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連続短編:何気ない毎日に、下心を

ゲームや漫画の中の男主人公は男の幻想を体現している存在だと思う。無口なキャラクターはお節介な女性登場人物に囲まれて、たまに口にする優しい言葉やその行動を異常なまでに評価してもらえる。逆にアクティブな主人公に限って、恋愛に鈍感でやることなすことが女性とうまくいくための伏線になっていく。それは創作物の中の世界だ。現実はどうなのか?
よっぽどのイケメンの皆さん以外の一般男性は無口であると、話しかけられることもなく、おしゃべりでアクティブであると確かに女性とは絡みを持つことが出来るが、友達認定されるか・失礼なこと一回で関係が断ち切れる。そんなもんである。
中学時代からモテたかった俺は創作物の中の無口キャラもアクティブキャラもやってみたが、すべて空振り。結局、大学に入るまで何もなかった。そして、現実の男性を研究し、俺は大学デビューをしてみたのだ。
俺たち、普通の男はイケメンにはなれないが、イケメン風になれる。毎日髭を剃り、コンディショナーを髪につけ、風呂上がりに化粧水と乳液を塗る。格好は清潔感に重きを置いて、髪も服装も冒険し過ぎたイケメンファッションではなく、少しカッコイイくらいを目指す。あとは体系をデブ過ぎずガリ過ぎず、筋トレで適度な筋肉をつける。これで一般男性はイケメン風男子になれる。自分から話しかけることは重要だが、基本的には聞き手に回る。自分のことはできるだけ自慢しないようにして、あざとくないようにちょこちょこ自分の話もする。
そんな徹底が形になったのか、大学デビューは成功。入学して3か月で初めて彼女もでき、入学卒業半年で童貞の人生に終止符を打った。
繰り返すかつての自身が描いた楽しい日々、ただ何かが違う。そんなことを思うのは、俗に言うブールバードシンドロームっていう奴なのだろうか?

久しぶりに日吉キャンパスを訪れた。ゼミで必要となる資料がこっちの図書館にしかなく、教授に借りに行けとまで言われたので仕方なくやってきた。
今はちょうど彼女もいなく、1,2年生で可愛い子がいれば声をかけようかな、という魂胆もあった。この世は同じ大学だろうが、高確率で一期一会だ。良いと思ったものは絶対に逃してはならない。だからこそ、俺はいつも自分の外見を高めに保っている。そんな不純な動機を混ぜてやってきたキャンパスだが、早速見つけることに成功した。
ハーフアップの茶髪で、膨張色の白いワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織っている。明らかに自分が可愛いと意識しているファッションで、実際にかなり可愛い。こういう子は高確率で彼氏がいるが、彼氏がいないことがありえないタイプであると同時に、彼氏の入れ替わりもそれなりに早いはずだから、連絡先を交換しておくだけでも損はない。
善は急げと声をかけに行く。と思いきや、彼女は図書館に吸い込まれていった。自分も用のある場所に入っていくとは、運命じみたものを感じた。
図書館に入ると、彼女はちょっとあわあわしながらトートバックを探っている。どうやら、入館に必要な学生証が見つからないようだ。外見はキッチリとした女子大生なのに意外と抜けているようだ、好感が持てる。ここは先輩らしく助けてやろうとした。と思ったら、自分も学生証がどこなのかわからないことに気が付いた。やっと見つけたと思ったら、彼女は入館していた。仕方がないので、見つけた学生証で俺も入館して彼女を探すことにした。
少し歩き回ると、彼女を発見することに成功した。なんやら、よくわからない美術本の棚にいる。何かに熱中している時に話しかけるのは悪印象を与える。ここはチャンスを待とう。

