浮気者だーっ!」
「何それ、腹立つ!玉子、全ー部。食べてやるっ!」
「絶対に駄目!」
馬鹿な会話をしているウチに…おでんが出来た!
この頃、――俺達は…口数が多くなってきた……
彼女が、慎重に鍋を運んできた。――
「ジャーン!」 と、言いながら、蓋を取る。
ぶわーと、湯気が上がり、良い匂いが立ち込める…
「うわーっ。美味そう!」
俺は、パチパチと拍手で迎えた。――
「頂きます。」――二人で、手を合わせる。
大根を皿に取り、辛子を付け…一口頬張る。
良く取れたダシが、じわーと口一杯に広がった――
「最高っ!」
思わず、天を仰ぎ…言った。
彼女が笑いながら……
「ハハハッ。良かった。」
と、玉子を食べながら言った。
彼女は、次も玉子を取った……――
「ちょっと…マジで玉子、全部食べないでよ?」
俺は、真剣に言って……又、自分に驚く。――
こんな事、言う奴だったか?…俺。
「さー?」
彼女は、しれっと言いながら、――モグモグと玉子を食べる。
危機感を覚えた俺は、慌てて、玉子を一つ皿に取っておいた。――
「子供みたい!ハハハッ。」
「だってぇー……」
だってぇー……だと?どーした。俺!
顧客には、絶対にっ!見せられない姿である。――
夢中で、おでんと格闘していて…静けさに――フッと顔を上げる……彼女が涙ぐんでいるっ。
「えっ…?えっ?」
俺は、焦った……玉子を取ってしまったからか…?
「からし……固まって入った……」
彼女のふっくらとした頬に一粒涙が落ちた。――
「……ちょっと!ふざけるなよー…焦ったじゃん!ハハハッ。」
「ふざけてなんか無いよ!辛ーいっ!ハハハッ。」
彼女は、泣きながら、怒って――笑い出す。
俺は、愉快な気持ちになっていた。――
又、ここも、別世界になってしまった様だ……
と、言うより、――彼女の居る場所が…俺を、別世界に引き込んでいるのだろう。――
食後のコーヒーは、俺が煎れる。
普段より、丁寧に……先生に、宿題を出す時の様な緊張感が有った!
二つのマグカップに、ゆっくり注ぎ。――
「はい。」 彼女の前に置く。
「有難う。」
二人で又、コーヒーをすする……
「美味しい…人に煎れて貰うのって、美味しいね。」
「良かった。」
自然に、微笑み合う。――
いつもと、立場こそ逆だが。――この場所でも……二人飲むコーヒーに、優しい時間が流れていく――

クリスマスイブだった。――と、言っても、もう明け方だ……今日が、クリスマスか…?――繰り返された、クリスマスイベントも、今日で、やっと…終わりだ。
日付の間隔も狂う程の忙しさだった。――
いい加減、躰が参ってきている……
帰路を急ぐ事も出来ずに…ダラダラと、足を引きずって行く。――
店の前に、彼女が居た……早いな…?
