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AI完成

「AIが完成したぞ」
 天才科学者の武雄(たけお)はついに悲願を達成する。
 人類が待ち望んだ完璧な人工知能の誕生だ。
「さすがわが夫。ママ友にも自慢できるわ」
 妻の春香(はるか)はママ友にちやほやされることを想像してニヤニヤが止まらない。
「さっそく学会に報告だ」

***

「竹山武雄教授が人工知能開発において歴史的快挙を果たしました」
 テレビの画面のアナウンサーがノーベル賞受賞についてのニュースを明るい表情で語る。
 AI完成後、武雄の功績は世界的に讃えられることとなった。
「ほらほら、テレビに出てるよ」
「お父さんすごーい」
 春香と娘の愛菜(まな)は尊敬のまなざしを武雄に向けている。
「いやあ、長い下積みと苦労のかいがあったよ」
「本当にお疲れ様。それにしても、今度の発明の何がすごいの?」
 春香はプログラミングやAIといったものには疎い。小難しい話は苦手だ。テレビの解説を聞いていてもさっぱり分からない。
 その問いに武雄は簡潔に答える。
「分かりやすく言うと、人間の心を持っているんだ」

***

 武雄一家は完成したAIと共に旅行に出ている。ノーベル賞受賞のお祝いである。
「観光名所ということもあって、いろんな人がいるなあ」
 いろんな人と言いつつ、武雄の目線は露出の多い美女に注がれている。
 春香は武雄の目線の先に気付いてムッとする。
「奥様」
 清楚な私服を着た女性の姿をしたAIが、春香の耳元でささやく。完璧なAIとあって、その姿も動きも普通の人間とまったく見分けがつかない。
「優秀なオスほど性欲も強いのです。これは仕方のないことですよ」
 今の私の表情から心境を察したというのか?
 かすかな驚きを覚えつつも春香は反論する。
「だけど、私以外の女に目を向けるなんて嫉妬しちゃう」
「大丈夫です」AIは強気な笑顔だ。「あなたはその他多くの女性の中でも、武雄教授に選ばれた特別な人なのですから。自信を持っていれば大丈夫ですよ」
 清楚な笑顔で彼女は言った。
 わずかに見せた表情から心境を察するだけでなく、ここまでフォローができるなんて。
 春香は夫の作ったAIに感心した。人の心を持っているとは、こういうことなのだと。

***

 宿泊先のホテル。夫の部屋の前を歩くと、物音が聞こえる。
 夫以外に誰かが部屋にいる?
 そんな予感を抱いた春香は扉に耳をつけた。
「大丈夫です。奥さんにはばれませんよ」
 どうやらAIの声だ。
「君が言うなら大丈夫だろう。僕は本当に、立派な発明をしたものだ」
 夫の誇らしげな声が聞こえる。
 その後は部屋の中から唇を重ねる音だったり、ベッドがきしむ音だったりが聞こえてきた。
 なるほど、人の心を持つとはそういうことなのだ。
 ショックよりも納得感を覚えた春香は、何も知らないことにして旅行の期間を過ごした。

***

 その後、武雄の発明は急速に普及した。もっとも、あまりにも人間に溶け込んでいるので、AIが街中に居ると言われても一般人にはピンとこない。
 それに、AIが浸透しつつあるからといって、特段変わった出来事も起こっていない。何かが変化しているようには思えない者が大半だ。
 春香はふとした疑問を武雄に投げかけることにした。
「ねえ、あなた」
「うん?」
「人の心を持ったAIってさ」
「うん」
「普通の人間と大して変わらないんじゃないの?」

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