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連続短編:何気ない毎日に、好奇心を

私は自分でも言うのも恥ずかしいが私は凄くうまくやってると思う。外見は顔にしてもスタイルにしても髪形にしても、気を使ってそして実際にいい線はいっていると思っている。実際に渋谷や新宿を歩けばスカウトに声をかけられるし、学校で面識ある程度の人も鼻の下を伸ばしながらノートを貸してくれる。彼氏だって切らしたことない。
私のモットーは「最小限の努力で最大限の選択肢を」だ。外見を保つのはそれなりに大変だが、自分磨きは楽しいしお釣りも沢山入ってくる。具体的には男選びだったり、進級を楽にする環境だったり、それらによる優越感だったりで、すごく楽だ。外見よく産んでくれた親と神には感謝ばかりだ。
外見を整えるっていう小さな努力で、沢山のいい環境を作り、選択肢を増やす。これが最も楽に人生を謳歌する方法だと思う。ただちょっとの努力を知るだけで爆発的に選択肢が増えることもあるけど。

毎週火曜日、午前9時55分、いつも見慣れた顔を見て私の1週間は始まる。
私はいつも同じ路線の同じ時間に出発する電車に乗る。そして、新丸子駅にとまると彼は乗ってくる。
2つ先の扉に乗ってくる彼はお世辞にもイケメンと言えず、レベルで言えば中の中くらいだ。服装は清潔感はある感じで、いつも同じような恰好で黒のチノパンに白いワイシャツ、黒い斜め掛けカバン。上着は気温によって異なる感じだ。たまーに、眼鏡をかけて乗ってくる感じから、おそらく普段はコンタクトを使っているのだろうか。どう甘く評価してもイケてはいない。
車内に入ると、入ってすぐの扉の横の手すりに寄りかかり、手に持っていた本を開いて読んでいる。本は書店で無料でつけてもらえる紙のブックカバーをつけていてどんな本を読んでいるかはわからない。ただ読み進める速度的には漫画などではなく、小説なのだと思う。
日吉駅につくと彼は本をたたみ、カバンにしまうとスタスタと歩いて行ってしまう。私はいつも座る座席から立ち上がり、なんとなく彼を目で追うがいつもエスカレータで下っていく背中姿を見て、そのまま見失う。私は、近くのエスカレータで地上階に出て、横断歩道を渡り大学に向かう。
10時20分頃に講義室につくと、3つ前くらいの違う列の席に彼がいつも座る席に彼は座っている。そして、朝読んでいた本をまた読んでいる。このときには眼鏡をかけていた日でもコンタクトに変わっているようだ。
授業が終われば、また彼はスタスタと歩き講義室を出ていってしまう。ただこれで彼を見失うわけではない。
毎週木曜日3限・金曜日2限も同じ授業を受けているため、彼に再会する。なんとなく授業が被っている人が彼である。ただいつなんときもほぼ同じ姿で同じ行為をしている。開始時間の少し前から講義室の定位置の席に座って本を読んでいる。授業は真面目に受けて、終わればスタスタと講義室を出ていく。
私はそんな彼を気になり始めていた。いや、気になってはいないのだが、気になっているというか、ラブではないがインタレスティングって感じだ。
そんな1週間をいつも通りに過ごし続けていると、転機は突然やってくる。
金曜日2限が終わり、いつもなら私は大学に入ってすぐにできたサークルの先輩の彼氏と一緒にご飯を食べる日だったが、彼氏に急用が入ったようで、一緒にご飯を食べれなくなった。こういうことは別にないわけではないが、その日に限って他に一緒に食べに行く友人も捕まらなかった。どうしようかなと思いながら授業は終わってしまった。彼はいつも通りスタスタと講義室を出ていく。
なんとなく帰りたくなかった私は久しぶりにいつもとは違う学食に行くことにした。1人で学食なんて入学したころくらいぶりだったので、何か冒険心のようなものがあった。
学食の前に行くと見慣れた人が見慣れないことをしている姿が見に映った。彼が学食のご飯のディスプレイの前で熱心にご飯を見ている。その横顔は機械的ないつも彼とは異なり、苦悶に満ちたと言ってもいいほどの困り顔で、世紀の決断をするかのようにメニューを吟味している。
私が横に来ると、「あ、すいません」といい、一歩横にずれた。その後、何かを思いついたかのような顔をすると、食券を購入して定食のとこに並んだ。私は横目でその様子を見終えると、対してお腹が空いてもいなかったので、食券の温たぬきうどんを選んで麺類の列に並んだ。
トレーに乗ったうどんを受け取り、学食を見渡すと基本的には団体客ばかりだったが、端の方のカウンター席は一人の客も多いようだったので、そこの席に座ることにした。椅子に座って箸をとり忘れてたことに気が付き、箸をとりに料理の受け取り口の近くまで行って戻ってくると、3つ隣の席に彼が座ろうとしていた。こちらには気付いている様子はなかった。
私はまたしても横目で彼を見ながら、うどんを啜った。彼は丁寧に手を合わせて「いただきます」と小さく言うと、それはそれはおいしそうにご飯を食べていた。定食の焼き鮭を食べてもニコニコになり、肉じゃがを食べてもニコニコになり、お味噌汁でさえもニコニコしがら飲んでいた。ただ肉じゃがに入っているいんげんは苦手なのか、口に入れてまさに苦そうな顔をした後に、お味噌汁で流し込んでしまった。
私はさっさとうどんを食べて「人と話しながら食べないと、こんなに早くご飯って食べ終わるのか」と感心しながら、スマートフォンを弄っていた。横目で見る彼はそろそろ食事が終わるころだった。お茶碗に残る小さな米粒を、味噌汁につけることで湿らせた箸で1粒も残すことなく、こそぎ取って食べていく。