「早いね。」
俺は、驚いて声を掛ける。
「ケーキ作るから……眠く無かったら寄って。」
「うん……」
連日のケーキに、辟易していた…が、
コーヒーは、飲みたい。――結局、寄る事にした。
定位置に座り……
「はぁーあ。」――大きな、溜息が出る。
家に…帰り着いた様な気になっている。――
彼女は、又、ブツブツ言いながら…何か、忙しそうにしていたが……
「はい。出来た。」 と……
おにぎりと、具沢山の豚汁を俺の前に出した。
「――嬉しい!」
「だよね。ケーキは沢山!でしょ?」
「凄いね……当たり!」
「食後にコーヒー出すね。」
「うん。――有り難く、頂きます!」 手を合わせ…
熱々の豚汁からすすり始める。――
「はぁー……美味い!」
野菜の味とダシが合わさり、冷えた体に、温かさが満ち……数日の疲れが癒やされていく。――
「ハハハッ。良かった。――おかわり有るからね。」
夢中で、ふーふー冷まし、食べながら…頷く。
「おにぎりは…ゆかり、アサリの佃煮、鮭だよ。」
「何から、食べよう…」
迷い箸ならぬ――迷い手…?をしていると……
「肝臓に良いから…アサリがオススメ。」
「そーか…」
小さく握られたおにぎりは、具沢山で…アサリの甘辛い味が、堪らなく食欲を掻き立てた。
豚汁も、おかわりをして、一気に、最後のゆかりになっていた。
さっぱりした、酸味が〆に相応しく…口の中をクリアにした。――
「あぁー。久しぶりに、美味しい物、食べた。」
「そう。良かった。」
彼女は、二人分のコーヒーを煎れた…俺と自分の前に置く。――
ゆっくりと、二人無言で、コーヒーをすする…
この時間が、俺にとって宝物の時間になっていた。――
別世界は、――俺に、丸一日、休んだ様な活力を与えてくれた。
「ご馳走様。有難う。」
俺は、頭を下げる。
「お粗末でした。早く、休んで。」
彼女も、頭を下げる。
ドアを開け…現実世界に足を踏み出した俺は、――ハッとして別世界に戻った。――入り口に出て来た彼女に……
「メリークリスマス。」 と、ほっぺにキスをした。
帰って来た俺と、キスに…少し驚いた様だが――
「メリークリスマス。」 
彼女はキスを返し、微笑む――
毎年、二人でこの言葉を繰り返してきた様に……

「有難う御座いました。――四日からの営業です。 又のお越しをお待ち致しております。」
丁寧に最後のVIPを見送り。
今年の営業を、終えた。――
仕事納めの宴会を軽く開く。
オーナーが横に来た。
「麗、正月休みは?」 訊いてきた。
「家で、――休みます。」
俺は、肩をすくめ、答えた。
「はぁー。一緒に過ごす相手には、事欠かないだろうに?」
勿論、……と、言っては何だが…誘いは受けた。――北はノルウェーから、南は、アフリカまで……ハワイ、ホノルル、沖縄、北海道…選び放題だった。――全然…行く気になれない……
「一緒に過ごす相手」と、オーナーが、言った時……一瞬、当たり前の様に…彼女が思い浮かんだ。――
「いや…」
と、返事を濁す。――
「お疲れ様。」――挨拶を交わして、帰路に着く。
彼女の店は…昨日で終わりだろう。
一週間位しか経っていないのに、別世界時間への禁断症状が、出ていた。――暫くは二人で、コーヒーが、飲めそうも無いな……
考えながら、ブラブラ歩いていくと……
店の窓を磨く、彼女を発見した!
思わず、駈け寄り…声を掛ける。
「掃除?」
「あぁー。年末大掃除。――終わり?…寄る?」
彼女は、雑巾を絞りながら、額を拭う。
「邪魔じゃない?」
「私も、休憩。」
「じゃあ、遠慮無く。」
二人で店内に入り……俺は、自分の席につく。
彼女がコーヒーを煎れている姿を見ながら…
ほのぼのとした気持ちでいた。――
「今日から、休み?」――と、俺は、訊く。
「うん。三が日までね。」
彼女が、湯気の立つコーヒーを配りながら答えた。
だよな……正月もやってたら来よう!
考えていたので残念に思った……
「頂きます。――同じだ。俺も三日まで。」
二人でコーヒーをすすり…
「はぁー。」 同時に溜息をつく……
「ハハハッ。」 又、二人同時に笑う。
やっぱり、いいなー。――完全に…寛ぎながら…
俺は、訊いた。「正月は?」
「留守番。――家族は、今日から旅行だって。」
「そう。」
皆、旅行に行くんだな……
「お正月は?」――彼女も訊いてくる。
「ただ、休むだけ。」
「そう。疲れたもんね…」 彼女は、言った。
「ね、正月休み終わるまで、俺の家に来る?」
俺は、普通に訊いていた!……怖っ。
「そうだね。」
彼女は、当たり前の様に答えた。――
「そうしよっ!」
「うん。そうしよ。」
「鍋!鍋やろうよ。」
一気にテンションは、上げ上げだった。
「いや、先ずは、年越しそば!でしょう?」
彼女は、指を振って言った。
「そうだね。蕎麦だ!」
俺は、頷いた。
「鍋は…鱈?――三日までの食材でしょ?…お節も少しは欲しいよね。後で一緒に、買いに出し行こうか?」
「うん!お節も、少しね。行こう。」
子供の様に、彼女の言う事を反復し、喜ぶ自分に…些か、呆れていた。――
「掃除やっちゃう。帰って、寝てて。」
「うん。寝てる。支度、持って家に来て。」
「うん。支度持って、お昼位に行くよ。休んでて。」
「うん。――はい。鍵。」
「うん。」
彼女が、受け取った。別世界が、家に来る!
