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自分が適応障害になった理由

今まで取り留めのない文章をnoteに書いてきましたが、これからは主に自分の闘病体験について綴っていこうと思います。
自分の考えのまとめにもなるし、また、この地球上のどこかで同じように苦しんでいる方の助けになれば、なお嬉しいです。


さっそくですが、タイトルにあるように自分が適応障害になった理由は、大きく分けて3つの理由(原因)があると感じています。

その3つとは、

・何から何まで我慢をしていた
・愚痴や悩みを人に打ち明けられなかった
・上手な休養の仕方を知らなかった

それぞれ詳しく述べていきます。

【理由は人それぞれで、原因は何種類もある】

詳しく述べる前に伝えたいことは、適応障害は置かれている環境が要因であることが多く、その発症理由は様々ということです。
人間関係、仕事量や仕事の質、学業、その他自分ではどうにも抱えきれない問題等…
置かれている状態(環境)が到底自分に耐えられるものでなければ、誰でも発症しうる病気だと個人的には思います。

その耐え難い環境を変えることが、発症を防いだり寛解に近づくために望ましいとされています。

確かに自分が発症した当初も、とても職場環境が良かったとは言えませんが、その環境を変えるための力や乗り切るための知恵を当時は持ち合わせていなかったと感じています。そのあたりの心情が、自分が考える発症した3つの理由に結びついています。
それでは3つの理由について言及していきます。

◆◇自分が我慢すれば解決すると思っていた_______
まずは1つめの「何から何まで我慢していた」ということについてですが、それはもうありとあらゆるものについての我慢です。
大きな要因は職場でのストレスだったのでそれを例にして言えば、誰の仕事でもないものを自分がやる、他の人の仕事であるのに自分がやる、明らかに下っ端の自分が手に負える仕事でないのに自分がやる、自分が原因のミスではないのに責任を被る等、思い出せば何をそこまで自分で抱え込んでいたのかわかりません。
かろうじて思い出せるのは、「自分がやらなきゃ、自分が頑張ってなんとかすれば丸く収まる」みたいな一心でやっていたということです。
その他、プライベートでも、家族のためとか将来のためとか、次の日の仕事のためとかいう名目で、もろもろ行動を自分で制限(我慢)していたように思います。


◆◇塞ぎごんでいた悩み、愚痴を吐くのは悪いことという思い込み_____
次に2つめの「愚痴や悩みを人に打ち明けられなかった」ということですが、これはその言葉の意味通りなのですが、これまで人に悩みを聞いてもらった経験はあったので、なぜ出来なかったのだろうと考えてみました。
すると、「悩みを小出しにして吐き出すこと」ができなかったのが原因だったとわかりました。
もうどうにもならないところまできてようやく、誰かに弱音を吐いたり泣きついたりする、自分はそんな人間だったのです。
よく捉えれば辛坊強いとか、我慢強い、責任感があるとかになるのかもしれませんが…
パンクするまで我慢し続けて病気になってしまったら元も子もありません。
些細なことでもいいから、気にかかることや悩み等は小さな段階で周りに打ち明けることを普段から意識した方がいいなと感じました。それこそ愚痴混じりの雑談でも良いので。(ネチネチと人の悪口をひたすら言うほどの愚痴は悪だと思いますが、多少なりとも言うくらいなら自分は良いと思っています。)


◆◇驚くほど知らなかった休養の仕方、漠然と過ごしていた休日_____
最後に、「上手な休養の仕方を知らなかった」ということについてですが、これは、「自分にとっての効果的な休養方法」を知らなかったということです。
これについてはまた別に記事にしようとは思いますが、とにかく休日は漠然と過ごすことが多かった自分。誰かからの誘いがあればなんとなく行くし、気分が乗らない日は家でぼんやりしていたり。
今は、1人でカフェにてぼっーとすることが自分にとって1番の休養になることがわかっているので、当時もそれを知っていたらもう少しストレスを発散できたのではないかなと思います。



以上、自分が考える適応障害になった理由について書いてみました。
環境要因で言えば、職場の人間関係、仕事の量や質が発症の原因と言えると思いますが、その環境にいる中でも上記に挙げた3つの理由がなければここまで重く発症はしなかったかなと感じています。


長くなってしまいましたが、闘病体験記の第一弾は以上となります。次は、休職時の過ごし方と復職について書いていこうと思います。
それではまた!

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