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人間はバランス

自己肯定感についてちょっとの話。

たまにー自己肯定感が無茶苦茶低い人いませんか? 私は今はそうでもありませんが、昔は結構自己肯定感が低かったです。自己肯定感が低いと自分にとあることが起こりました。それは自己肯定感の上昇でした。

はい、意味わかんないですね。では、ここを深掘りしていきます。

自己肯定感が漠然と低い人は私はこの世にはいないと思っています。ちゃんと因数分解してみれば、容姿にコンプレックスがあるから自己肯定感が低い、コミュニケーション能力が低いから自己肯定感が低い、失敗経験が多いから自己肯定感が低い、などなどのちゃんとした理由があります。もちろん、複数の理由が重なる場合もあります。

ここで皆さんに投げかけたい質問なんですが、自己肯定感が低い人物や自己肯定感が低い自分って、すべての分野において自己肯定感が低いですか? もっと言えば、自己肯定感が高い分野ってありませんか?

例えば、「私は外見は下の下だし、どーぜコミュニケーション能力もないから」と言う人は自分の性格に関しては高い評価をしていたみたいな経験はないですか? 外見は悪いまたは外見には力を入れてないけど、性格は良い。また性格や外見は悪いけど、能力はある。と主張する人に出会ったことはないですか? 私は結構あります。

複数のコンプレックスを持っており、確かにそれのせいで自己肯定感が低いのだが、どっかの分野はとても優れていると思っているタイプの人で、その分野に突っ込むと、食い気味で反論してくるみたいな。

これはそういう人の人格をからかうわけではなく、人間ってそういうもんじゃないかな、っていう考えです。つまりは「人間が生きていく上にでは自己肯定感がある程度必要。他の分野で下がった自己肯定感がは他分野で取り戻す必要がある」のいう仮説です。

今回はある程度、具体化するために自己肯定感のジャンルを「外見」「性格」「能力」の3つだと仮定します。そして、下の図を見てください。

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これが私の仮説における自己肯定感の低い人々を模式的に表したものです。Aさんを普通の人(対象)として、Bさんが俗に言う自己肯定感の低い人、Cさんは一旦置いといて、Dさんが自己肯定感の高い人。

実際には全体の自己肯定感に寄与する個別の自己肯定感の種類があるんでしょうが、今回はこの図で見ていくと、Aさんはわかりやすくバランスがよく、赤線も超えている。対して、Bさんは辛うじて赤線を超えているが実態は能力への自己肯定感が異常に高い。Dさんは全体的に非常に高い自己肯定感を持っているが特に外見に対しての自己肯定感が高いと言えますね。

……赤線とCさんは一体なんなのでしょうか? ここがこの仮説のもう一つの肝です。

仮説に表題に戻ります、「人間が生きていく上にでは自己肯定感がある程度必要。他の分野で下がった自己肯定感がは他分野で取り戻す必要がある」、何故なのか?

これは私が思うに自己肯定感の総計が一定に達さない人々は精神活動が停止する。わかりやすく言えば、自身の存在を肯定できなくなる。もっと言えば、自ら死にます。

つまり、赤線とはその一定の総計を模式的に表したもので、Cさんは精神活動が停止した状態だと、この仮説の上では説明できます。つまり、Cさんは死んでいる……かもしれない。

あくまで希死念慮(自殺したいという気持ち)を図で模式的に表す上の話で実際の体感は異なるかもしれませんが、私のケースではこの考えが自身に一致していると思います。

全ての自己肯定感を足しても一定数に達さないと、自分を肯定できず、自殺を考えるようになる。その状態が人によって異なりますが、数日たつと実際に実行に移してしまう。その数日はおそらく自分を肯定できる要素を探す数日間だと私は考えています。その数日で自身に自己肯定感を一定数まであげる要素を見つける、または否定された自己肯定感を取り戻すなどをすれば生きながらえる。そうでなければ……。ということです。

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この図の興味深い所は他にもあります。例えば、Aさんが恋人にフラれて外見に対して自身がなくなったとします。それで今ある15が5になったとても、赤線を割っていないの自殺は考えません(勢いで想像することはあっても、実行方法までは考えない)。Dさんに至っては同様に外見に対しての自己肯定感を失ってもまだ大幅に赤線を超えているので自殺などは考えません。

今のことからわかることは1つに特化して自己肯定感を伸ばすことは危険であるということです。それがなんならかの形で否定されると厳しい。対して、複数のことに自己肯定感を持っていれば1つがダメージを追っても大きな問題にならない。

こうやって考えると、多趣味って良いことのようにも思えます。

今回は「自己肯定感と人間の生存」について仮説を考えてみました。皆さんはどうでしょうか?

はい、今日の希哲学者でした。また不定期になんか意味の分からんことを書きます。

写真:赤レンガ倉庫にまた行きたい今日この頃、みなとみらい

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