「ご馳走様でした。」 俺は、頭を下げる。
「お粗末様でした。」 彼女も下げる。
「後でね。」 又、同時に言い…
「ハハハッ。」 同時に…笑い合う。――
俺は、現実世界に、歩き出す。――遠足に行く様なワクワクした足取りで…

考える事は、幾らでもある。――同じマンションらしいが…泊まる必要性が、有るのか?……
ベッドはキングサイズだが一つしか無い…
人と生活をした事など、無いが…大丈夫か?
そもそも、何故、俺は、彼女を誘ったのか?――
だが、――実際には、どれ一つ、考える事は無く。
俺は、さっさと眠っていた。――
夢を見ていた。――幸せで…笑っていた。
フッと目覚める、……彼女が…横に立って、笑っていた。
「お早う……楽しそうだったねぇ。――ハハハッ。」
腹を抱えて笑った。
「お早う。――って、見てたの?悪趣味だなぁ!」
照れ臭くて、顔が赤くなる……
「だって。起こそうかと、思ったら…笑い出すからさー。ハハハッ。」 まだ、彼女は笑い続ける。
「覚えてろよ!」 俺は、枕を投げつけて……
「ハハハッ。」 
一緒になって、――笑い出してしまった。
彼女は、ウサギさんの耳が着いた、白のダッフルコートを着ていた。
「支度したら、買い物行こうよ。」
「うん。行こう。」
俺は、手早く、着替え――白のフード付きダウンを羽織った…さすがに、ウサギさんは持ってない…「お揃いだ。」――独り言を言う。
部屋に行き――「お待たせ!」 
彼女は、トランクから洋服を出していた。
振り返り…「あっ。お揃いだ。」 と、笑った。
「うん!そこの棚、使ってね。」
照れ隠しに、口早に言った……
おい…こんなに照れる男だったのか?――俺は…
「有難う…――さー。行こう。」
「さー。行こう。」
俺は、マネして言った。――
別世界は俺を幼稚にさせる様だ……
二人で歩きながら。――
「お腹、空いたよね。」――「空いたね。」
「家に着いたら、直ぐに作る。――そこの…コロッケが、美味しいの!食べる?」
彼女が、商店街の肉屋を指差す。――
「食べよう!」
肉屋さんは、馴染みらしく……
「茜ちゃん!カッコ良い子連れて。珍しいねー。」
と、声を掛けてくる。
「でしょー。ハハハッ。――コロッケ二つ――すき焼きもやる?」 俺を、振り返る。
「やる!」 俺は、即答した。
「じゃあ、この牛肉と、豚バラね。」
「はいよー。」
肉の袋と、コロッケを紙に巻き、二人に渡した。
俺達は、熱々のコロッケをほおばりながら、ブラブラと、歩き出す。――
高級なレストランも、お洒落なカフェもある。
でも……彼女と並んで食べるコロッケは、外の寒さを吹き飛ばず程、美味かった。――
「揚げたて、最高!美味しいね。」
ハフハフ言いながら、俺は、言う。
「そう。良かった。美味しいね!」
彼女も、ハフハフして言う。
「後は、スーパーで、一気に買おう。」
「うん。そうしよう。」
スーパーで、彼女と、揉め合あったり、笑いながら、買い物を進めて行く。――と……
「あれ?――麗? 違う人かと思ったぜ……」
彼女連れで、店の同僚が、声を掛けてきた。
「おー。庵!――こんにちは。」
庵の彼女にも、頭を下げる。
庵は、ポカンとし、マジマジと……カゴ一杯のカートを押し――お揃いの白を着た俺と横にいる彼女を見ていた……
彼女は、ペコリと頭を下げる。――
「……珍しい。――彼女連れ……?」
彼女に頭を下げながら…訊いた。
「でしょー。ハハハッ。じゃあ、又な!」
さっきの、彼女のマネをして言った。
隠す必要性も感じず、――ヤバいとも、俺は、思わなかった。
挙げ句……「彼女連れ?」と訊かれ、ニヤニヤしてしまった。――
別世界の扉は…彼女が居れば、開く様になっていた!
