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連続短編:何気ない毎日に、継続を

人は後悔をする。一度だけじゃない何度も数えきれないほどに、僕だってその例外じゃない。「もっと勉強すればなぁ」「もっと練習すればなぁ」そんな後悔を短い人生で何度もする。だから、後悔しないような計画を立てて、ただ純粋にそれをちゃんと過ごしていく。あまり良くない結果が起きても、あの計画じゃ修正しようがないってちゃんと思えるように、後悔しないように。
こんなことが実行できるようになったのは、一浪してその浪人中で本当に最近やっとできるようになった。おかげで第一志望の大学に入れたけど、この生活を1年近く続けてわかってきたことがある。ちゃんとした日々って意外と窮屈だ。でも、そのせいかちょっとしたことにちゃんと喜べる。

僕の毎日は朝8時に始まる。寝ぼけ眼で起きる朝は基本的に二度寝したくなる。だから、8時に時計をとめた後にもう一度寝て8時10分のアラームで起きる。起きたら「2度寝したんだから」と自分に言い聞かせて起きる。昨日の夜、アラーム設定しておいた炊き立ての白ご飯と電子ケトルで沸かしたお湯で入れたレトルトの味噌汁、納豆とお新香、これが毎日の朝ご飯。たまにお腹が空いて仕方がないと思ったときはパウチしてある焼き鮭を食べる。
朝ごはんが終わったら、歯磨きをして30分だけランニングとウォーキングの間みたいなことをする。朝の運動はいい、身体のスイッチが入って朝ごはんが代謝されていく感覚がする。ランニングが終わったら、ニュースを見る。浪人生活中は曜日の間隔がすぐなくなるから、ニュースはとてもいい。ニュース番組は信用できない情報もあるけど、世間ではこういうことがあるんだってことがわかるだけ意味がある。
ニュース見ながらコンタクトを入れたり着替えたりして9時40分に家を出る。新丸子の駅でちょっと待ってる時間で、小説をカバンから取り出す。電車の待ち時間・電車から大学の最寄り駅の時間を小説を読んで過ごす。電車内で立つとこも決まっている。入ってすぐの手すり。正直、人の邪魔になっているかもしれないが、たった3駅だし時間帯的にも電車の号車的にも人の出入りは少ない。
特に火曜日と金曜日は好きだ。理由は彼女が居るから。授業が同じでも名前を知らない彼女は、いつも同じ席に座っている。自分の時間を決めててちゃんとしている人は僕がちゃんとしていることの指標になる。彼女の姿を見ると、今日も自分はちゃんと時間通りに動けている気がして嬉しくなる。
最寄り駅に着く前に小説をカバンにしまってから電車を降りる。すぐに下りのエスカレータに向かって歩いて、くだって改札を通る。下ったかと思えばまた長いエスカレータに乗って地上階に。プールの建物と運動場の横を通って大学の建物に向かう。講義室には授業の20分くらい前につく。
ついたらトイレに向かうが、この際に朝バタバタしてメガネの時はコンタクトに変える。僕のまだちゃんとしていないとこで、ついついテレビに集中したり眠気でぼんやりしてたりするときはこういうミスをする。朝に弱いからこそ、こういうミスがあるからこそ1限授業は取ってない。無理せず出来るだけちゃんとすることが大事だと思う。
トイレから戻ったら、授業開始まで小説を読んで、授業が始まれば受ける。その繰り返し。
それで今日は金曜日だから、いつも通り食堂に行って昼飯を食う。その後に、生協上の本屋に本を買いによって、次に図書館で今週中に課された課題用の参考図書を見つける。ここでなにもなけば家に帰るが、サークルのバンド練習が入ってるので今日は自習スペースで課題でもやって時間を潰して、練習に行く感じ。これが僕が立てたちゃんとした予定だ。
さて、授業が終わったので少し急ぎ足で食堂に向かう。食堂はある程度混みあうが、1人では簡単に席を見つけることが出来る。それなのに急ぐのは、メニューを決めるのに時間がかかるからだ。
食堂の入り口で今日のAランチ・Bランチ・日替わり定食のメニューを見て、ショーケースも見る。このご飯を選ぶ瞬間はとても高揚する。ただここで今日はイレギュラーなことが起こった。
例の名前も知らない彼女がやってきたのだ。彼女もショーケースを見だしたので、僕は「すいません」といい一歩横にずれる。彼女はパッと決めたようですぐに食券を買いに行ってしまった。僕も悩んだ末に日替わり定食にすることにして、食券を買いならんだ。
トレイにのった日替わり定食を手に持って、いつもの席に向かう。すると、いつもの机に温たぬきうどんの乗ったトレイ、いつもの椅子にはカバンが置いてあった。まあこういうことはよくあるので、同じカウンターの3つくらい隣の席に座った。カバンをカウンターの下に置き、座ろうとするといつも席に人が戻ってきた。それは例の彼女だった。「えっ、1人なのか」と驚いた。彼女は教室でも人と話しているし、昔男性の人と親し気にキャンパスを歩いている姿も見た。彼女はそういう人(1人行動好き)とかじゃないのに、何故かたった一度そういう瞬間を見ただけでなんか親近感がわいてくるのは何故だろうか。
まあ彼女はさておき、今日の昼飯の時間だ。一人暮らしの僕にとっては日常の3食の中で唯一の人に作ってもらうご飯だ。自分で作る料理もうまいが、やっぱり作ってもらう良さは実家を思い出して嬉しい。今日も感謝を込めていただこう。
「いただきます」
今日のランチは焼き鮭と肉じゃが、冷奴にご飯とお味噌汁。僕の部屋にはいつもパウチされた焼き鮭が常備されているししょっちゅう食べるのに、それでも焼き鮭に飽きないのは何故だろうか? これが日本人の性って奴なのかと思う。肉じゃがも美味しい。肉じゃがは家庭によって味や具が違うのにどれも美味しい。ちょっと変かもしれないが、僕は人の家のご飯が好きだ。ご飯にその家庭の様子が如実に表れてる感じがするから。
今日も一粒のご飯も残すことなく全部食べた。みみっちいと言われることもあるが、私はお米には神様がいるかどうかわかんないが、1粒1粒レベルで農家さんの苦労が詰まってると思う派なので食べる。それでも、肉じゃがのいんげんは苦手だけど……。

