見出し画像

連載・君をみつけるために エピローグ:君という他人更生型人間

過去投稿:2017/1/6

 大学に入れば、なにかが変わると思っていた。そして、その通りで変わった。大学に入ってから一年と数か月、そこにあったものである、目に見えるお世辞・人目を盗んだ陰口・上辺だけの仲良しこよし、それらは確かに変わっていった。高校時代や浪人時代のように、皆とはいかなくても心からの会話ができる存在がいる。心を込めて相手を誉めて、その人にプラスになるように悪いところを指摘し、まるで十年来の親友のようにとはいかなくても心をむき出しにできる毎日を過ごす。

 ずっと冷めていた僕はそれを静観から一転、みんなと話していた。大学で「君がいる」というのはくだらないきっかけかもしれない。でも彼ら(大学のみな)には特別な感情を持てるようになったのは、君のおかげだ。何かをしてもらったら、何か恩を返す気はあるのは変わらない、でも能動的に人を助けるようになった。だって、見返りなんて貰えなくても、君がしてくれたように施すことに意味があるのだから。毎日は充実して有意義に過ぎていく。その有意義な毎日をもたらせてくれたのは、君(彼女)という存在! ……と授業でされる医学の勉強と空手の自主練だ。

 バン、バシッ、ドン。

 授業がない時間、道場には自分がサンドバックを殴ったり蹴ったりする音が独りでに響く。どこか籠った音は寂しくもあった。今は思う、人間が信じれなくなったあの日に、寂しさとか好意は一緒に消えなくてよかったって。一人でいることは楽だ、だけど二人はその何倍も楽しい。サンドバックや巻き藁を攻撃している間だけは、メンホーをつけて戦っている間だけは、1人でも楽しい。だから、彼女と居れないときは空手をやっている。腕や足に溜まる疲労は君がそばに居るだけで治ってしまう、だから練習中は無茶ができるんだ

 ブーブーブー。

 スマートフォンが振動している。手から拳サポを外して、汗をぬぐうと電話に出た。電話は君からだった。

『今どこー?』

「道場だよー」

『あれ、今日って練習ないでしょ?』

「君の用事が終わるまで待ってたついでに、自主練してただけだよー」

『そっか、澪らしいね。じゃあ、これから向かうね』

「わかった。じゃあ、もう切り上げてシャワー浴びてくるねー」

『了解だよー』

「もしも道場に俺がいないタイミングで来ても大丈夫なように、道場の鍵を開けとくね」

『うん、じゃあその時は道場で待ってるねー!』

「はーい」

 いつも話しているからなのか、君から色んなものを感じる。君の言葉の雰囲気や調子から君の様子を感じる。君のそばに居なくてもいるような気がする。それを思うのは僕の方だけなのかもだけど。

 自分に深い関係は生まれないと思ってた、そうとも悟っていた。でも、君がそれを消してくれた。こうやって、自分が台無しにした過去を『更生』してくれた君という存在を振り返ると、正直空手じゃ得られられないほどの幸せな気分になる。僕は着替えて、道場の鍵を開けたままにして、シャワー室に向かった。もう天井の黒い点を見つめることなんてしない。

 あの日、君はそう言って僕に告白してくれた。だから、僕も答えた。

「僕は……君が好きです。だから、僕と付き合ってください」

 君の言葉に押されるのはちょっと恥ずかしかった。だからせめてものの抵抗みたいな気持ちで、自分からも「付き合ってください」と言ってみた。多少、会話に違和感があるが、それも僕らしさなのかもなって今は思える。そして、一つ言えることがある。これまでの恋愛とは違って、僕は君を「選んで」、君を「見ている」、もう同じ過ちはしない。

 僕は君を必ず、幸せにします。それをここに誓わせてください。恥ずかしくて口には出せなくて、心の中でだから君には届かないけどね。月並みだけど、君のことを愛しています、誰よりも。

≪fin≫

写真:「君は誰?」と水槽に移る自分に問う子亀に見える写真

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?