案外、そのチャンスはすぐに回ってきた。どうやらほしかった本は棚の上段の方にあったようだ。懸命に背伸びをしているがギリギリ届かないようだ。俺は彼女に近づいた。
「とりましょうか?」
そういうと、彼女はこちらを向いた。これまでは距離的にはっきりを顔は見えていなかったが、やっぱり髪形や服装が推定した通りかなりの美人だった。彼女も彼女で俺の顔をマジマジとみている。これはもしかしたら彼氏もいないパターンかもしれないと思っていると、彼女は「お願いします!」と言ってきたの、棚に手を伸ばした。あえて、違うだろうなって本に手を伸ばし、「この本ですか?」って聞いてみる。ナンパにおいては少しでもコミュニケーションをすることは重要だ。
「その本の5つくらい、隣にある I'm still blooming.っていう画集です!」
「ああ、この『しもじょうななみ』っていうやつかな?」
「あ、それです~」
本を取り出すと、彼女は嬉しそうにうけとった。どうやら、発言の雰囲気的にはおっとりはしているがハキハキしている元気系って感じだろうか。こういうタイプは見た目通り押しに弱いタイプも居れば、打算的で相手に価値があると思えば交流を持つしたたかなタイプもいる。自分の価値を示しながら押せ押せだな。
「あのさ!」
「あっ」
彼女は何かに気付いたかのように、違う本棚へ駆けていく。その後、その本棚から顔だけを出して、向こう側を覗いている。その後、一息ついたのちに、移動した本棚をマジマジと見始めた。俺は彼女の横について行った。ここまで、とっかりがないが、強引に声をかけ続ける。
「あのさ、俺商学部3年の村田傑っていうんだけどさ」
彼女は一度こちらを見ると、一息ついてから「あ、そうなんですねー。私は経済学部1年のワタヌキって言います」と言った。そしてすぐに本棚に目を戻す。よくよく考えれば、これまで自分が声をかけた女の子は自身に興味がありそうだった人やそもそも恋愛したそうな人だかりだった。この雲をつかむような感覚は久しぶりだった。
「へぇー、1年生なんだ~、サークルは何に入ってるのー?」
ダメ元で質問をしてみる。
「水泳部でマネしてますよ」
「へーそうなんだ、いいねーマネージャーとか。ただマネージャーって大変じゃない?」
「私以外にも沢山マネがいるんで大丈夫です」
「あ、そうなのか……、俺は広告研究会っていうサークルに入ってるんだー」
「そうなんですねー」
「ミスターミスコンとかやってるサークルなんだけど、文化祭が近づくと毎年候補者の選定が大変なんだよねー」
「先輩も大変なんですねー」
「そうなんだよー、ねぇねぇ君も可愛いし、ミスコンとか興味ないの?」
「ないですねー」
あー、もう全然だめだ。すべてが肩透かしを食らっている。自分はある程度経験を積んだと思っていたが、どうやら相手はさらに上手のようだ。話し手に回るも失敗、話をするために焦って繰り出した禁じ手、自分の話ももちろん失敗、サークルの知名度を使ったのも失敗。この連続した失敗はこれまでの自分の成功に自信を持てなくなるような感覚だ。
いや、このままでは引き下がれないだろう。連絡先だけでも聞けばワンチャンは消えない。よしと思い、彼女にまた声をかけようとする。
彼女はその本棚からも一冊取り出すと、どこかへ行こうとした。
「あ、ちょっと待って」
と言うとしたときに彼女は、こっちを見て全力の笑顔を向けた。手を小さく振りながら言う。
「あ、先輩、私、今日はお勉強の予定があるので失礼しますねー」
そして、去って行った。すべてを透かされ、あげく最後は高校時代にスクールカースト上位女子に声をかけられた時のようになってしまった。

人間の本質は変わらない。俺はまだモテてないあの頃もままだったと、彼女に気付かされたようだ。「はぁ」と思わずため息が出た。まあ今日は予定の資料を借りて帰ることにしよう。

「ワタヌキさんか……覚えておこ」

写真:山梨のどこかの滝 場所は書かないけどめっちゃいいとこ

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