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将来の後悔

 車の運転の仕方を、忘れた。
 もともとペーパードライバーだったとか、そういう訳ではない。唐突に忘れてしまった。ベランダの手すりから空へ飛び去った小鳥が戻ってこないのと同じように、運転の技術も思い出すことができない。
 次に、インターネットで検索する方法を忘れた。何をどうすれば調べられるのか、感覚的にこなしていたその手順は、すっぽりと頭から抜き取られていた。記憶にぽっかりと大きな穴が開いているようだった。
 それから、指の動かし方を忘れた。タイピングはおろか、お箸やスプーンを持つことさえできない。指は確かにそこにあるのに。どうやって動かしているの?なんて聞かれたら、バカにしているの?と言い返したくらいに誰もが当然にできるようなことだったはずのに。
 脚も、腕も、首も、次々と動かし方を忘れた。どうにかこうにか工夫して、親に助けを求めた。親の車で職場へ行って、事情を説明する。
「どうにかして働いてください」
 上司が厳しい口調で私に声を飛ばす。会社は人材不足。いくら心身が不自由な人間でも辞められるよりはマシらしい。
 私は私で借金があったので、働かないわけにはいかなかったので仕方がない。
 同僚の手を借りて自分の席まで移動させてもらう。隣の席の人は、一生懸命作業をしている。今まで私はこの人に質問されると「こんなことも分からないんですか」と呆れ顔を向けていた。その人に、
「手足の動かし方を教えてくれませんか?」
 そうたずねた。その人は穏やかな表情で、
「いいですよ」
 と言った。

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