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『左殺し』はもういらない

今回はワンポイント・リリーフという役割がメジャーリーグからんどん消えていくのではないかというお話です。

ワンポイント・リリーフってなに?

ワンポイント・リリーフとは、特定の打者1人を打ち取るためだけに登板するリリーフ投手を指して使われる言葉です。主に左打者に強い左投手がこの役割を担うことが多いことから、メジャーリーグでは『シチュエーショナル・レフティ』などと呼ばれます。
日本では『左殺し』永射 保氏(西武他)『松井キラー』遠山 奬志氏(阪神・ロッテ)メジャーリーグでは2004年レッドソックス86年ぶりのワールドチャンピオンの一員だったMike Myers近年のジャイアンツの3度のワールドチャンピオンに貢献したJavier Lopez(写真)などが代表的な存在です。
それでは、MyersとLopezがいかに左打者専用投手として重宝されてきたのか。MyersとLopezの2人と同じ左投手でもスター・クローザーであるAroldis Chapmanの成績を比較して確認してみたいと思います。

Mike Myers
通算 883登板 541.2イニング OT/G 1.84
vs右打者 1,122対戦 被打率.301 36被本塁打 被OPS.878
vs左打者 1,263対戦 被打率.219 22被本塁打 被OPS.635

Javier Lopez
通算 839登板 533.1イニング OT/G 1.91
vs右打者 1,031対戦 被打率.297 14被本塁打 被OPS.813
vs左打者 1,242対戦 被打率.202 12被本塁打 被OPS.572

Aroldis Chapman
通算 490登板 478.2イニング OT/G 2.93
vs右打者 1,461対戦 被打率.167 21被本塁打 被OPS.525
vs左打者    500対戦 被打率.131   3被本塁打 被OPS.426

※ OT/G・・・1登板における稼いだアウト数の平均

まず、Chapmanと比較すると1登板におけるアウト数(以下、OT/G)が1つ以上違うのが分かります。ChapmanはクローザーですのでOT/Gは限りなく1イニング 3アウトに近い「2.93」という数値になっています。一方、MyersとLopezは左打者1人をアウトに仕留めるのが仕事なのでOT/Gは2に満たない「1.84」、「1.91」という値になっています。
また、Chapmanが右打者との対戦数が左打者より3倍近く多いのに対し、MyersとLopezの両名は左打者との対戦が右打者を上回っていることからいかに彼らが左打者と対戦するシチュエーションが多かったかが分かります。

さて、ここからが本題です。
タイトルにある通り、なぜ私がMyersやLopezのようなワンポイント・リリーフがこれからメジャーリーグから消えていくのではないかと考えているのでしょうか。

先発投手の投球イニングの急激な減少

その要因は、先発投手の投球イニングの急激な減少です。
打者が3巡目を迎えると多くの先発投手の成績が悪くなるというデータが一般的に広まったことフライボールレボリューション等によるホームラン数の増加により下位打線に対しても投球をセーブして投げることが難しくなったことなどのさまざまな要因で先発投手を早めに交代させる傾向は加速しています。
下に掲載した「先発の平均投球イニング」と「年間200イニングの達成者」のグラフを見ても、ここ3年でこの傾向が如実に加速していることが分かります。特に「年間200イニングの達成者」は2014年までは最低でも30人超えていたのが、2015年に27人と初めて30人を切ってからは15人→15人→13人と達成者がこれまでの半分程度に急激に減少しています。

リリーフに与える大きな影響

先発投手の投球イニングの減少はそのままリリーフへの負担増となって表れています。
下の「メジャーリーグの全アウトにおけるリリーフが稼いだ割合」のグラフを見ていただいても分かる通り、ここ20年近く32~35%で上下していた割合がここ3年で急激に上昇し始め今年2018年には一気に40%を超えるまでになりました。(タンパベイ・レイズが今年から実践し始めた本来の先発投手を最初から起用しない『オープナー』も多少この数値には影響しているはずです)


リリーフ投手がアウトを稼ぐ割合が増えたことによる影響は、ブルペン投手の登板数にも影響を及ぼしています。2014年に14,661登板だった「メジャーリーグ全体の中継ぎ登板数」は先発の平均投球イニングが減少し始めた2015年辺りから更に増え始め2018年には2014年の111%増となる16,339登板にまでになっています。

リリーフの負担増にどう対応していくか?

では、メジャーリーグの各チームはこのリリーフの負担が多くなっている状況にどう対応しているのか。
ここでは、今年2018年ポストシーズンに進出したミルウォーキー・ブリュワーズとオークランド・アスレチックスを例にして考えてみたいと思います。

① ブリュワーズの場合

ブリュワーズは2018年エース格のJimmy Nelson投手が全休となり実力のある先発投手が少ない中シーズンを過ごしました。先発投手の投球イニング数はメジャーリーグ全体19位の847.0イニングしかなく、一方でリリーフ陣の投球イニング数はメジャーリーグ全体5位の632.0イニングといかにリリーフ陣の負担が大きかったかが分かります。
ブリュワーズはこのリリーフの負担を強力なロングリリーバーを用意するという手段で解決しています。このロングリリーバー陣には、マイナーでは先発を務めていた若手のJosh Hader投手、Brandon Woodruff投手(今期メジャーリーグでも4試合先発)、Corbin Burnes投手が主に起用されました。特にHader投手は今年初のオールスター選出、サイ・ヤング賞投票で7位と大活躍しました。
では、この3投手の今年のブルペンでの成績を確認してみたいと思います。

