牛乳とあんぱん
今にも罪悪感に身を滅ぼされてしまいそうだ。
午後十時、僕の手元には牛乳とあんぱんがある。
そのひとつの飲み物とひとつの食べ物との出会いは、夜ご飯を食べた後の、僕の中の突然の衝動によるものがきっかけであった。
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「ごちそうさまでした」
夜ご飯を食べ、食器を片付ける。
腹八分目、いわゆる丁度いいと言われている満腹具合ではあったが、何か物足りなさを感じた。
台所の食料を漁ろうとしたが、自宅に置いてあるものをむやみやたらに食べてしまうのは、同居している家族に悪い気がしたのでやめた。
良い子は寝る時間と言われる時間帯ではあったので、やや憚れる気もした(なぜなら僕は良い子だからだ)が、美味しいものでお腹を満たしたいという突然の衝動は抑えることができなかった。
そうして、近場のコンビニへと繰り出した。悪事に手を染めるような気分にならないでもなかった。
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「いらっしゃいませ~」
カウンターにいたのは、この時間帯(夜中)によくいるおばさんの店員さんだった。僕の姿は半そでポロシャツに短パン、さらには短髪(ほぼ坊主頭だ)だったので、彼女からすれば、この時間にコンビニに来る高校生なんてろくな客じゃないわ、補導されてしまえばいいのに、なんて思われていたかもしれない。
スイーツコーナーには美味しそうなスイーツがたくさん並んでいる。美味しそうと書いたけど、僕はそのどれもが美味しいということを知っている。新しいスイーツが出たらその味を確かめずにはいられない質なので、あらかた食べているのだ。
しかし、僕の目はそんなきらびやかなところには向かわなかった。
あらかた食べ尽くしたスイーツを食べるよりも、定番すぎてあまり食べなくなった味を楽しみたいと思った。
飲み物コーナーの白いパックと、パンコーナーの小麦色のあんぱんを手に取り、カウンターへ持って行った。
「お願いします」
店員さんへ突き出した。
店員さんが勘定する間、僕はカウンター上の牛乳とあんぱんを眺めていた。
きらびやかでなくて悪かったな、なんて言われているような気がした。
「二二六円になります」
支払いを促された僕は、小銭入れから小銭を取り出し、金銭授受用のトレイの上に置いた。
「十円玉が多いですよ」
店員さんに言われて気づいた。間違えて二枚多く十円玉を出してしまっていた。
気恥ずかしさを抑えながら二十円を小銭入れにしまう。
俺らのことをきらびやかじゃないとか思った罰だ。
牛乳とあんぱんに笑われている気がした。
*
帰宅し、今、僕の手元には牛乳とあんぱんがある。
時刻は夜の十時を過ぎている。この時間に食事を摂るのは体にはあまり良くないかもしれない。
(いいのか?今ならまだ引き返せるぞ)
そんな心の声が聞こえた。
基本的には健康志向で、日ごろから体に良いものを食べることを心がけており、運動も毎日ほぼ欠かさずに取り組んでいる。
それらの努力がこんな衝動的な行いで無駄になっていいのだろうか。
そんな葛藤があったのだけれど、そもそも健康が何のためにあるのかを自分自身に説いた。
健康とは、自分の人生を楽しむためにあるのだ、と。
人生を楽しむとは、今まさに、牛乳とあんぱんを屠ることにあるのだ、と。
半ば無理やりではあったが、理性的な自分を納得させることに成功した。
いや、長期的に見たらここで牛乳とあんぱんを食べるのは人生を楽しむことに繋がらないのではないか?
理性的な自分がそんなことを考え始める頃にはもう、牛乳とあんぱんは僕の胃袋の中にあった。
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