食べ終わったら、ちゃんとお礼を言う。大事なのはお礼を二度言うこと。「いただきました」と「ごちそうさまでした」の2つ。「ごちそうさまでした」はご飯を作ってくれた人にいうこと、「いただきました」は食べた食物への命を頂いたお礼だ。これは小学校の時の先生が言ってたことを慣例的に続けているだけだが、良いことだと思う。
2つのお礼を済ませて、出ていった僕は予定通りに生協の上の本屋さんに向かう。ここの本屋さんにもちょっとした嬉しさがある。階段を上り、その声がする。「いらっしゃいませー!」その声の持ち主は、店員の水島さんだ。いつも通り、本の売れ行きをちょっこと見た後に、水島さんに声をかける。水島さんはサークルと講義以外で唯一話す人で、勝手に友人だと思っているが、とても性格がいい人だ、と思う。
今日も今日とて、予約した本の受け取りをする。いつも金曜日に予約して、2週間後の金曜日に受け取る循環なので、先週予約した本は来週くる感じで、今日受け取る本は先々週に予約した本である。
たかが、客なのに水島さんはたくさんの話をしてくれる。流石は本屋でアルバイトしているだけあって、読書の話で盛り上がれる(?)唯一大学の知り合いだ。とはいっても、水島さんは同い年でどうやら1つ上の学年のようだが。今日は森見登美彦先生の話を少しだけしたら、他のお客さんが来てしまった。仕方がなく話を切り上げると、すごくうれしいことがあった。
なんと連絡先を聞かれたのだ! 人生においてこんなイベントはなかっただけに嬉しいが、それが同じ趣味の人だとは。もしかしたら水島さんも僕との会話を楽しいと思っていたのかもしれない。
その後はちょっと記憶がなく、気付いたら図書館に向かっていた。浮足が経ったせいだろう。いつもならする次に欲しい本の取り寄せをするのにそれを忘れてしまった。うーむと思いながら、たまにはいいかとそのまま図書館に入った。
さて、今週の課題が出ている授業は火曜日の授業だけなので、火曜日の授業で課題が課された時によく使っている本棚にとりあえず向かってみる。でも、だいたい借りる本は3パターンくらいしかない。まあ授業って連続している訳だから当たり前だけど。たまーに思うけど、いっぺんに課題のタイトルだけでも教えて欲しいと思う、そしたら何度も借りる必要がないかもって。でもいっぺんに出されたらそれはそれでやる気なくなるかな?
同じ本を借りるのもなんか悔しいので、今日も手に取ったことのない本も見てみる。が、結局慣れ親しんだ本を選んでしまう。なんか自己矛盾だ。視界の隅で男女がイチャイチャしているのが見える。あれはなんか漫画とかである上にある本とってあげましょうか現象だ。ちょっと羨ましいなと思いつつ、おいとまして自習スペースに向かう。
自習スペースに入って、時間を見てみるとあと30分くらいは時間を潰さないといけないようだった。コンセントに充電器をつなぎ、スマホを充電しようと思っていたら、水島沙也加さん、本屋の店員さんから連絡が来ていた。挨拶とともに「あの、今日は本の予約とか大丈夫ですか? 話しちゃったせいで聞くの忘れてました。今日の17時までなら本屋にいるので予約受け付けますよー」とメッセージが流石、水島さんだ。ここはありがたく甘えさせてもらう。せっかくだし彼女のオススメ作家さんの森見登美彦さんの「宵山万華鏡」をお願いした。ああ、楽しみだなぁ、とうかうかしてたら、課題が進まない。せめて、課題の該当箇所は課題をやる前に目を通しておこうと思い読み始めた。

