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アダルトチルドレンのしたたかさ

数々の修羅場をくぐり抜けてきたアダルトチルドレン。生きるか死ぬかのすさまじい日常の中、感情を押し殺して生きてきました。

感情を押し殺すということも生きるために身につけてきた技ですが
それ以外にも自分を守るために様々なことを日常の中で学んできました。

抑圧・抑制・否認などは有名ですが、
いや、noteを読んでいる方々は知識がある方も多いのではないでしょうか。
いまや動画等でメンタルのしくみはかなり詳しく学べますもんね。
私自身もよく見ます。ありがたい時代です。
その通り、という方も そうでない方も 読んでいただければと思います。

  
人間の心というものは、本当にうまくできているなぁと思います。
自分が生き延びるために、自分を守るために、その時に最適なものを選択して自分の命をつなぎとめます。

私の例を申し上げます。
思春期の頃、私は身内の身体的暴力を受けていました。

いちばん恐怖を感じるのは、暴力が起きる前までの時間。
今から殴られると思うと体が震え、逃げたくても逃げられない。そろそろ帰ってくるだろうという時間になると心臓がバクバクしてパニックになってしまっていました。
帰ってくる車のエンジン音が聞こえてくる時がMAXに怖かったです。

暴力になる理由はどうだってよく、相手の機嫌ひとつです。
しかし、殴られている瞬間に私は痛みを感じていませんでした。
いつ終わるのかな…
ということを頭でぼんやり考えながら殴られている自分と相手を客観的に眺めていました。

おわかりになりますか?
私は体から痛みの感覚を切り離すことを無意識に選んでしていました。
いわゆる乖離というものです。

今思い出しても悲惨な状況でしたが、その中にいながらも自分なりに一生懸命に最適な方法を選んでいたんですね。

  
例え話が極端な例になってしまいましたが。

このようにその時々で対応する自分の守り方が
嘘をつくことだったり、見栄を張ることだったり、泣きわめくこと、冷静を保つことだったりすることが身に染みついているため、色々な形で大人になっても顔を出してきます。

ここで厄介なのは、顔を出す必要のないところで顔をだしてしまう身に付いてしまった癖たちです。

必要のないところで嘘をつく、見栄を張る、泣いて済まそうとする、素知らぬ振りをする

意味ないですよね。むしろ不可解です。
でも当人はなじみすぎて自然なので気づかないんです。

私も、自分の都合が悪くなると気づかないふり、見てないふりという技をし続けてきています。それがなじみですから。
でもそれって逃げていることにもなりますよね。

仕方がないといえばそれまでなんですけど。
好き好んでこのような選択をしてませんし、無意識レベルです。
  
それで困っていなかったらいいんです。

しかしこの実体のない苦しみから解放されたく、また日常生活に支障があってなんとかしたいと思っている方は
自分の持っている必要のない癖を把握することが必要になってきます。

 
まずは自分の持っている「したたかな癖」を知ること。
それによって自分がどのようなことを周りの人間関係に及ぼしているか。
  
これらのことは、自分と向き合う作業になります。
ここに到達するまでには心の痛みが多いほど長い道のりがかかると思います。頭で分かっているからといって納得できるものでもないです。 
自分で出来ることもありますが、すべてではありません。

今はメンタルがオープンが時代になってきています。
カウンセラーさんともつながりやすくなってきていますね。
心療内科は混み合っているかもしれないけれど、
スクールカウンセラーさん、職場で契約している産業カウンセラーさんだったりと、未来に向いている一筋の道を見つけて頂けたらと思います。
       
     
今まで身に付けてきたものを、見る視点を変えて良い風に役立てて行ける時がくるかもしれません。

こここまで生き延びてこれた私たちアダルトチルドレンの強みでもありますから。

自分のよく言う口癖やしぐさ、一度振り返ってみませんか。
過去に自分が守ってきたもののヒントがあるかもしれません。

日常的な些細なことにヒントはちりばめられています。





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