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連載・君をみつけるために 第十章:「あなたのそばに居たい」

過去投稿:2017/1/6

 「一緒にいるのが楽だから」って人を好きになるなんて、あってはならないと考えてた。でも、私はそれをきっかけに確かに人を好きになった。心を許せる人と進んだ関係になりたい。

 いつも彼を誘うときは特に何も思わないようにしてた。でも、最近は違う。彼のことが頭に残るようになってから、誘うたびに「嫌われないかな?」という気持ちがよぎる。

 男のくせに異常に思慮深くて、どこか不安定。でも、あんまり人を信頼しないところが自分によく似ているように思えた。空手部に入ってからは仕事をよくしてくれるし、相談にも面倒くさがることなく乗ってくれる良い人だった。きっと何を言っても彼は私を嫌わないって思ってたからだと思う。はじめはこんな印象だった。

 もうそういう風には思えない。彼との初めてのサシ呑み、その時に大きく変わった。お酒に酔っていたおかげで当たり前なことに気が付いたのだ。この人はなんで私の話をこんなに非生産的な愚痴を延々に聞いてくれるのはなぜ? そして、私はなんでこんなにも彼にすべてを話してしまうのか? 初めは彼が自分を好きだからなんていうすごい自信満々な解釈をしていたのは恥ずかしいけど認めよう。でも、気付けた結論は違う。

 彼が私に対して、少なからず好意はあるとは思うけど、彼の本質は違って、彼はただ純粋に強く「優しい」人物なんだってこと。そして、そんな彼を私は大いに信頼していて、彼が好きだってことに気付けて、それが結論だった。

 それからは楽しくも地獄ような日々だった。彼といる時間がいとおしくて楽しくて、でも彼は実は女の子にモテるから私を変にドキドキさせた。私も綾子みたいに彼と一緒に授業を受けて、一緒に時間を過ごしたい。

 ただ私は彼の親友でもあった。私達の関係はどちらかが好きと思えば変わってしまう関係。だからこそ辛かった。でも、親友だからこそできることもあった。私は「友達」だからということを理由に彼と一緒に帰って、彼を動物園に呼び出した。彼に好きだということを悟られないようにするために、あえて彼を雑に扱うことは「彼に嫌われないか」という不安を抱かせた。

 初めはそんな風に苦しくも楽しい日々が続けばいいと思っていた。でも、彼と動物園に行った際に彼と歩美の急接近を聞いた。その時に彼に恋人ができたらこの関係が終わることが見えた。彼でなければその歩美との夜の時もきっと何かが起こっていただろうし、だからこそ誰かのものになってしまった彼は誠実さを貫くために、私と過ごす時間を減らすだろう。溜まった思いが涙として流れ出した。でも、思いを伝えるほどの勇気は出なかった。

 だから、イルミネーションに観覧車というベストシチュエーションであんな中途半端な告白をしてしまったのだろう。でも今日は違った。彼に思いを告げるために空手の自主練の約束をした。そのあと、夕ご飯を食べることも。

 学校で合流するはずだったのに、私と彼は大学の最寄り駅で会ってしまった。

「よっす、おはよー」

「……おっ、おはよう」

 変に意識してしまったせいで、言葉が出ないしやっと出た言葉はどもってしまった。

「どした?」

「なんでもない」

 また親友の顔を出して、彼との距離を詰める。大学までは他愛もない話をした。二年生の授業への期待と不安、この学年のクラスがどんな雰囲気になるか、同級生で留年生となった人が誰かの噂とか、そんな話。大学に着いても、別段話は変わらないし、二人でただ練習するだけだった。

 意味がない、意味がないからこそ意味のある幸せの時間。それが私にとって最も幸せな時間だ。でも、この時間を感じられるのも「わずか」または「とても長い間」……。二つに一つしかない、そんな二元論的な考えは嫌いだ。でも、決断をするのが遅かった自分への報いなのはなんとなくわかっていた。

「ハァハァ……じゃあ、これで練習終わりにしよ」

「そうだね」

 ぶっちゃけって、空手では男子と女子とでは多くの試合は運動の質が違う私は思う。女子は精密さがかなり重要で、蹴りや突きを思いっきり当てる選手は少ない。対して、男子は蹴りや突きをしっかりと入れて、強引な打ち方でも得点できることもあるのだ。だから、私の練習に付き合ってくれた彼はあんまり疲れていない様子だった。

 私は女子更衣室に向かった。彼はサンドバックを蹴っていた。練習したりないと思ったのかもしれない。少しするとサンドバックを蹴る音は消えた。どうしたのだろうと思ったら、彼も着替えていた。一か月前の練習ぶりにみた彼の体だったが、前よりも筋肉がついていてより練習したんだろうとしたことが見えた。あんなにカッコいい体つきをしているのに、自慢せずそれを武器として使わない彼の良さでもあるけど。

