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グレン・グールド/タイポグラフィ

デザインのよみかた、ポッドキャスト最新回が更新されました。新年第一回目となる今回は「69回 講評会とグレン・グールド『ゴルドベルク変奏曲』の話」。中村の担当した授業課題をふりかえる内容となっています。

¶ この授業最終回は講評会の形式とし、ゲスト講師を4名お招きすることにしました。タイポグラフィ研究者の河野三男さん、作編曲家/サックス奏者の渡辺将也さん、ドラム奏者の伊原俊一さん、そしてデザインのよみかたをはじめ、各所で協働いただいているOVERKAST/ÉKRITS編集長の大林寛さん。それぞれの視点をまじえながら、課題における課題を浮き彫りにしてゆく、とても充実した時間となりました。

¶ おもに一年生を対象としたこの授業で、最終課題としたのは通称グールド課題と呼んでいるものです。グレン・グールドのデビュー作となったバッハ『ゴルドベルク変奏曲』。このテクストを、120 mm四方の正方形画面8ページに構成してゆくというもの。活字書体はCaslon、Garamond、Baskerville、Didot、Gill Sans、Helvetica、Optimaのなかからひとつを選択するようにしています。

¶ いっけんすれば指定条件もおおく、またテクストのヴォリュームもそれなりにあるため、差異化しにくい課題のようにもみえるかもしれません。しかしそれゆえテーマにたいし、どのくらいの深度でリサーチをおこない、いかに解釈をしたのか?、それにともないプロトタイピングの密度はどのくらいあったのか? こうしたところが、如実にあらわれてゆきます。

¶ オブジェクトとスペース、音符と休符。いずれも規格化された基礎リズムのうえで、展開されてゆく運動です。それは本課題であつかうタイポグラフィと音楽の共通点。そして造形における構成と作曲は、いずれもコンポジションということばがあてられます。

¶ さらにみてゆけば、ヨハン・セバスチャン・バッハが平均律による作曲を試みていたころ、ピエール・シモン・フルニエたちは活字の規格体系を整備していたことになる。その後の基礎となるインフラストラクチャが確立した時期がかさなります。

¶ フルニエの精緻な規格体系は今日につづく楽譜印刷術をもたらしましたし、それはメディアとしての音楽流通のはじまりでしょう。なにより平均律で設計された音楽は記譜法はもちろん、そうした不特定多数にむけた展開において、つよみを持っていたはずです。

¶ 時をへて1950年代。モダンタイポグラフィが成熟しはじめたころ、バッハのあらたな解釈をおこなったグレン・グールドが登場する。18世紀と20世紀のできごと。いずれもあらたな時代を象徴する革新的なるものながら、現在においてはともにデフォルト的とよべる存在にあります。

¶ バッハとフルニエ、そしてモダンデザインとグールド——ふたつの時代におけるモダニティとデジタル性。いずれも、それぞれの時代におけるイノヴェーションの同期性があります。現在における「ふつう」は歴史の革新の結果です。

¶ 文明は地域を超越するもの。文化は風土に根づくもの。クラシック音楽と一言でくくるのは文明的なる見方かもしれません。しかし、それをさまざまな民族音楽の集合体とみることもできるでしょう。そこにはおおくの地域と時代ごとのリズムと旋律、和声が内包されています。

¶ おなじように現在PCに搭載されているかずかずの活字書体は、まさに文明的なる道具です。そしてそれらもまた、元来、おのおのの時代や地域、集団の声を内包する文化の結晶なのです。活字書体は構成と様式をよび、構成と様式もまた活字書体をよぶ関係にあります。

¶ 文明としてアーカイヴ化されたものたちに、リファレンスとしていかに向き合うか。「かた」と「典型」。そうしたオープンソースなるものを構成するのは、いったいなにか。

¶ この課題は、もともと2017年から2020年度のあいだ、前職の社会人クラスで実施していたものでした(その後、前職の授業は石塚集さんに引き継いでいただきました。このグールド課題も課題条件をすこしかえつつ、継続されています)転職から一年。おもに一年生を対象とした授業で今回、再演することとしました。

最終課題 ‘構成—— 120 mm * 120 mmの平面空間と時間軸’
1: 支給されたテクストをもちい構成してください。
[ グレン・グールド『バッハ: ゴルドベルク変奏曲』(1955) ]
2: 画面は120 mm * 120 mm、8頁となります。
3: 各画面のヒエラルキー、空間性、頁毎の時間軸をふまえ適切に編集してください。
4: テクストはすべて使用します。ただし重複使用は禁止です。
5: 色彩3色以内(黒・灰・白などの無彩色をふくむ)のみとします。
6: 書体は指定書体を使用します。
[ Adobe Garamond / Adobe Caslon / New Baskerville / Linotype Didot / Gill Sans / Helvetica Neue / Optima ]
7: 支給されたフォーマットを活用してください(12 Qもしくは10 Qを選択)
8: 印刷所に発注・入稿したものを提出します。

出題項目としてはこの程度の明解なもの。しかしそのプロセスをいかにデザインするか? という点が肝なのかもしれません。

¶ 当時もゲスト講師として、お越しいただいていた渡辺さんと伊原さん、そしてともに授業をおこないながら教育プログラムをデザインしていた河野さんと大林さん。場所がかわりながらも、ひさしぶりにこうしてご一緒できたこと、とてもうれしいものでした。ゲスト講師のみなさま、ありがとうございました。受講生のみなさまも半年間おつかれさまでした。ご受講、ありがとうございます。

さて、今回のポッドキャスト後半ではデザインのよみかたが関わるイベントについて、ご案内しています。

|2月21日 火曜日|
平岩壮悟×大林寛×中村将大「ヴァージル・アブロー『ダイアローグ』のよみかた」『ダイアローグ』(アダチプレス)刊行記念
■時間|19:30—21:30
■於|本屋B&B(世田谷区代田2-36-15 2F)

このしばらく、大林+中村のあいだで頻繁に話題にしているヴァージル・アブロー。その日本語版書籍を翻訳された平岩壮悟さんともに、座談会形式の講座をおこないます。

中村としては典型やアーカイヴ、文明と文化、デフォルトとオープンソース……というキーワードで、今回のグールド課題にも通じるはなしをする予定です。どうぞよろしくお願いいたします。


18 January 2023
中村将大

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