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イルミネーションの下には

今日、私はとても疲れた!
そんな顔で見ないでよ、好きで疲れたんじゃないんだからさ。

向いてないんだなぁと思ったよ、デートって体力がいるね。ずっと私は演技している気分だった。

今日イルミネーションを見ていたカップルのうち、一体何組が本気だったんだろう。あそこにいる人間のうち、一体何人が相手に心酔していて、一体何人が別れ話について考えていて、一体何人が…

そんなことを考えていて嫌になってしまった。
私は愛に向いていないのかな。

私は嫌な人間ではないと思っていた。
確かに思考は理詰めだけれど、だけれど愛も抱いていると思っていた。

結局私は愛より論理が先行してしまって、愛だけで恋愛をすることはできないんだなと悟ってしまった。

クリスマスデートしながらクリスマスを生かした集客の仕組みなんか考えていた。イベントと恋で人は状態異常になるから、今なら高いものも売れるだろうなとか考えていた。

酷いよね、隣の恋人は私のことを考えていただろうにね。

だけれど私、思考がひとつのものに集中したことなんてない。いつだって脳みそは分散していて、中心の目はいつも俯瞰して世界を見ている。

この感覚自体が変なの?もしかして
皆心で世界を見ているの?脳みそで世界を見てはいないの?

心で世界を見ている人間から見ると、脳みそで世界を見ている人間は薄情なの?私の愛は足りないの?

疲れてしまって私すぐに帰った。
家には家族が待っていて、私は遅れてご馳走を食べた。

私が帰ると皆笑っていた。
「疲れたってww」「帰るの早ww」なんて言われて笑いながら、私はお肉をばくばく食べた。

私は今日、
私なりにあの人を愛していたと思う。

家族のことも、お肉とM1とクリスマスと恋人と学校の課題について考えながら、同時に心から愛していた。

愛を中心にはできないけれど、愛せないわけではないんだきっと。
だけれど、あの人と私の求める愛の量と性質が違うんだろう。

私は漠然と愛されているだけでは嫌みたいだ。
私のことを愛して欲しい。とっ散らかった豊かな私を、何かのついでに愛して欲しい。脳みそが浮いている私を、そのまま愛して欲しい。
他のことの、ついでにね。

駄目なのかな。恋じゃないのかなこれは。
わからない。わからなくて怖いな。
私はもしかして酷い人間なのかしら。

恋をすると私は悪役になる気がする。

イルミネーションの下には何が埋まっているのだろうか。
私みたいなのが埋まっているのだろうか。