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連載・君をみつけるために 第二章:僕の肩書が好きで僕のことは好きではない人

過去投稿:2017/1/6

「ねぇ、ねぇ」

 肩を揺らされて、人の声がする。

「うーん……」

「ねぇ、澪君!」

「はいはい」

 僕の朝はこんな風に始まる。実家暮らしの僕は朝早くに学校に来る。授業が始まる45分前に着いて、ここで机にもたれかかって30分の仮眠をとる。正しくは30分経った当たりで、この声に起こされるのだけど。全くもって腹立たしい。生徒の遅刻が多いことから学校は朝に出席をとる先生の授業を設置するようになって、朝がずいぶん早くなってしまった。それに通勤ラッシュから逃げるとなるとこんなに早くついてしまう。そんなことを不満に思っている時にも、横にいる彼女は話しかけてくる。

「澪君、おはよ」

「おはよう、近衛さん」

「だから、綾子でお願いって言ってるじゃん」

「まだそんなに知らない人で年上の人にため口は聞けないし、下の名前で呼ぶなんてできないですよ」

「もー、同じ学年なんだからそんな細かいことなんていいのに」

 ここまでの会話は毎朝話す内容だ。ちなみに俺は女性の名前をすぐに下の名前で呼ぶ男が苦手だ。あくまで心が十分に許してくれた女性以外は苗字プラス「さん」で呼ぶべきだと思っている。彼女は僕に心を許してくれているようだが、ちょっと彼女のそういうところが苦手だからあんまり呼びたくない。

「ねぇねぇ、これ、可愛くない?」

 彼女は自分のダッフルコートを見せた。彼女はお金持ちのようで、よく新しい服を見せてくる。僕みたいなファッションに頓着がない人間からすれば、正直感想はほとんどない。

「可愛いね!」

「でしょでしょ! 今度、どこかに連れてってよ。これを着てくからさ!」

「おーう」

 こんな感じでさりげなくデート(?)に誘ってくる。彼女は近衛綾子さん。彼女は二浪で予備校も実は一緒だった。でも僕のことは入学時は知らなかったみたいだった。予備校でも大学でも人気者で、なぜこんな陰キャラで授業をまともに受けていない僕の隣に座っているのか、は彼女のみぞ知っている。学校でも人気がある彼女の横に座っている僕は羨まれてクラス大半に嫌われている。

 ずっと一緒に授業を受けてはいるが彼女じゃない、別にイチャコラしたいわけでもない。だって、どうせ深い関係なんてものを僕と持てる人間はいないのだから。きっと彼女は僕の肩書が好きなんだろう。小中高と某有名私立のおぼっちゃま。外見が悪くない。テストはギリギリだけど必ず通過する。確かにそれを並べれば、いい肩書だ。でも、本当は違う。親は共働きだから、その私立に通えたし、外見は両親の外見が悪くなかったのと医学部という空間が相対的によくしてるだけで外に出れば普通の外見、勉強もみんな最終的には再試などはあれでも通過するし、むしろその小中高と通った学校から指定校推薦で医学部に行けなかったのだから馬鹿だ。

 そういえば、彼女が隣に座りだしたのは後期が始まってからであった。理由は明確で、仲さんづたいに、仲良くなってからだ。仲さんと近衛さんはなぜだか交流があって、夏休みの終わりに再試の勉強をしているところに僕も呼ばれた。仲さんは再試が1つで、彼女は3つくらい。その被っている1つについて教わるために僕は呼ばれたらしい。その時、以来再試が0の俺を頭が良いと思い始めたのか、後期からは隣に座りだしたのだ。

 よくも知らない、それも異性に対してこんなに積極的になるのだから、この近衛綾子さんというか、女性というものが正直わからない。かくいう、あの仲さんでさえも休み時間は気になる例の太田よく話しているし、女性と男性でここまで性差があるのかと驚きが隠せない。

 この後期が始めってから2か月だったが、彼女は突然、僕の核心を彼女は突いた。

「澪君って、人を全然見てる割には見てないよね」

 高校の後半あたりからずれがあったことはわかっていた。でも、それがどんなズレなのか、はわからなかった、僕は人と見ているつもりだった。でも、皆口を合わせて言う、

『あなたは私を見ていない』

 人に貶められることを恐れて、人を観察してきた自分が人を見ていないはずがない。だって、この前だって仲さんにはよく見ているって言われたし、間違いないはずなのに。きっと、起こされていることのストレスが溜まっていたからだと思う、それを怒りや鬱積に任せて言ってしまった。

「近衛さんに何がわかるの?」

「え?」

「みんな口をそろえて言うんだ。なんでみんな俺は人を見ていないって言われるんだ」

 そこに彼女への思いやりはなかった。勢いだけで彼女に言ってしまったことを、すぐに後悔した。でもこれできっと、彼女は僕に失望するだろう。

「どうしたの?」

「ごめん。でも、僕は近衛さんの思うような人じゃないんだ」

 ただの後悔しかなかった。彼女は困った様子だった。何を言えばいいのか悩んでいた。よくよく考えたら、何も言えないようなこと言ってしまった。きっと「ごめん」と言ってどこかに離席するんだろうと思った。でも、彼女が言ったのは意外な言葉だった。

「そうかもね、私の思うような人じゃないかも。でも、謝らなくていいよ、むしろ嬉しいんだ。だって、あなたは今、初めて私を見てくれたから」

「え?」

 驚きは隠せなかった。これまでこんなことを人に話したことなかった。きっとみんな僕を侮蔑して去ってしまうと思っていたから。でも、彼女は違った。

「いつも思ってた、あなたはよく人を見てる。でもそれって現象として見てるんじゃない? そこにある『心』とか『感情』って見えてる?」

「……正直わからない。その人の思いも感情も、でもそれはみんなが建前で生きてるから見えないだけで……」

 言う気がなかった言葉がぽろぽろと出てくる。まるで、これまで友達に言いたかったけど言えなかったこと、自分がこれまで一人で悩んでいたこと、これが『正直に話す』っていうことなんだと思う。

「そこなんじゃないかな? 前少し話していたけど、きっとあなたは見ることを諦めてるんだよ。だから、自分の本性をあんまり話さないし、相手の本性を見ようとしない。だから、みんな言うんじゃない? あなたが人を見てない、って」

 話したらちゃんと受け答えてもらえたら、随分と自分に背負っていたナニカが取れた気がした。みんなに言われてきた言葉、それは相手の勝手な言い訳だと思ってた。でも、そこには大きな意味があったんだってことに。受け売りな言葉で言えば僕は『観ていたけど、見ていない』人だったんだ。

「ありがと、全部わかった気がした」

「なにかわからないけど、どういたしまして?」

「うん、ほんとありがと」

「そんなに感謝してるなら、お礼が欲しいかなー」

「え?」

「12月24日、予定空けといてね!」

「え? え?」

「ほら、授業始まるよ! 前向いて」

 放心したまま、授業に入った。彼女はいつもに増して嬉しそうに授業を受けるために前を向いていた。彼女の真意はなんなのか、そこになにがあるのか、俺は彼女を『観る』ことで……いや今度こそ『見る』ことで計るべきなんだろう。

写真:ブレブレな花火

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