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連載・君をみつけるために 第九章:君の身体

過去投稿:2017/1/6 ちょっとR-18

「ラスト!」

 先輩が今年度から始めた特殊な空手の移動は筋肉への負担が凄かった。

 今年度の全日程が終わり、春休みとなった。二月の上旬から二か月弱の長期休暇が待っている。基本、学年ごとに短くなっていく長期休暇で、課題がないと考えれば、一番遊べるこの一年生の春休みに僕は毎日空手場に通っていた。やっぱり、空手をしている時間が最も心が落ち着く。武道とはすばらしい。

 今日は先輩が来ていて、六時半頃まで一緒にやっていて、その後夕飯に行く予定だったが、先輩に来た通話によって状況は変わった。道着を脱ぎながら先輩と話していた。

「この春休みはどう過ごしているんだ?」

「いやーやることなくて毎日、空手ですよー」

「お前はバカか? 一年の春休みなんて一番遊べるんだぞ? 好きな女の子でも誘ってデートでもして、有意義に過ごせよ!」

「空手だって、有意義じゃないですかー」

 二人でそんな話をしていると、先輩がスマートフォンを取り出して、確認しだした。すると、上半身だけ着替えた状態で道場を出て行った。何をしているのだろうと思って、道場のドアから除くと電話をしていた。随分と惚気た様子で、すぐに彼女との電話だと気が付いた。とりあえず、着替え終えて先輩を待っていると、戻ってくるなり予想通りの結果になった。

「わりぃ……呼ばれたから行ってくる。飯はまた今度でいいか?」

「いいっすよー」

「わりぃ」

 先輩は速攻で準備をすると、楽しそうに出て行った。羨ましい限りだと思いながらも今の自分の思いがどこにあるのか、行方不明の自分としては、一人に思いを注ぐ先輩の姿は少し心に刺さった。なんか帰る気がなくなった僕はまた道着に着替えて、空手の練習を続けた。

 8時頃になり、さすがにお腹がペコペコになってきたので、シャワーを浴びて学校を出ることにした。結局、八時半を過ぎてしまって、ご飯屋さんを求めて、最寄り駅の近くにある商店街に向かった。

 お腹が空きすぎて、何を食べたいのか、それがわからず音楽を聴いてフラフラ歩いていると……

 ドンッ。

 目の前から人がぶつかってきた。同時にぶつかった部位である肩が冷たくなった。ぶつかってきた人はそこに転んだ。

「大丈夫ですか?」

 手を差し伸べると、その人は顔をもたげた。その顔はよく見た顔だった。

「遠藤さん! どうしたの?」

 遠藤さんは綺麗に整った顔を涙でくしゃくしゃにして、こっちを見ていた。遠藤さんは何も言わずこっちを見ていた。また冷たく感じたのは彼女の涙で肩が濡れたからだとこのときに分かった。

「ごめん、どこか打った? 痛いからだよね。どこ?」

 彼女は何を言っても泣いていた。そして、ようやく気が付いた。彼女が泣いてるのは自分のせいじゃないということに。転んだ状態の彼女の腕をつかみ立たせた。

「ここじゃ、迷惑だから移動しよう。ね?」

 立たせると、彼女は僕の腕を強く握った。何かショックなことがあったのは予想がついたが、その力や動きからも随分とひどいことに遭遇したことは予想がついた。

「どうしようか? 僕、お腹が空いてるから飯屋に入りたいんだけど、酒でも飲む?」

 彼女は小さくうなずいた。彼女の涙で袖濡れて、随分と冷たかった。とりあえず、彼女を連れて「焼き鳥天国」という飲み屋に入った。

 彼女は飲み屋の席に座って、ビールをジョッキで注文すると、やっと口を開いてくれた。今日あったこと・今日思ったことについて。

「今日ね、本当は家族で長野に行く予定だったの」

「そうだったんだ」

「でも、お父さんの患者さんの体調が急変して、行けなくなっちゃった。それで私はせっかくだから、欠席と言っていた部活に行くことにしたんだ」

「あれ、遠藤さんって部活やってたんだっけ?」

 彼女は恥ずかしそうに頭を搔くと言った。

「東洋医学研究会に地味に所属してるの。でも、今年度初参加だったんだ。でも、先輩方は優しくて、早目の夕飯だったんだけどMRの人がおいしいお弁当用意してくれて、とっても有意義な漢方の勉強会だったんだ!」

