悩みからの解放
薄毛に悩む男が居る。
彼は年の離れた弟とマンションの一室で暮らしている。
「ああ、突然髪の毛ふさふさになったりしないかなあ」
なるわけもない願望を抱きながら、今日もネットで育毛剤を調べていた。
「おや、これはなんだ?」
スマートフォンでネットを検索していると、
『もう悩まない!最強の育毛剤、ZSPARK爆誕』
という一文とともに、アルファベットのZの一文字が真っ白なチューブに大きくプリントされている育毛剤の画像が目に入った。
「これを使えば俺も」
鏡に映るふさふさの頭髪。
そんな妄想に、胸が高鳴った。
「兄ちゃん、何見てるの?」
入浴を終えた弟が、背後から兄のスマホをのぞき見る。
「な、何でもないぞ!」
薄毛の男はとっさにスマートフォンを隠す。
「さてはまたエロ動画でも見てたんだろ」
「そ、そんなわけないじゃないか」
敢えて図星であるかのような表情を作る。弟の茶化すような質問が、カモフラージュの助けとなり、ほっとした。
薄毛で悩んでいるなどとは恥ずかしくて言えず、弟には秘密にしている。
「それにしても、お前はいいよなあ」
弟を眺め、兄は思う。
スタイルもいい、ファッションセンスもいい、顔も良い。
しかしそれは、自分も同じだった。
ただひとつ、頭髪を除いては。
頭髪がふさふさか、薄いか。それだけで女性からのモテ度は左右される。
弟はモテモテだった。
「な、何がいいんだ?」
じろじろ眺められた弟は、兄を警戒する。
「あ、いやあ、そういう変な意味じゃねえよ。その…女にモテていいな、って」
髪がふさふさでいいなあ、が本音である。
「急に何言い出すんだよ。大丈夫、兄ちゃんだってモテるって。周りの女の見る目が無いだけさ。ああ、そういえば最近新しいヤツ買ってきたから、使ってみなよ。風呂場に置いてあるから」
「新しいヤツ?」
「ああ。俺、最近悩んでたんだけど、かなり効果的だぜ」
「えっ、お前にも悩みがあったの?」
「俺にだって悩みくらいあるさ。だけど、あの薬を使ったら、全然気にならなくなったよ」
笑顔で弟は言った。ムダ毛処理の行き届いた、爽やかな笑顔だった。
*
風呂場に入って驚いた。
薄毛の男が目にしたのは、白地にアルファベットのZの文字がプリントされているチューブであった。まさに先ほど見ていた育毛剤だと確信した。
「いやあ、あいつも実は薄毛に悩んでいただなんてなあ」
しかしタイミングが良すぎる。
弟は一見、薄毛には見えなかった。育毛剤を買う必要なんてないはず。
もしや、兄である自分の悩みに密かに気付いていて、気を遣ってくれたのではないか?
薄毛の男はそんなことを思いつつ、とりあえず弟に感謝して、薬剤を使うことにした。
キャップを開け、チューブを握ると、濃厚な泡が手のひらの上に出現した。
シャワーで軽く流した頭を、がしがしと洗う。
「すげえ、なんだこの爽快感はッ!」
頭を洗った途端、これまでにないようなすがすがしさを覚えた。
あまりの気持ちよさに、彼は目をつむる。
頭皮の毛穴に詰まっていた何もかもが、勢いよく洗い出されるような、そんな感覚だった。
*
リビングのソファでひとり、弟はスマートフォンを眺める。
新しく出た除毛剤『ZSPRASH』の使用レビューだ。
使った途端にムダ毛が抜け、美しい肌になる。
使用者のほとんどが星五つの高評価である。
「兄ちゃんも今頃、その効き目に驚いているだろうなあ」
兄ちゃんもムダ毛が結構目立ってきてたからなあ。きっと悩んでいたはず。
弟が楽しみにしていると、がちゃりとリビングの扉が開く音が聞こえた。
「おい。あのシャンプー、すごいな。使った途端に爽快な感覚が走ったよ。きっとこれからすごい勢いで生えてくるんだろうな」
兄は嬉々として薬剤を使用した感想を伝えてきた。
「に、兄ちゃん…」
「へ?」
「鏡、見た?」
兄は傍らにある鏡をのぞき込むと、そこには太陽のようなスキンヘッドの男が居た。
*
その日、除毛剤『ZSPRASH』の新しい使用レビューが投稿された。
レビュー者:Hagedan
悩みから解放されました
★☆☆☆☆
これまでずっと髪の毛のことで悩んでいました。
「もっとふさふさにならないかなあ」
と願っていた時、ひょんな偶然からこの除毛剤と出会いました。
類似商品の育毛剤と間違えてシャンプーした結果、私はもう髪の毛のことで悩む必要は無くなりました。
今、とてもすがすがしい気分です。
たとえるならば、今までうっすらとかかっていた雲が吹き払われて、煌々と輝く太陽が顔を出したような。そんな気持ちです。
言うまでもありませんが、星ひとつ(最低評価)です。
反対の効果を持つ、類似した商品には気を付けましょう。
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