【短編小説】学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?(3/4)

 愛奈美さんとお昼を共にしてから数週間。
 僕は夢のような日々を送っていた。

「はー、今日も愛奈美さん、可愛かったなあ……」

 あれから毎日のように、僕は愛奈美さんとお昼ご飯を食べた。
 休み時間や登下校の際に話すことも増え、以前からすると明らかに距離が縮まっている。

「っていうか今度の日曜日、何着ていこう?」

 それというのも愛奈美さんとの約束で、週末に植物園に行くことになったのだ。

「前日までに準備しておくとしよう」

 思わず口に出しながら、僕はるんるん気分で帰宅の途に就こうとしたのだが。

 ——帰り際に花壇の様子でも見ておくか

 と、本来は通る必要のない花壇へと向かう。

 ……べ、別に、園芸部として活動中の愛奈美さんに会えるかもとか、そういう魂胆はない。

 あくまでも経過観察がしたいだけだ。

「ん、あれは――」

 人影に気付きそっと物陰に隠れる。
 花壇の前に、愛奈美さんと日野、そして日野の取り巻きの姿があった。

「何の用?」
「いやあ、今日はお花の世話でもさせてもらおうかと思ってねえ。な、お前ら?」

 日野が言うと、取り巻きたちがへらへらと笑った。

「……花壇の世話は園芸部の仕事。けっこうよ」
「そう言うなって。つーか八坂、お前最近、好きなやつでもいんの?」

 言うや日野は、愛奈美さんに詰め寄った。

「なんかやたらとあの陰キャ虫オタクに絡んでるしさ。なに、好きなの? ハカセのこと」
「は? なんで博士くんが出てくるわけ?」
「あるえええ? 下の名前で呼んでる~?」
「っ……」

 愛奈美さんはとっさに口元を塞いだが、出ていった言葉はもう戻らない。

「なんか赤くなっちゃって可愛いんですけど~」
「うるさい。からかいに来ただけなら帰ってくれる?」

 そう言って愛奈美さんが花の世話に戻ろうとすると――
 日野が愛奈美さんの手首をつかんだ。

「……ちょっと、離して」

 愛奈美さんは日野の手を振り払う。

「いいじゃん別に。ハカセのことは好きでも何でもないんだろ~?」

 日野はしつこく愛奈美さんに詰め寄った。

「だから、なんで博士くんのこと聞いてくんの? あんたたちには関係ないでしょ!」
「おまえさ、俺の女になれよー。あんな陰キャとつるんでると、せっかくの美人が台無しだぜ~?」

 そう言って日野は愛奈美さんの肩をつかんだ。

「ちょっと……いい加減にしてっ!!」
「ッ……」

 愛奈美さんは日野を突き飛ばし、鋭い目つきでにらみつけた。

「博士くんは好きなことに一生懸命な素敵な人よ。それをいつもいつも見下して馬鹿にして……そんなやつになんて、触られたくない。彼女になるだなんて、死んでもお断りよ!」

「調子に乗りやがって……!」

 日野は起き上がると、愛奈美さんを野蛮な目で見た。

「おい、お前ら。こいつ抑えとけ」
「きゃっ、何するわけ!?」
「へへ。何かって? 言っただろ、花の世話だよ」

 そう言って日野は腕をまくる。

「まあ、ちょ~っと手元がくるって、花が折れちゃったりするかもしれないけどなぁ?」
「いや……放して! やめて!!」
「アッハッハッハ!! お前はそこでおとなしく、大切な花壇が踏み荒らされるのを見とくんだなあ!!」
「やめろよ」
「あん?」

 気づけば、僕は奴らの前に跳び出していた。

「博士くん!?」
「お前ら……愛奈美さんにひどいことしやがって……!」
「はは~ん? 大切な女の子のピンチにヒーロー気取りで登場ってか? ひゅー、かっこいい」

 日野と取り巻きたちは、げらげらと笑った。

「愛奈美さんが大切にしている花壇を荒らそうとしたよな?」
「それがどうかしたのか? たかが花だろ」

 日野の発言を受け、僕の中で何かが切れた。

「どれだけ愛奈美さんがこの花たちの世話をしているか知ってるか?」
「ああん? 知るか、んなもん」
「雨の日も風の日も、花の状態から土の具合まで、毎日毎日……大切に世話していることくらい、このキレイな花壇を見ればわかるだろ!」

 僕は我を忘れて、日野に向かって叫んだ。

「けっ、花を折るくらいで大げさな。お前らの青春ごっこ、見てて気持ち悪りいんだよ! おいお前ら、あの陰キャにお灸を据えてやれ!」

 日野はそう言うと、取り巻きたちに目くばせした。
 しかし彼らに動きはない。

「おい、どうした? 早くしろ!」
「ひ、日野さん……」

 取り巻きのひとりが僕の方を指さし、がたがたと震え出した。

「ん? ……げっ!?」

 日野も僕を見て、目を見開く。
 やつらの目に映ったのは――

「スズメバチの巣!?」
「ご名答。まだ寝てるけど、そろそろ起きると思う」

 僕は手に持ったそれを見せつけながらニタアと笑い、できるだけ不気味に見えるように装った。

「お前らが悪いんだぞ。お前らが、愛奈美さんの笑顔を奪おうとしたから……!!」
「ひぃ……! や、やめろ……!!」
「お前らなんか……ハチの巣にしてやる!!」

 僕は思いっきりスズメバチの巣を投げつけようと、振りかぶる。
 すると、ハチたちがどこからともなく現れ、やつらに襲い掛かった。

「ハ、ハチの大群……!? お前ら、撤退、撤退だ!!」
「ひいいいいいい!!」

 日野と取り巻きたちは愛奈美さんを置いて全速力で逃げ去った。
 やつらの背中を無数のハチたちが追いかけていった。

「愛奈美さん、大丈夫!?」
「博士くんっ! 私は平気。けど、それは?」

 愛奈美さんはスズメバチの巣を見て言った。
 振りかぶっただけで、実際には僕の手元に残ったままの、それ。

「ああ。これ、実は空っぽなんだ」

 僕が巣を叩くと、空洞であることを示すように音が鳴る。

「護身用に補助カバンの中にいつも入れてるんだよ。これを見せれば、大概の相手は逃げ出すからね」
「護身用にスズメバチの巣を持ってる人、初めて見たわ……。でも、さっきのハチたちは?」
「あれはミツバチさ。いつも花壇を飛び交っている、あのミツバチ」

 それを日野たちは、僕の仕草も相まって凶暴なハチだと見誤っていたみたいだけれど。

「でも、なんで急に湧いて出たんだろう? 巣が襲われでもしない限り、ミツバチが人を襲うことはめったにないはずなのに」

 いつも花壇を世話してくれる愛奈美さんを守るために、ミツバチたちも協力してくれた……なんて、そんな都合の良いことは無いと思うけれど。

「ふふふ。びっくりしちゃった。博士くんが虫たちを操ったのかと思った」
「ははは……さすがにそんな力は僕には無いよ」

 僕と愛奈美さんの間に、さっきまでのことがウソみたいに、弛緩した空気が流れる。
 そしてしばらく沈黙した後、

「「あ、あの!」」

 口を開いたタイミングが重なって、微笑み合う。

「……愛奈美さん、良かったら一緒に帰らない?」
「……うんっ!」


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