「へぇー、なんか楽しそう」

「で、あんまりにも美味しかったから、お弁当を1つ余計に貰って……彼にあげようと思ったの。前、楠本君に話した時は仲があんまりよくなかってけど、最近は仲がよかったから」

「……それで?」

 彼女は一息つくと、ビールを一度口に運んだ。その時、ジョッキを持つ右手の指の皮が擦れて傷ついているのが見えた。そしてまた話し出した。

「驚かせようと思って、合鍵でドアを開けたの! そしてたら、ドアロックがかかっていたの。それで……」

 彼女がドアロックのせいで入れず、その小さく開いたドアの隙間から彼を呼んだらしい。呼ぶとすぐに「あっ、ちょっと待って」という声が返ってきた。彼女はドアを小さくあけながら部屋をのぞいていると、足元に観たことないヒールがあったらしい。こんな靴を彼の家に置いていったか不思議に思った。すると、廊下をTシャツを着ながら歩いてくる彼が見えた。彼女はドアを閉めて、ドアロックをとれるようにした。ガチャという音で、ドアロックは外されて、彼女は彼の家の玄関に入ったらしい。すると、この短時間にさっきあったはずのさっきのヒールの靴がなかった。

「どうしたの、突然?」

「いや、部活でおいしいお弁当貰ったからおすそ分けに来たんだけど……」

「あれ、今日長野じゃないの?」

「なんかお父さんの仕事で行けなくなっちゃって」

「あ、そうなんだ。あ、お弁当ありがとう」

 彼女は彼にお弁当を渡したが気が気じゃなかった。奥に誰かがいて、そしてその人を彼は隠したいってわかっていたからだ。

「あのさ、実は忘れ物しちゃって取りたいんだけど、いい?」

「いいけど……俺が取ってくるよ。どこに忘れたの?」

「いや、自分で探すから大丈夫」

「いや、いいって大丈夫」

 彼は玄関から奥に入ろうとする彼女の肩を抑えたが、彼女はそれを振り払った。イライラしてたせいか、その力は異常に出てしまって、彼がそんな力で振り払われると思ってなかったのもあって、彼は結構強く床に倒れて、足を打っていた。そんな彼を心配して声をかけるほど、彼女には余裕はなかった。そのまま前に進み彼の寝室に入るとそこには絶望があった。

「キャー」

 裸に毛布をかぶった見知らぬ女は叫んだ。彼女は自分の予測が確信に変わったショックで腰が砕けて跪いた。

 そうすると、足を打った彼が入ってきたらしい。

「ねぇ、この人だれ? どういうこと……?」

 すると、その裸の女は彼女のその発言を遮るように言った。

「ちょっと、彼女が絶対来ないときに私を呼ぶようにするって言ってたじゃない!? どういうことよ!」

「そんなに怒らないで、冬香。これは事故なんだ」

 自分は跪いて絶望しているというのに、彼はそれを無視して裸の女をなだめている。そして、ついに彼女の中で結論が出たらしい。彼女は立ち上がり、彼を殴った。殴りなれてない彼女の拳にはそのせいで擦り傷ができた。

「あなたは最低です。さようなら、荷物はまた取りに来ます」

 彼女はそのまま彼に背を向けて帰って行った。気丈にふるまったつもりだが、彼の集合住宅を出ても追ってこない彼に色んな感情が湧いてきて、涙が止まらなくなったらしい。でも、ずっとのその場にいるわけにもないし歩いていたら僕にぶつかったらしい。

 彼女は今日の出来事について十分に文句を言うと、これまでの怪しい行為まで全部話し出した。相当、不満がたまっていて彼女がどれだけ我慢をしていたのかがわかった。彼女はお酒でベロベロになりながら、ずっと言った愚痴の最後にこんなことを言った。