 私は道着を脱いだ後、着替えに迷っていた。勿論、可愛い服は用意した。私のお気に入りのブランドのワンピース。それが私の持つ最高の服だった。でも、学校でそういうのを着るキャラじゃなかったから、着ていなかった。ギャップ萌えみたいなものを感じてくれるかな。でも、悩んでいたのは下着だった。高校時代の地味な友達同士で、悪ふざけで送り合ったとってもかわいい下着、いわゆる勝負下着である。これを着るか否か。このまま、そういった行為をする気はない。でも、もしかしたらと思って。そんなことを悩んでいると、彼は着替えを済ませたようだった。なので、急いで勝負下着のほうを着てその上に服を着て出た。

「おっ! 終わっ……何、その恰好?」

「えっ……いや、部活後だし動きやすくない服でもいいかなって。可愛い服を久しぶりに着てみた……やっぱり変?」

 着慣れない下着がスース―する。きっと彼の前でこんな可愛らしい格好をするのが恥ずかしいからだと思う。

「いや、可愛くてとても似合ってるよ。正直、驚いたそういうのも着るんだね」

「うん!」

 お世辞かもしれない「可愛くてとても似合ってるよ」という言葉に異常に心が躍った。そのあと、私は髪だけしっかり梳かして、二人で池袋のご飯屋に向かった。私が予約した美味しくて安いご飯の食べられるところだ。彼に気に入ってほしくて、時間を尽くして探したお店である。

「ここだよー!」

「おっ、こんなところにあるのか? いわゆる隠れ家的レストランってやつかな?」

「そうだね! さっ入ろう、入ろう!」

 少し汚い入口とは裏腹に中はムーディーな感じで、少し暗めの店内に四人席が4つ、二人席が1つあった。しかし、予約をしていたのに空きはないように見えた。

「いらっしゃいませ」

「あの、予約の仲なんですが……席は……?」

「ああ、仲様ですね。こちらへどうぞ」

 私たちはレジの裏に隠れた最も雰囲気がある二人席に案内された。私はすっごくついてると思う。どちらにせよ、大事な日になる今日にこんないい席を案内されるなんて。彼は席につくなり小声で言った。

「すっごく雰囲気に満ちたお店だね」

「そうだね。この雰囲気もいいんだけど、とっても美味しいんだよ、それに安いし!」

 この前に来たときは池袋に下宿する女友達と下見に来た時だった。その時よりもやっぱり楽しくて、やっぱり私は単純だし女友達を大事にできないタイプかも、とさえも思った。でも、楽しい時間が過ぎ去ってしまうのは早いとは言ったもので、ご飯が進み気付けばこの雰囲気で告白するタイミングを失って、一緒に帰ることになってしまった。無情に過ぎていく時間と勇気のでない自分に、少し悲しみを感じた。あなたはいつまでなら待ってくれるのかな? それとももう誰かの大事な人なの? 思いは胸に募るばかりで、喉からは出てはいかない。

「じゃあ!」

 彼は私が明大前の駅のホームに降りた時にそう言った。私は返事も言えなかった。一人で思い上がって可愛い服を身につけたり勝負下着まで着たりした自分への失望からか、うつむいて彼を避けるように階段を降りて行った。

 ああ、なんで私は……。

 ホームの方から電車の発射音がした。私はまたただ祈った。まだ時間がありますようにと。すると、突然、声がした。

「おーい」

「え?」

 私は恐る恐る振り返った。そこには彼がいた、確かにいたのだ。思わず私は自分の意気地なしな心に左右される余裕もなく、彼に抱きついた。

「おっ、どうしたんだよ?」

「うん、なんでもない、なんでもないけど嬉しくて」

「でも、よかった。笑ってくれて、なんか夕飯の途中から表情が薄くなったから心配だったんだ」

 彼の観察力とやさしさは本当に驚くべきものがあると思う。だから、こんなに雰囲気もくそもない状態だけど、でも今しかないと思えた。

「あのさ」

「うん?」

「私の理想の彼氏って、一緒にいて楽な人、一緒にいて楽しい人。そこにはね、ときめきもドキドキもいらないって思うの」

「安定した恋愛だね。きっとそういう恋愛も僕はいいと思う」

「だから……」

 ついに言うときが来た。なんて言えばいいの? ぐるぐる回ることばの中で私が選んだのは率直な気持ちをそのまま言葉にしたものだった。

「あなたのそばに居させてほしいです……」

 ついに言ってしまった。本当に雰囲気もくそもない。あらかじめ考えていた、満面の笑みで言うつもりだった、そんな洒落た愛の言葉も、何の意味もなくなった。でも、そこに私らしさを感じた。彼はその私の言葉を嚙みしめた。そして、彼は言った。

「僕は……」

写真:シロイルカのアクアリングって一度でいいから見てみたい

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