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連載・君をみつけるために プロローグ:僕という人間不信型人間

過去投稿:2017/1/6

「ごめん、もう私たち別れよう」

 受験が終わった、その日に久しぶりに会った彼女は言った。

 僕は何も言わなかった。

「なんでこんなことを言うのかはわかるよね?」

 僕は小さく頷いた。彼女はそれを見ると、目を潤ませながら言った。

「あなたは私を見てないから……」

 彼女はそういうと、顔を手で押さえながら走って去って行った。受験に受かって、有頂天だった僕に訪れた突然の別れ。でも、どこかで分かっていてこの結果には驚きはしなかった。だって、僕は彼女を「見ていなかった」からだ。

 この春は異常に寒かった。またぬくもりを失った日だった。

 大学に入れば、なにかが変わると思っていた。でも、そこには何もなかった。大学に入ってから7か月、そこにあったのは目に見えるお世辞・人目を盗んだ陰口・上辺だけの仲良しこよし。高校時代や浪人時代との違いと言えば、皆それをやるのが上手いことだけだ。心を込めたように誉め言葉を言い、その人に絶対聞かれないように悪口を吐き、まるで十年来の親友のように出会ってわずかの知り合いと過ごす。

 ずっと冷めていた僕はそれを静観していた。大学で友人がいないとは言わない。でも彼らには特別な感情はない。何かをしてもらったら、何か恩を返す気はあるが、見返りを求めて助ける気はない。だって、見返りなんて貰えるわけがないのだから。毎日は憂鬱に無意味に過ぎていく。そこに意味を持たせるのは残念ながら、授業でされる医学の勉強と空手の自主練……と遠藤さんを遠くから見つめるくらいだけだった。

 バン、バシッ、ドン。

 授業がない時間、道場には自分がサンドバックを殴ったり蹴ったりする音がひとりでに響く。どこか籠った音は寂しくもあった。よく思う、人間が信じれなくなったあの日に、寂しさとか好意も消えてしまえばよかったのにって。一人でいることは楽だ、だけど独りから逃れられない。サンドバックや巻き藁を攻撃している間だけは、メンホーをつけて戦っている間だけは、寂しさや好意もなくなって何もなくなる。だから、昔からずっと空手をやっている。腕や足に溜まる疲労は自分から「この世に自分がいらない」と思わせる気持ちを消し去ってくれる、でもそこには中毒性があってまるで麻薬の様に自分を蝕んでいく。

 ブーブーブー。

 スマートフォンが振動している。手から拳サポを外して、汗をぬぐうと電話に出た。電話は元カノだった。

『久しぶりだね! 元気?』

「久しぶり。まあ元気だよ」

『大学はどう?』

「別にまあまあだよ」

『そっか、澪レイっぽいね。じゃあ、無駄話はやめて、本題ね。赤本を売ってくれない? あなたが受けてて、去年度は受けなかった大学を受けようと思って』

「わかった。いいよ。でも、売るんじゃなくて、あげるよ。今、どこの予備校だったっけ?」

『麹町だよー』

「じゃあ、今度行くときに連絡する。どーせに毎日勉強しているでしょ?」

『うん、じゃあそれで決まりで。じゃあ連絡待ってます』

「はーい」

 久しぶりに話した元カノには何も感じなかった。いや、これまで彼女と話した時に何かを感じたことがあっただろうか……正直、ないと思う。彼女とは高校三年の秋に告白されて付き合い始めて、でも受験があったからろくにデートとかはせず一緒に帰るだけ。二人とも浪人生になったし、医学部志望も同じだったから同じ予備校に通った。毎日、予備校から帰るとき、そして勉強につかれたときは一緒にいたが、なんにもなかった。別に彼女が例外なわけではない。人間に絶望したあの日から、誰かを好きになったり嫌いになったりはするけど、信頼する気にはならない。そして、僕と深い関係になろうとしてくれた人はみんな同じようなことを言って去っていく。

「あなた(きみ)は、私(俺)を、見ていないから」

 これまでの三人の彼女も、もしかしたら親友になれたかもしれない男友達もみなそうだった。

 自分に深い関係は生まれない、そう悟ってもう何年も経つ。こうやって、自分が台無しにした関係を振り返ると、正直空手じゃどうにもならないくらい気分が悪くなる。道場の真ん中で寝っ転がり、ボーっと天井の黒い点を見つめた。

写真:さくらに囲まれたヴァージンロード

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