見出し画像

優しさとは、努力の上で


離婚を経験した人達に、口を揃えて聞かれることがある。


「あなたが離婚しない理由は?」

私の結婚生活にだって我慢や葛藤もちろんあったし、今でも危機がなくなったとは言えない。

なんなら13年しか経っていないし、先だって分かんない。

離婚の危機はこれまでに何度も何度も。そりゃあしたいと決意したことももちろん。


結婚を続けている理由はもちろんいくつかあるけど。
単純に、離婚って結婚するより何倍も大変だから。


例えば、

殺してしまいたいくらい憎んで憎んで、ついに自分が病むか相手を殺すかとなったとする。
そして後手を選び、完全犯罪を計画するとして、

絶対に誰にも迷惑かけずに世間や警察なんかにばれないように、跡形もなく、たった一人でやり遂げるとする。
入念に計画を立て、その上失敗は許されない。

すると計画段階で、たいていの人はバカバカしくなるんだってね。

憎い相手に割くとんでもない労力と時間。
そんなことしている間に、自分の環境に良い変化があったり、相手のいいところが見えてきたり、憎い相手から優しくされちゃったり。

計画してる段階で気づいちゃう。あれ、冷静に考えてバレない方法ってある?リスクとかやばくない?って。

なんにせよ、人は重要な事柄こそ時間をかけて冷静に判断することを忘れてはいけないのだ。
判断を誤ってしまうから。

時間があれば、自分が殺そうと憎んでいる相手は、そもそも自分と同じ境地にいないことに気が付き、そのお陰でシラけてしまう。思っているより相手は自分の事なんて考えていないし自分に対して悩んですらいないのかも。って。

そうしていつしか怒りの感情ですらバカバカしくなってしまうんだそう。
そうしていつしか自分の人生の重要な時間にその行動が値するか、考えることができる。

離婚も似ていると思うところがあって。
(スピードが必要なDV相手との離婚などは別ですよ。)

離婚に費やす時間と、関係を続けることに費やす時間、どちらに時間をかけることが、自分の重要な時間を費やすことに値するのか。

夫婦の時間が上手くいっていない時ほど、そこを意識したいのだ。


私の夫婦の歴史について知ってる人なら必ず聞いて来る。
なぜ離婚しなかったの?って。

どんなに時間をかけて自分が怒っても、許せないことを訴えていても、響いてなかったり。というか、理解してもらえなかった。

なぜ。どうしてこんなに苦しめるのか。

言葉が通じるように、離婚をしてもらいたくて頭をフル回転して沢山言葉を発した。

でもそこで気が付いた。
私は自分の考えを訴えているだけだった事に。

夫がなぜ、付き合ったあの頃と変わってしまったのか。
なぜ、結婚した当初と変わってしまったのか。

分からない課題をずーっと解こうとして、解けずにいる現状にもう耐えられなくなっていた。

そこから離れたくて離婚がしたいのかと。

離婚の原因は相手じゃない。自分なのかと気付いて冷静に考えた。


当時、夫は仕事の環境に悩んでいたのかも知れない。今なら見えることがその当時は見る気すら、余裕すらなかった。

夫も無意識に必死だったと思う。帰ると余裕のない私を見て、落ち着けるはずの家で”できていない”と突きつけられている感情になったのだろう。

それに気が付いた時、余裕がないのは自分だけだと思っていた事に反省したのだ。



パートナーに自分の考えを理解してもらうとして、

親子ですら10話して1割伝わればいい方で。
他人なら100伝えて1分かってもらえる程度ではないか。

夫婦って家族になる手続きをした人ってだけで、一緒のいる時間が長い相手ほど分かってもらうのって一番難しいと思うの。

なのに結婚をすれば相手を所有物のように感じる。
ただ夫婦ってだけで相手を理解している、分かってる・そして相手もそうなのだという根拠のない自信が生まれる。

相手の気持ちなんて正直言って伝えてもらわなければ分かるわけがない。
趣味や嗜好ならまだしも、悩んだり怒ってる人の気持ちに対してその理由を違えず把握できることは、不可能。分かっているふりまでがせいぜい。

そんな状態なのに、嫌いになる前に離婚したかった私は、○○だからもう一緒に居られない。という理由で細かく、かなりの数の言葉を夫に投げていました。

一緒にいると傷ついて、もう無理なんだと。
お願いだから離婚してくださいって懇願した。

そこまで言われた夫が出した答えは、
離婚してあげない。子どもが可哀想でしょ。だった。

こんなにも話しているレベルが違うのかと脱力した。なぜ、ちゃんと話し合えないのか、なぜ、もっと言葉を返してくれないのか、やっと出た理由は子どもが。なのか。私に対しての愛情は?と。

お互いに相手の思いやりに欠けていた。
負の連鎖はこうして生まれ、膨らんでいき、収束できなくなるのだ。



夫の両親は離婚していて、当時は思春期だったこともあり環境の変化とか、思春期特有のモヤモヤも相まってか、相当辛かったそう。
お前には両親が揃っていない辛さが分からないんだと言われたことがある。

だけど、私にも思うところがあった。

子どものために両親が揃っていることを重視しているというのなら、仲が悪い両親のもとで育った子の気持ちが、夫には分かるのかと。

私の父は仕事人間でほとんど家を空けていたのに、たまに居ても母親には厳しくしていて、母は母で父が仕事でいない日に私たち子どもに対して八つ当たりが日常茶飯事だった。それはそれで辛かったのを今でも姉妹でよく話している。

消えないんだよ、そういう記憶ってどちらも。


やっとここまでぶつかり合えて、考え、気が付き、反省し、伝えることができた。

相手を思いやる気持ちだけが、夫婦を繋ぐのではないかと。

思いやりというのは、努力の上で成り立つもので。
勝手に出来るものではないのだ。

君は気が利くから、
君は優しいから、
君は言葉選びが上手だから、


ではないのだ。

ふざけるな。


相手を思うから時間を作り、考えて行動しているのだ。
想像力を働かせ、相手を傷つけずに話す話し方を心掛けるから優しいと思われる。
自分の思いを誤解せず届けたいから思ったままでなく考えて話す。

それは努力なんだよ。
相手に割く時間を作る努力。

一緒に居たいと思う人にその努力ができないなら、夫婦でいる理由がないと伝えた。

子どもを理由にすることでしか引き止められないのなら、それは一生子どものせにいしにて私に生きろと言うのか。本当に理由はそこなのかと。


この時、私自身も少なくとも、一緒に居るにはそういった努力がいるのか、と話しながら理解していたのだけど。笑

そうして、言葉に出すことによって、自分の思いや考えを整理することができ、理解するという方法を知ったのだった。


それからの夫は、少しずつだが変化を表してくれた。
そして夫婦の関係は劇的に変化したのだ。


余裕のない時こそ、色々手放して考えるというのは決して容易くないが、それでしか自分を救えないのだと身をもって痛感した。


離婚をするのは我慢が足りないわけでもない。
でも、自分を見捨てるということでもあるのかも知れない。

自分を理解することも、相手を理解することも、自分を救う手段なのだ。

離婚をしない理由ではなく、離婚を回避しただけなのかも知れないと思う。

いつか忘れてしまった時に読み返し、いつかの自分をまた救えたらいいなと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?