気付くと大分時間が差し迫っていたので、最初からあきらめていたが「今日は本を持ちかえって宿題だな」と思い、ささっと貸し出し手続きをして、サークル棟に向かう。
サークル棟の部室からベースとエフェクターボードを持ち出す。最近はライブが近いから練習も多く、いちいち家にベースを持ち帰るのも面倒くさいので、ときどき楽器を部室に置いている。まだ時間はあるが、早めに着いておきたいので、急ぎめで身支度をすませて、サークル棟を出て駅の向こう側にあるスタジオに向かって歩き出した。
すると、向こうから手を振りながらこちらへ来る人が見える。
「隼人~!」
向こうからやってきたのは、同じバンドメンバーの良太だった。
「お、良太! これから部室?」
「そうそう! あ、ごめん、俺、雑用あるからちょい遅れるかも」
良太は結構な遅刻魔だが、僕からしたら怒りにくいちょい遅れをするタイプだ。だらしがないけど、憎めない奴だ。
「またかよ、僕は新しいエフェクターちょっと試したいからいいけど、またバンドメンバーグループで送っとかないと直哉に怒られるぞ」
「それなー。言ってくれてありがと! この前、怒られてラーメン奢ったわ」
「あ、おい、マジ? 僕は奢られてないんだけど」
「あ……」
「良太、これは墓穴掘ったな。ラーメンありがとうございますー」
「あー」
まあこういうとこが良太の憎めないとこだな。
「まあラーメンはまた今度にして、早く来いよー」
「うー、まあしゃーないか……、なーなー隼人、それよりさー。後ろにいる女の子は知り合い、めっちゃこっち見てるけど?」
「え?」
ちょっと振り向いてみる。視界の隅に、名前の知らない電車と授業が同じ彼女がいる。
「うーん、知り合いじゃないけど、知ってるよ。授業が同じだから、で、誰?」
「え、隼人知らないの!? ワタヌキイロハだよ! めっちゃ変な名前でめっちゃ可愛いから有名だよ」
「はー、可愛いとは思うけど、噂になるレベルか、そういうのわかんねぇ。てか、そんなに珍しい名前か?」
「下の名前は普通に色彩の「彩」に葉っぱの「葉」でイロハなんだけど、上の名前が四月一日(シガツツイタチ)って書いてワタヌキなんだってさ、すごくね」
「すごいな、その苗字」
「だろだろ……って、無駄話してる場合じゃなかった。直哉に怒られる! じゃあ、行くわ!」
というと、良太はまた駆け出して行った。走っていく良太に「またあとで、ラーメン楽しみにしてるー」といい、また駅に向かって歩いて行く。
日常をちゃんと過ごしていると、こういうイレギュラーたちがあったりする。そのイレギュラーは自分の日常の流れを崩すものほどじゃなくても、あるだけで新鮮で面白い。これだから、毎日をちゃんと過ごすのは良い。

「にしても、四月一日(ワタヌキ)ってすっごい名前だな」

写真:おとぎ話のようなイルミネーション

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