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連続短編:何気ない毎日に、勇気を

毎日のように幸せについて考える。今、自分は幸せなのだろうかって? ご飯には困ってないし、沢山寝てるし、勉強もしていい大学にも入った。それを幸せと言うのだろうか? 私は外見は正直地味な眼鏡女だし、陰気な性格で、彼氏もいたことないのだけど、それを不幸せと言うのだろうか?
何をもって私は幸せなんだろうか? 何をもって私は不幸せなんだろうか? 私は読書が好きだけど、いろんな本で軽はずみに幸福が描かれている。描写してそれを幸福とするなら、至ってシンプルだ。でも現実は違う。ただ1つ思うことがある。自分が今幸せな人生を送っているかはわからないが、今のこの瞬間は幸せっていう瞬間は確かにある。私はそれを小さな幸せと呼んでる。

今の私の日常に潜む小さな幸せってなんだろうか。私に限らずそれは人によって違って、沢山寝ることだったり、美味しいご飯を食べたり、本当に様々だと思う。私は一週間に一度、このつまらないアルバイトの間に来るこのこの瞬間が確実にやってくる小さな幸せだ。
彼は正確な時計なように動いている。決まって12時50分にこの書店に顔を出す。生協の書店って言うのは学割が使えて、その生協の所属する大学の学生なら参考書はもちろん普通の本にも多少の値引きがされる。彼は週に一度予約した本を購入しにやってくる。
彼は少し変わった人で、こういうジャンルの本が好きという明確な基準はなく、文章を読むこと自体が好きな人で、彼が好きな本は自身に新たなナニカをもたらしてくれた作品らしい。それは新たな考え方や知識だったり、視点だったりで本当に様々だ、だそうだ。
こんなことを考えていると、彼がやってくる時間になった。書店は二階、階段を上る音がする。彼の階段の上り方が特殊なわけではないが、人特有のリズムがあるせいか、彼の音はすぐに気づく。私は全力の笑顔で声をかける。
「いらっしゃいませー!」
彼はこちらに少し微笑みながら会釈をする。私は心の中で思う、「今日の笑顔は100点だ!」って。そんな浮かれ調子もつかの間、また違う足音が聞こえる。私は心の中で舌打ちをする。それもそうだ、彼と話せるのは他のお客さんがいない時、他の客がレジ並んだ瞬間に会話してても終わってしまう。
よりよって登ってきたは派手なイケイケ系な女の子で、こんな書店に縁なんてなさそうな人でなおのこと腹が立つ。
はー、と思いながらも彼を見る。彼はいつも通り、全体の棚に目を通している。週に一度も来るとラインナップは変わらないのに、何故こんなことをするのかは昔教えてくれて、なんでもどんな本が売れているか見たいらしい。売れてると補充するから無意味と言えば無意味なんだけど。さっきのイケイケ女子は奥の参考書コーナーに行ってあんまり動きがない。邪魔しないでね、と念じてみる。
「すいません」
「っはい!」
彼に声をかけられた。いつも通り、彼は本を見終わると、レジにいる私に声をかける。
「予約した本を購入しに来ました、えーっと、予約の紙は……」
彼はお財布を取り出して、紙を取り出そうとする。
「あ、皆川さん、大丈夫ですよ。流石に予約を受けたのも私ですし、今持ってきますね!」
「いつもすいません、その間に紙を出しときますね」
「はい!」
彼は同い年とは思えないくらいに本当に失礼がない人で、とても丁寧に対応してくれる。私の大学生活は結構セピア色で、授業が同じ人ともサークルの人とも仕事仲間みたいな関係にはなれるけど、どーも友達っぽい関係にはなれない。私は勝手に彼を友達だと思っているけど、彼にはどう見えているんだろうか。
レジの下の戸棚から予約された本を取り出す。
「こちらですね! 間違いないですか?」
「あ、ありがとうございます。おいくらでしたっけ?」
「えっと、こちら学生割引も含めて、870円です」