そして、食事を済ませた彼は手を合わせて「いただきました」と小さく言って、トレーを返却口に返しに行った。私もスマホをしまい、一呼吸をおいてトレーを返しに行った。彼は返却口に食器類を返すと、厨房に向かって「ごちそうさまでした」と言った。そして食堂をまたスタスタと出ていってしまった。
暇すぎる現状にどうしようかと思っていた私は何を思ったのか、彼について行ってみることにした。
彼はスタスタと歩いて、大学生協に向かって行った。そして生協の2階にある本屋に入っていった。私は後をつけて奥の本棚でテキトーな本を手に取り、様子を伺っていた。彼は軽く本屋を一周すると、レジの店員さんに予約表のようなものを渡して本を購入していた。女性店員さんとは顔見知りのようで、なんやら前に購入した小説についての話をしているようだった。聞こえてきた話によれば、彼が前に購入した本は店員さんのオススメで購入したようだった。彼はその感想を話し、店員さんもいつか彼が勧めたであろう本の感想を話していた。随分と親し気なようで、楽しそうである。
10分くらい立ち話をしたであろうか、すると他のお客さんがやってきて、参考書を買おうとしていた。それに気が付いた彼と店員さんはなんやらスマホを取り出して何かをした後に、手を挙げて別れの挨拶をしていた。そして彼は本屋を後にした。私も急いで手に取っていたよくわからない参考書を本棚に戻して彼を追った。
その後の彼は図書館に向かっていた。図書館に入ると、手慣れたように学生証を取り出し、入り口のゲートにかざして中に入って行った。私も中に入ろうと思って、学生証を取り出そうとしたが、電車の定期ケースをかざしてしまった。学生証を財布に入れていたことを思い出して、財布から学生証を取り出してから、かざして図書館に入った。図書館なんて入学したばっかりのときは使ったけど、随分と久しぶりだった。
彼を見失ったんため、図書館内をフラフラと歩きながら彼を探してみることにした。彼はなんやらよくわからない本棚の前に立っていた。私はそこから離れた本棚で彼の様子と伺うことにした。彼はいくつかの本を手に取り、ぱらぱらと見ては戻してを繰り返していた。
本棚の前で私もなにもしていないのも変かなと思い、目の前の本棚に目を向けた。そこはなんやら画集のコーナーだった。ふと思い立って、一心不乱に本棚全体を見てみる。さすがに「下重ななみ」の画集なんてないか、と思った時に最上位の段にその名前が背表紙にかかれた本を見つけた。なんとか手を伸ばそうとも手が届かなそうだった。うーんと悩んでいると「とりましょうか?」と声がした。随分と身長の高い男の人で知らない顔だった。すごいイケメン風のファッションに自信満々な髪型でスタイルもそれなりにいいが、顔が40点くらいだ。
「あ、お願いします!」と私は答えた。その男の人は手を最上段にある本を指しながら、「この本ですか?」と私に尋ねてくる。私は適切な本を指示して、「下重ななみ」の作品集を手に入れた。こんなマニアックな本がなんであるんだろうか、と思っていた。すると、その男の人は「この方がお好きなんですか?」って聞いてきた。私の中のとあるセンサーが反応すると同時に、視界の隅で彼が本をとってどこかに行こうとしているのが見えたので、そうそうに切り上げることにした。
「ありがとうございました!」と言って、背をむけてみせた。私は彼がいたところに向かい、そこから彼の行った方向をみた。どうやら自習席のエリアに行ったようだった。
私は彼の見ていた本棚を見ることにした。ちなみに一連の行動をしている間にもさっきの男の人が後ろにいる。「あのさ、俺商学部3年のムラタスグルっていうんだけどさ」、私のセンサーは正しかったようだ。まったく図書館でナンパってどういう了見なのだろうか、まあ人をつけて図書館に来ている私も私だけど。
「あ、そうなんですねー。私は経済学部1年の四月一日(ワタヌキ)って言います」とテキトーに返しながら、彼の見ていた本棚を確認する。どうやら、この棚は火曜日の授業で課された課題の参考になりそうな本ばかりのようだ。私はテキトーに一冊手に取ることにした。
「へぇー、1年生なんだ~、サークルは何に入ってるのー?」と、まだまだ続けるようだこの男の人……私はテキトーに答え続けながら、課題に役に立ちそうな本を吟味していた。課題を先輩資料やインターネットを使わずに、参考図書をこうやって図書館で探すのはなんか新鮮だなと思った。
とてもどうでもいい身の上話がまだ聞こえてくるので、ここらへんでもう一度切り上げることにした。必殺技を使って。
「あ、先輩、私、今日はお勉強の予定があるので失礼しますねー」といい、全力の笑顔をかます。そして、あとづさりながら可愛く手を振る。相手は口角が緩んだ状態になって、心ここにあらずのように手を振る。私の必勝ナンパ逃げパターンだ。私は腑抜けになった男をそこに置き、自習席エリアに入った。彼が奥の方に座っているのが見えたから、彼が退席するのを気付けるような席、彼が視界の端に映るような席に座った。私は授業の参考図書になりうる本をざっと読みながら、これがあればいいレポートをほとんど時間をかけずに書けると気付いた。インターネットで答えを探し続けることや先輩の資料の該当箇所を探すのって面倒なときもあるから意外と本を探すのも悪くないかもと思っていた。
「下重ななみ」の作品集もまさかあるとは……といった感じだった。高校時代は美術部の時間のときにひたすら模写してた。こんなに美しい美人画があるのかって驚いたなぁ。実際、大学は美術に関係ない学科に入ったし、サークルくらいは美術系に入ればよかったかなって過去を思い出しながらそんな選択もあったかもって思ってみたりしていた。