Josh Hader
55試合 6勝1敗 防御率2.43 81.1イニング OT/G 4.45
1イニング以上の登板数 32回
2イニング以上の登板数 23回

Corbin Burnes
30試合 7勝0敗 防御率2.61 38.0イニング OT/G 3.8
1イニング以上の登板数 9回
2イニング以上の登板数 7回

Brandon Woodruff
15試合 2勝0敗 防御率2.03 26.2イニング OT/G 5.33
1イニング以上の登板数 10回
2イニング以上の登板数   7回

※ OT/G・・・1登板における稼いだアウト数の平均

この3人合計でリリーフ全体の23.1%にあたる146イニングを賄った上に15勝1敗 防御率2.40という好成績を残しており、ブリュワーズの今年の先発でも投げれる若手有望株を強力なロングリリーバーに仕立て上げるという手法がいかに機能したかが分かります。
また、ブリュワーズは4アウト以上の登板をしたブルペンの回数が151回とメジャーリーグでも3位の多さになっており、先発投手がイニングが稼げない分をロングリリーバーを有効に使うことでカバーしていたと推察されます。

②オークランド・アスレチックスの場合

アスレチックスの場合、今年の先発陣の状況はブリュワーズよりさらに悲惨でした。故障者も多く規定投球回に到達した先発投手は0Trevor Cahill投手、Brett Anderson投手、Edwin Jackson投手らのベテランを獲得しやりくりしていましたが、8月終わりに唯一ローテーションを守っていたSean Manaea投手が離脱してからは、前述の『オープナー』を多用していきアメリカン・リーグのワイルドカード・ゲームでも本来ブルペンであるLiam Hendricks投手を先発に起用しました。
それでは、アスレチックスが先発投手がいない中どうやって投手陣を運営したのか、今期アスレチックスで50試合以上登板した中継ぎ投手から考察してみます。

Yusmeiro Petit
74試合 7勝3敗 防御率3.00 93.0イニング OT/G 3.77
1イニング以上の登板数 28回
2イニング以上の登板数 20回

Lou Trivino
69試合 8勝3敗 防御率2.92 74.0イニング OT/G 3.22
1イニング以上の登板数 18回
2イニング以上の登板数   7回

Blake Treinen
68試合 9勝2敗 防御率0.78 80.1イニング OT/G 3.54
1イニング以上の登板数 19回
2イニング以上の登板数 10回

Emilio Pagan
55試合 3勝1敗 防御率4.35 62.0イニング OT/G 3.38
1イニング以上の登板数 15回
2イニング以上の登板数   9回

Ryan Buchter
54試合 6勝0敗 防御率2.75 39.1イニング OT/G 2.19
1イニング以上の登板数 2回
2イニング以上の登板数 0回

※ OT/G・・・1登板における稼いだアウト数の平均

上の各投手の成績を見ていただいても分かる通り、多くのリリーフ投手が1イニング以上の登板を多くこなすことで先発投手が投げられなかった分を補っていることが分かります。
ただし、今期ワンポイント・リリーフのポジションで使われたRyan Buchter投手だけは1イニング以上の登板もほぼなく、試合数に対してイニングを稼げていないことが分かります。(役割上仕方のないことですが)
そして、『この投球イニングが稼げない』ということがワンポイント・リリーフが消えていくと考える原因なのです。

今は投手運用のターニングポイントに差し掛かっている

70年代や80年代のリリーフ投手は複数イニング投げるのが常識でした。それが現代になるにつれてクローザーやセットアップ等のリリーフでの役割が徐々に確立していき、主に1イニングのみを抑えるような運用が確立されていきました。
ただ、ここ数年リリーフ投手の負担は急激に増え、リリーフ投手の登板数は過去最高の数値になっています。また、今回は記述しませんでしたが、リリーフ投手自体も以前に比べ登板数を調整しセーブしていく時代に徐々になってきています。(2004年から2008年の5年間の平均でメジャーリーグ全体で80試合以上登板した投手は8.2人、70試合以上登板した投手が43.6人いたのに対し、2009年から2013年の5年間の平均では80試合3人、70試合42人、さらに20014年から2018年の5年間の平均では80試合1.4人、70試合36.8人と徐々に1人の投手に過度な登板をさせる傾向はセーブされてきています。)
つまり、現在は今まで確立されていたリリーフの運用システムが徐々に崩壊していく過程にあるのではないかと考えるのです。
これからの時代はある程度複数イニングも投げられるリリーフ投手の需要が多くなっていき、一方で短いイニングしか投げられないリリーフ投手は必要とされなくなっていくのではないでしょうか。
そして、リリーフ投手で真っ先に淘汰されていくのがリリーフで最もイニングを稼げない存在、つまりワンポイント・リリーフなのです。

photo by Keith Siegel

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