詠む人くんの徒然なる日常。2

まさに、嵐を呼ぶ転校生というべきか。彼の存在は、転校初日にして、全校生徒に知れ渡ったようだ。まさか、転びそうになった僕を助けてくれたのが、あんなユニークな奴だったなんて。

この先の学生生活、彼のおかげで退屈とは程遠い生活になりそうだ。いや、もしかすると、退屈だった日々が懐かしくなるかも。なんせ、彼の個性的な面といったら、、、。



「僕の名は、人徒詠人(ひととよむひと)。よろしくね」

5・7・5。自己紹介も、それなのか。彼に引っ張られて、僕まで発する言葉が5・7・5になりそうだ。

さらさらの髪、程よく筋肉がついた身体、絵にかいたような好青年。いわゆる容姿端麗な彼に、クラスの女子からは黄色い声が、男子からは冷やかな目線が浴びせられる。

「俳句やら、短歌が好きで、よく詠むよ。趣味が合う人、よろしく頼む」

彼がそう言ったとたん、一番前の座席の女子が、私も短歌好きだなあ~と、彼を上目遣いで見つめながら言った。国語の教科担当である担任の先生が間髪入れず、お前この間の短歌の問題全然解けてなかっただろ、と突っ込み、わっと笑いが起こった。

少し空気が和やかになったところで、彼に対しての質疑応答が始まった。

Q.趣味はなんですか?

「先ほども、伝えた通り、短歌かな。詩とか俳句も良くたしなむよ」

Q.名前の由来とかってあります?

「両親が、文芸好きで、この名前」

「この目では、見えないものを、見れるよに。そういう願い、込められてます」

Q.好きなタイプを教えてください。

「そうですね、文芸好きは、ウェルカムです」

Q.入りたい部活とかありますか?

「手芸部です」

そこは文芸部じゃねえのかよ、と男子生徒が突っ込み、大笑いが起こった。

「ジョークです。入りたいのは、文芸部」

穏やかな笑みを浮かべながら、彼は訂正した。

担任から座席を案内された彼は、教室の後ろ側の席へ向かう。ちょうど僕の席の隣くらいだ。彼が席に向かっていると、女子から黄色い声を浴びる彼のことを気に入らないのか、ひとりの男子が通路に足を出し、彼を転ばそうとしている。なんというありきたりなパターンだろうか。このままでは彼が転んでしまう。勇気を出して、危ない、と声をかけようとしたそのときだった。

彼は男子生徒が突き出した足の前まで来ると、ぴたっと歩みを止めた。

「見たところ、サッカー部だね、君の足。大事な足を、僕に蹴らすな」

慈愛に満ちた発言と同時に、彼はしゃがみ込み、男子生徒の足を優しく机の方へ動かした。なんと優しい男だろうか。男子生徒は顔を赤らめながら、お、おう、と返事を返した。彼の思わぬ優しさに、自分の小ささを恥じているのだろう。そして彼の紳士な行動に、クラスの何名かの女子も顔を赤らめていた。詠人くんって優しいんだね、とコソコソ話している女子もいる。絵にかいたような好青年。基本的な発言が、5・7・5か5・7・5・7・7で構成されている以外は、いたって普通の美男子だ。

しかし、なぜ日常会話まで短歌調である必要があるのだろうか。両親から与えられた名前の通りの人生をまっとうしようとし過ぎじゃないのか?そうだとすれば、彼の両親はつくづく子どもに重たい十字架を背負わせたな、などとひとり考えていると、彼が席に着いた。隣の席の僕に気づくと、会釈をしてきた。

「今朝がたの、転びかけてた、君とはね、同じクラスな気がしていたよ」

さわやかに、短歌を読んで、微笑んだ。

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