30分くらいすると、彼が退出する準備をしていたので私も本を手に持ち、彼が自習エリアを出ていったのを見送ってから少したってからついていく。彼が本の貸出の作業をしているを様子を見て、そうやってやるだったなと思い出す。自分自身もこの本2冊を借りた。カバンは重くなっちゃったけど、なんか幸せな気分だった。
幸せな気分で、スタスタと歩く彼についていく。
図書館を出て、次はサークル棟に入っていた。彼はどこかの部屋に入って行ってしまった。外からではどこのサークル室に入ったのかはわからず、サークル棟の中に入ってまで彼を探すか、外で待つかを悩んでいると彼が部室から出てくるのがサークル棟の入り口から見えた。私は部室棟の陰にとっさに隠れた。彼はギターバック、の割はすこし大きい楽器ケースを背負って、手にはアタッシュケースみたいなものを持って出てきた。楽器ケースやアタッシュケースにはよくわからないシールが大量にはってあって、なんかバンドマンって感じがすごくした。
そのまま、彼は駅までの道をスタスタと歩いて行く。そしたら、駅の方からやってきた誰かが、彼に手を振りながら駆け寄っている。その時に名前が聞こえた。
「ハヤト~!」
彼はその誰かと少し会話をすると、「またあとで」っていう感じで駅の方へ向かって行った。
結局、彼は駅の向こう側にスタスタと消えていってしまった。たった一日尾行してみただけだけど、随分と自分が持っていた印象が違ったと思った。また3つの授業が偶然一緒っていう人に何かしらのイメージを持っている自分に驚いた。

「彼の名前はハヤトって言うのか……」

写真:ジタバタしながら泳いでたウミガメの赤ちゃん

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