「今話した愚痴のように、全部気付いていたのに、わかっていたのに、彼がいない生活が予測できなくて惰性で付き合ってた私は最低だね。私って本当に意気地なしのクズ」

 何も言いたくなかった。きっと何を言っても彼女を励ませないとわかっていたからだと思う。だけど、何かの発言を待っている彼女に僕は声を掛けずにはいられなかった。

「そうかもね……でもさ、本当の惰性ってこれさえも見逃すってことじゃない? ここでキチンと別れれば、もう終わりじゃないか!」

 我ながらとってつけたような言葉だと思った。やっぱり、いいことは言えなかった。

「でも……」

「それに彼が最後の恋愛じゃないじゃん! 彼と結婚する気はなかっただろうし、えっと夏前からだからもう9か月は付き合ってたのかな? 確かに9か月は長いけど、君はまだ大学一年生だし、二十歳でこれからじゃん! 好きになれる人ってこの世にそんなに多くないのは事実だけど、でもこれから好きになれる人の方が多いって、ね!?」

「……」

 彼女は黙ってしまった。と思ったら彼女は言葉を口にした。

「本当にあなたは優しいね……」

 僕と彼女はゆっくりお酒を飲んだ。ここからは僕も飲みすぎていて、あんまり記憶に残っていない。で、それから一緒に帰った。だけど、夜遅くまで飲み屋にいたせいで、池袋までしか帰れなかった。そして、この前と同じ状況になった。僕はまた漫画喫茶に行こうと、千鳥足になった彼女の肩をもって進んでいた。だけど……

「ねぇ、どこに行くの?」

「この前の漫喫」

「……」

「うん、いやだった?」

「行こうよ」

「え、ああうん。行くよ」

「違う……漫喫じゃなくて……」

 彼女は千鳥足ながらも僕を引っ張りだした。そのすると、池袋のホテル街に行きつき、彼女は何度かためらったものの僕を連れて入った。僕も酔っていて気が大きくなっていたせいか、やっぱり僕もただの雄なのか、酔って普通の判断ができていない彼女の誘いを断れなかった。手元しか見えない受付で手続きを済ませカギを受け取り、二人でエレベータに乗った。その間、手はつないでいたが会話は相変わらずなかった。二人で部屋に入って彼女は言った。

「先にシャワー浴びてくれない? 私、しなきゃいけないことがあるから」

「わかった」

 この辺までが記憶が薄いが、ここからの記憶は鮮明だ。シャワーの冷水を誤って浴びたタイミングで酔いが醒めたからだ。とりあえず、裸になった体を洗い流した。そしたら、彼女の声がドア越しに聞こえた。

「タオルを洗面台の横に置いておくね」

「あっえっと、うん。ありがとう」

「あと、あのさ……」

「うん?」

「一緒に入ってもいい?」

「えっ……」

 顔がすりガラス越しなので見えたわけじゃないが、彼女の顔が酒も相まってより赤くなっているのが見えたような気がした。

「ごめん、冗談。初めてのする相手にそんなことを言われてもね。向こうで待ってるね」

「あっうん」

 彼女はバスルームを出て行った。行為をすること自体は初めてではない。でも、彼女が正常な状態じゃないのにしてしまうのどうなのだろうか。でも、正直好きな人とするということはどういうことなのか、そんな気持ちもあった。葛藤をしながら、風呂を出た。彼女はベッドに座っていた。彼女は無言で俺の横を過ぎて行って、バスルームに入った。やることがなく、ただベッドに座った。時間が随分とゆっくり進んだ気がする。誰かが止めてくれることを臨んでる感覚、自分はいけないことをしようとしている。でも、それを止められない。彼女の思いはどうなる? 彼女を傷付けてしまうのでは? 思いはあるのに時間は進むし、彼女としてみたいという気持ちは変わらない。罪悪感と欲望が強く衝突する中で、彼女は出てきてしまった。

 彼女はバスタオルを腰に巻いて座る僕の横に座った。彼女もバスタオルを胸のところで巻いていた。ちょっと沈黙があった。彼女は僕の肩を掴み、そっと唇を寄せて僕の唇に当てた。一瞬のキスだった。でも、その時になってやっと罪悪感が勝ってくれた。僕も彼女の肩をもって言った。