買い物を続ける、俺達の少し後ろで……
「あれって…No.1の人だよねー?店と感じ違うね…」
と、言っているのが聞こえる。――
「後は……何、買う?」 俺は彼女に訊いた。
「やっぱり、――プリン…?」
「だよね!プリンだ。お腹…壊さない量ね!」
二人で声を上げ、笑い合った。
「信じられねー。――マジで…あれ、麗か…?」
別人を見る様に……同僚が、見送っていた。――

「さっきの、あれって…私のマネでしょ?」
「ハハハッ。解った?」
彼女と俺は、――買い物袋を沢山、下げて……
ブラブラと、帰って行く。
老夫婦が、歩いて来た……旦那さんの腕に奥さんが軽く手を掛けている。――
「茜ちゃん、こんにちは。」
旦那さんが、声を掛ける。
「こんにちは。」 彼女が微笑む。
「あらー。茜ちゃん、旦那さん?――二人で、お買い物? 良いわね。楽しくて!」
奥さんが、微笑んだ。 
「じゃあ、又、コーヒー飲みに行くからね。」
旦那さんが、言って、二人は歩き出す。
「お客様。いつでも二人でコーヒー飲んでいくの、凄く、仲良いんだ。」
老夫婦に、手を振りながら彼女は言う。
俺達も、そうなるんだろうな……――凄い事を…普通に考えて、自分にビックリした。
「素敵な御夫婦だね……俺。――旦那さんって言われた!――そう、見えるんだね!」
「そう、見えるんだねー。」
二人で、微笑み合った。――俺は、一人ニヤニヤしていた。
部屋に着き……彼女は、ジャージーと、グレーのトレーナーに着替え、作業を始めた。――
勿論、ブツブツと、独り言を言いながら…だ……
俺も、ジャージーと、トレーナーに着替えた。
勿論、グレーの「お揃い」だ。
「手伝うよ。」 ――彼女に、声を掛ける。
振り返り、俺を見て苦笑し…――
「じゃあ、お揃い君は、お節をセンス良く、お重に詰めて下さい。」
「何だよ、お揃い君って。ハハハッ。」
「ただし、つまみ食い、厳禁だからね!」
彼女は、腰に手を当てて言った。
「さー。」
俺は、しれっと、言ってやった。――
「又、マネだ!ハハハッ。」 
弾ける様な彼女の笑いに……俺は、正月休みが、凄く、楽しいに違いない!と、確信した。――

「二の重から、出来たけど…見て…?」
課題を俺は、提出した。――
作業の手を止め、彼女が、俺の方に来た。
「どれどれー。あっ…栗きんとんが、一つ足りない!食べたでしょー?」
と、――俺を睨む…
「えっ!食べて無いよっ!マジで…本当だよっ!」
俺は、必死になって言った。
「嘘だよ。数えて無いし!ハハハッ……あーっ。麗、可笑しい!」
彼女は、腹を抱える。――
必死に言い訳をした自分が俺は、恥ずかしくなり…
又、そんな事を言いだした、彼女に呆れていた!
「…酷いよっ!マジで、焦った!馬鹿!ハハハッ。」
なんて……愉快で、――悪趣味な人なんだっ!