「じゃあ、千円とコレ、予約の紙見つけたので渡しときますね」
「ありがとうございます、じゃあ千円のお預かりなので、130円のお返しですね、ブックカバーはどうなさいますか?」
「いつも通り、お願いします」
私はお釣りを渡した。そして、本にブックカバーをかけながら、声をかけてみる。
「この間、おススメしてもらった本、読んでくれたりしましたか?」
「あ、読みましたよー。『きつねのはなし』ですよね! すっごく興味深い短編集でした!」
「そうですか。よかった、つまらなくなくて」
「いえいえ、すっごく面白かったですよ。あの世界観は森見登美彦先生にしか、作れない感じですよね!」
「そうなんですよ! もしかして、他にも森見登美彦を読んだことがあるんですか?」
「うーん、『夜は短し歩けよ乙女』は読みましたよ、あとはアニメの方で『四畳半神話大系』を見た感じですかね」
「そうなんですね! いやー、嬉しいな、自分がいいと思った本を良かったって言ってもらって」
私の周りには昔から私と同じように地味で陰気な子が多くて、でも趣味は結構全員違って、自分の趣味に理解がある人がいなかった。大学に入ってからもそれは変わらずに、まともな友達なんていなかったから本当にうれしかった。実は今回の本を勧めたのも、彼にオススメな本を聞いて私が読んで感想を言って、流れで「私の好きな本は?」ってなってできた会話だ。本当に過去の私はファインプレーだったと思う。
その後も『きつねのはなし』の感想を話していると、また階段を上る音がして、違う学生が来てしまった。この人はさっきのイケイケ女子とは違って、なんやら参考書を買いそうだ。心の中で溜息をついてみる。彼も察したようでいう。
「あ、他のお客さん来てしまいましたね、長らくすいません」
「いえいえ、私もすっごく楽しいので大丈夫ですよー」
ふと、頭によぎる。これまでも毎回よきったこと、そして我慢したこと。迷惑かな、重いかな、変かな、そんな風に迷って聞けなかったこと。私、勇気を出すんだ!
「あの」
「はい?」
「よかったら、連絡先を交換しませんか、もっと感想を聞きたいですし……」
そういうと彼と私の間に静寂が流れた。あ、やばいどうしよ、失敗した? かも。
「えっと、変な意味はなくてですね。連絡先を知っていれば、感想の続きも聞けますし、他にも本の予約でして欲しいのとかあれば連絡出来ますし、そもそも私ももうちょっと皆川さんの好きな本を知りたいなって言う意味もあって、そのそのその」
「はい! 全然いいですよ! ぜひぜひ交換したいです!」
「えっと、えっと、え? いいんですか?」
「いいですよー、LINEでいいですか?」
「え、ええ!」
彼はスマホを取り出して、準備をしてくれた。私も急いでスマホを取り出して、LINEを開く。そして、連絡先を交換した。交換した連絡先には「皆川隼人」とあった。すると、交換した画面をみて彼は言った。
「水島さんは下の名前は沙也加っていうんですね」
「はい! えっと、よろしくお願いします!」
「こちらこそです。では失礼しますね」
彼はそういうと、手に左手にさっき買った本を持って、手を振って階段を下りていった。夢見心地だった。社会体験っていうかあわよくば出会い目的で始めたアルバイトで、学校の近くがいいと思ってテキトーに本が好きだから選んだ生協の書店だったけど、辞めなくてよかった。
「すいません」
目の前に先ほどやってきた違う学生がいる。我に返ってレジ打ちをして対応する。その後ろで、参考書のコーナーからイケイケ女子が出てきて、帰って行った。お眼鏡にかなう参考書はなかったらしい。
その違う学生の対応を済ませて、また書店に1人になる。
私はなんとなく呟く。

「皆川隼人さんかぁ……あ、そうだ、今度コンタクトを買いに行こ」

写真:お台場:ヴィーナスフォートのヒストリーガレージ

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