空気を読みたくない新人と空気が読めない部長

 花木部長は営業部の部長である。
 彼は冗談が好きだ。ただし、面白くはない。
 いつもくだらない駄洒落をつぶやいては、誰かに突っ込まれることを待っている。
 機嫌が悪くなると面倒なので、部下たちは多忙な中でも彼の冗談に反応することを忘れない。
 言うまでも無く内心では迷惑に思っている。
 そんな部下たちの内心を、花木は知るよしもない。
 
 そんなある日、営業部に新人が入ってきた。
「今日からお世話になります」
 染髪しているのか、やや明るめの茶色。それを見た花木部長はさっそく。
「頭髪と同じように、気持ちも明るく頼むよ!」
「え…?あ、はい…」
 新人は発言の意味がよくわからず、困惑している。
 冗談を言っているのか、なんなのかすらわかっていない。
「まあ、気楽にやってくれたまえ」
 は、はあ...。と、新人。
 まずは花木部長の扱い方を教えなければ。
 困惑する新人を前に営業部の心は同調していた。



 新人の仕事ぶりは優秀だった。
 上司からの指示は適切に受け取るし、仕事を覚えるのも早い。
 分からないことがあれば積極的に質問をする姿勢も部内では好評であった。
 近頃は女子社員の間でも新人のことが話題に上がる。
「新人クンが入ってきてくれてから、仕事が円滑に進むようになって助かるわ」
「割と顔も良いし目の保養にもなるよね」
「ほんとそれ。ま、懸念があるとすれば、ただひとつ…」

 数日前のこと。
 仕事で分からない部分があった新人は花木部長に教えを乞うた。
「ここの資料って、○○が△△ってことですか?」
 新人の質問に、花木は頭を抱えた。
 たまたま花木が詳細を把握していない部分だったのだ。
「すまない、そこは詳細を把握していないので、担当の彼に聞いてくれ」
 と、部署内の男性社員を指さす花木。
「え、部長、ここの詳細把握してないんですか?けっこう大事な所っぽいですけど」
 新人の発言に部署内の空気が冷たくなった。
 確かにけっこう大事な所だったのだが、部長にそのような物言いは厳禁。
 そんな空気を、新人は読んでいない。
「ま、まあね。私は部長だから、些末なところを理解するよりは全体を見なければならないんだよ」
「些末?」
 どう見ても些末に思えない、といった様子で首をかしげる新人。
「些末って、どういう」
「まあまあまあまあ!そこは俺に任せとけよ」
 先ほど指さされた男性社員が割って入る。
「部長、彼への説明は私が引き受けますので!」
「よろしく頼む」
 やや機嫌を損ねた表情で部長は新人をにらんだ。

「あのときは杉村さんのお陰で事なきを得たけどね~」
「仕事はできるけど、空気は読まない」
「私らもフォローするけど、内心、いつ部長の機嫌を損ねるか冷や冷やしてるわ」
 まるでゲームでもプレイしているかのように仕事をこなしていく新人だったが、空気を読まない。
 周囲からすれば懸念事項である。
「でもさ。空気を読めないのは部長も一緒じゃん?」
「たしかに。ってか、新人クンは空気読めるけどあえて読まないで動いてる」
「その点部長より100倍マシよね」
 まあそうだよねえ、といった形で満場一致の女子たち。
「もういっそのことさ、部長の機嫌取りみたいな空気なんてぶっ壊れちゃえばいいのに」
「そうなったらもっと働きやすそう」
「まあ、さすがに今の空気が壊れるなんてことは起こらないでしょうけど…
誰も、何も企てなければ、の話だけどね」
 不敵な笑みを浮かべながら、女子社員たちは次の話題へと移る。
「そういえば今度の新人歓迎会の企画どうする?」



 新人が営業部に配属されてから1週間。
 今夜は新人歓迎会である。
 一同、酒が進んで砕けた空気になっている。
「それでは皆さん酔いも回ってきたところで恒例の自己紹介となります。新人さんお願いします」
 よっ、きました、いったれ、などと、立ち上がる新人に一同が野次を跳ばす。
「営業部に配属されました。如月です。よろしくお願いします」
 酒でテンションが上がっている一同、拍手。
「新人は自己紹介で一発芸をすることになっています。如月さん、お願いします」
 新人の自己紹介で一発芸なんて今まであったっけ?
 酔いが回り、回らない頭で疑問に思ったのは、花木だけであった。
 花木以外には事前の打ち合わせで周知されている。
「では、部長の真似をします。”ふとんがふっとんだ”!」
「「「「あっはっはっはっは!!!」」」
 新人の一発芸に一同大爆笑。
 中には転げまわるものさえいた。もちろん演出である。
 それを見て不気味に思った花木は、あまりのつまらなさに吐き気をもよおし、トイレへと向かっていった。

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