「本当にいいのかい?」

「えっ?」

「君はきっと今寂しいから僕としようとしてるんじゃないの? 自分を安売りしたらダメだよ。君が後悔することになる」

 言ってしまった自分に後悔しながらも、勇気を出せた自分は誇らしかった。彼女は考えた様子だった。でも、彼女はもう一度キスをしてきた。

「どうして?」

「あのね……私はそんな気遣ってもらえるに値するようないい女の子じゃない」

「だからって、自暴自棄にならなくても」

「そういうことじゃないの」

 彼女は恥ずかしそうに目線を下げた。

「どういうこと?」

「私は二人の人を同時に好きになってしまったの。でも、一方を嫌いになったの。だから、その嫌いな人を忘れるために、もう一人の好きな人であるあなたとしたいの……」

「え……」

「好きだよ、楠本君。あなたが純粋に」

 彼女の言葉に動揺して緩んだ僕の彼女を止める腕を払い、もう一度僕と彼女はキスをした。彼女の小さな手が胸をさすった。彼女の手は冷たかった。

「楠本君って、こんなに筋肉があるんだね」

 彼女は耳元で囁いた。気付けば彼女のバスタオルははだけていた。彼女の胸に手を当てた。彼女の控えめだけども柔らかな胸からは彼女の鼓動を感じた。

「あっ」

 彼女は一瞬気の抜けた声を出した。僕はその鼓動を感じるのが嬉しくて、彼女の胸を触り続けた。

「ドキドキしてるね」

「あなたもだよ」

 自分の鼓動が何もしていないのに伝わってくる。まるで手から感じる彼女の鼓動と自分の体の鼓動が演奏している感じだった。二つの鼓動は初めは全然噛み合っていなかったのに、キスをするたびに、彼女に触れる度に、シンクロしていった。

「ねぇ、触ってもいい?」

「ええ。私もいい?」

 僕も彼女も手を下腹部に伸ばした。彼女のはジットリと濡れていた。彼女もまた僕のを触った。彼女の手が触れた瞬間に、思わず声が出てしまった。

「あっ」

「情けない声、もしかして慣れてない?」

 彼女は今日初めてやっと笑ってくれた。嬉しかったけど、悔しかったから僕もさすった。

「うるさいな。ちょっと久しぶりなだけだっつーの」

「あっ、ちょっと」

 それからはまた記憶が薄くなっていく。酒のせいではなく、ドーパミン中毒になったかのように気持ちが高ぶり続けて、意識がいい感じでなくなっていく感じ。ある意味、酒に似た感覚で、でも全く違うその感覚に酔いしれていた。彼女の中に自分を感じるとき、それはとても大きな幸せだった。でも、どこかに引っかかるこの思いは何なのだろうか? 僕も普通の男だったら「好きな女とヤれた! 幸せだ」で終了なはずだ。でも、思いはどこか曇っていて、もしかしたら自分はセックスに対して大きな感情を抱かない、もっと違うところに感情を持つ人間なのかもしれないとも思った。それとも、心にまだ……。

 気付けば、空は明るくなっていた。彼女は僕の右腕に頭をうずめていた。彼女の頭を静かに持ち上げて、シャワーを浴びに行った。右腕は彼女の枕になっていたせいか少し痛い。幸せな痛みだった。シャワーを浴びて出ていくと彼女は起きていた。彼女は静かに言った。

「おはよ」

「おはよう」

 すると、彼女は突然、ほくそ笑んた。そして、涙を流し始めた。

「どうしたの? やっぱり後悔した?」

「違うの! 昨日のことちゃんと覚えてる。でも、全然後悔してない。むしろ、思い出すと笑みがこぼれてくる。こんな幸せなのは久しぶりで嬉しくて……」

「びっくりした。泣かせたのかと思って。あのさ、今後の僕たちのことだけど……」

「あっ、待って! そういうのは手順をちゃんと踏もう。昨日の勢いで付き合うのは嫌だ。それに私はあなたより経験があるから分かったの」

「何を……?」

「あなたは私のことを見てくれているし、私に好意を寄せてくれてるのもわかる。でも、どこかに違う方向にも好意を寄せてる気がするって」

「……わかるの?」

「うん、でも私が選ばれるかもしれないってことも分かってる。だから、祈るの。あなたの思いが誰に収束するか。別に好きな人が数人いるのはダメなことじゃないと私は思うの。大事なのは私みたいに選べないってことにならないようにすることだと思う」

「そうかもね……こんなのが初めてで、正直最近戸惑ってる」

「だから祈るね。出来れば早めがいいな。そして、私だといいけど」

 彼女は最後にまた小さく笑った。彼女はそのままシャワーを浴びに行った。僕はその間に着ていた服に着替えた。大事なのは「選ぶ」ことか……。やっと心に浮かんだいた悩みの全貌が見えた気がした。

写真:穴に入っていないプレーリードックってドック感ありますね

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