真犯人は僕です(冒頭小説)

 その探偵の推理は、奇妙な状況から始まる。
「ちょっと待ってくれよ。犯人は僕だ」
 自分が犯人であると主張する男がひとり。彼の名は正(ただし)。
「嘘でしょ。あなたはいつも嘘ばかり」
 母親が言う。
「そうだ。お前の言葉は信用ならない」
 父親が言う。
「いや、本当に僕が犯人なんだ。な?唯」
 唯(ゆい)。そう呼ばれた妹が、首を縦に振ることは無い。
「正兄ちゃんはやってない。私がやった」
 彼女の発言には真実味があった。
 彼女はいつも嘘をつかないから。
 しかしながら、この時に限って彼女の発言は嘘である。
(唯、なんで嘘なんかつくんだ)
 正には分からない。彼女が嘘をつく理由が。
「唯がやったって言うんだから、唯がやったんでしょうね」
 母親は一片の疑いも抱かない。
「違う。僕なんだ。冷蔵庫のプリンを食べたのは」
 正はあくまで主張する。
「その言葉だけであなたがやったことを信じろと言うの?」
 女王みたいな母親に、鼻で笑われる。
「足りない。こういうとき、証拠が必要じゃない?―――あなたがやったというね」
 女王は不敵な笑みを浮かべる。そして、宣告する。
「夕飯までに、あなたがやったという証拠を集めてらっしゃい。あなたが犯人であることを証明できなければ―――」
 刹那の間を置いて、女王は薄く笑う。
「唯を、おしり百叩きの刑に処す」
 こうして少年による、自分の罪を証明するための推理が幕を開けた。
 自分を守る誰かの濡れ衣を晴らすための戦いが。


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