「うん!素敵に、出来てます!100点です!」
と、彼女は、俺のほっぺにキスをした。――
「有難う御座いますっ!」
俺は、ふざけて、頭を下げる。
何も無かった様に、俺達は作業に戻り、自分の分担をせっせと、こなした。――
彼女が、指さし確認を始めた様だ。
サラダOK、カナッペOK、チーズフォンデューOK、蕎麦のかえしOK、お雑煮の汁OK、鮭OK
と…、だし巻き卵OK……ブツブツと、指を指す。
俺も、一の重を仕上げ終わり。――
「よしっ。出来た!」 と、両手を上げる。
「私も、おけっ!」
彼女が来て。――俺の上げられた両手に、ピョンと跳ね、ハイタッチをする。
「さて、玉子丼を作ったから、軽く食べて、お風呂も済ませちゃおう。」
「済ませちゃおう。――腹ペコだ!」
二人で、テーブルに向かい合い。
ピカピカの玉子丼を前にして。――
「頂きます。」 手を合わせる。
玉子丼の湯気の向こうで…ふーふーと、ほっぺを膨らませ、冷ましながら、食べている彼女と、向かい合い、――ダシのきいたトロトロの玉子をホカホカのご飯と一緒に、口一杯頬張る。――
別世界の玉子丼は、優しくて…幸せの味がする……
「美味しいねー。俺、……幸せだ。」
独り言の様に……呟いた。――
「良かった。…二人で食べると、美味しいねー。幸せだよねっ。」 二人で、微笑む。
食後のコーヒーは、俺が煎れた。
「美味しくなーれ。」 と、ブツブツ言いながら――
そして、二人で、コーヒーを無言ですする……
優しい時間の中で。――

「お風呂、出来た……よ。」
俺が、部屋に戻ると……毛足の長いカーペットの上で、彼女は寝ていた。――朝からの作業で疲れたのだろう……
俺は、寝室に行き、毛布を持って来た。――
そっと、彼女に掛け……隣に横になって同じ毛布に入る。
床暖のポカポカと、心地よい温度を感じながら……
彼女の…幼く見える、寝顔に、見とれていた…――又、優しい時間が流れ…眠ってしまった様だ……
自然に目が覚めた……気持ちのいい、目覚めだ。
隣では、まだ、彼女が寝ている…又、寝顔に見入っていると……彼女が、パチッと目を覚ました。――
「寝ちゃった……お早う。」
俺が、横に寝ている事には、驚きもせず…言った。
「お早う。俺も寝ちゃった。」
「二人で、お昼寝だね。」
「お昼寝だね。――気持ち良かった。」
「私も!スッキリした。」
「あー。茜。ヨダレ…垂れてるよ。」
俺は、彼女の口元を見て言った。
ガバッと起き上がり。――
「嘘でしょ!」
と、口元を慌てて、拭う。
「うん。嘘だよ。…ハハハッ。ざまーみろ!やったー!ハハハッ。」
俺は、腹を抱え笑った!
「…腹立つわー!馬鹿!」
と、照れて、真っ赤になりながら……俺の髪を両手で、くしゃくしゃにした。
「うわー。やめれー!ハハハッ。」
と、俺も、彼女の髪をくしゃくしゃした!
マジで!顧客には、見せられない姿だった。――
ひとしきり、ふざけ合った後、俺は、訊く。
「お風呂、先に入る?」
「じゃあ、先に入って、こっちのテーブルに、料理の準備をしておくね。――良い?」
「うん!」
彼女が、風呂に入っている間、――ラブソファーにひっくり返り、テレビをボーッと見ながら……去年の年末、俺は何をして過ごしていたのだろうか……と、考えた。――思い出せない…
彼女無しの年末が、もう、…考えられない――と、
「上がったよ!」――湯上がりで、リンゴみたいに、真っ赤なほっぺをした彼女が、堪らなく可愛く見えて…
「起こして。」 両手を伸ばした。
「ハハハッ。」
笑いながら、俺の両手を引っ張る、彼女の頬にキスをした。
「ほら!入って来ちゃいな。先に食べちゃうよ!」
「えーっ!駄目だよー。待っててね!」
「さー。……ハハハッ。」
笑いながら、俺の頬にキスをする。――
風呂に入り、ニヤニヤして…手で頬を触った。
この風呂に、――彼女が入ったんだよな……
なんて、考えて…ヤバい気持ちになってきた!――湯船の中で、一人、バシャバシャ暴れる……
思春期の中学生かよ……俺はっ!
危うく、のぼせそうになった。――

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