くらしてん

地方でのリアルな暮らしを知りたい──メディアを立ち上げた夫婦がたどり着いた地方との関わり方

さまざまな地域に住む人びとの暮らしを紹介するウェブメディアがある。
”暮らし”の”視点”で「くらしてん」
ご夫婦で運営されているこのメディア、取材方法が興味深い。
ある地域に住む人に、27枚撮りの「写ルンです」を渡して日々の暮らしの中で撮りきってもらう。後日撮影された画像を見ながらオンラインでインタビューを行い、その人の視点で自らの暮らしを語ってもらい記事にする、という方法だ。
記事は、写真と撮影時の状況を簡潔に説明するテキストで構成されていて、1つの記事を読むとある地域に住む1人の暮らしが浮かび上がってくる。
淡々と事実だけが並ぶテキストも、素人が撮影したインスタントな写真も、商業メディアの読者満足を追求するコンテンツに慣れていると、強い違和感を感じる。
それでいていくつか記事を読むにつれ、いろんな暮らしをフラットに見渡し自らの暮らしを顧みている自分に気づく。
東京に居ながらにして日本中の暮らしをアーカイブできる手法を見つけ出し、記事を制作するお2人を駆り立てるものはなんなのか。
「くらしてん」のカトウシュンさんとカトウミワコさんにお話しを伺った。

* * * * * *

──「くらしてん」をはじめたきっかけを教えていただけますか。

シュン
もともと僕ら夫婦の不満からはじまってるんです。2人とも、ずっと東京に住み続けるのはなんか違うなぁと話していて。特に僕は北海道で育ったこともあって、狭い空間や人混みにストレスを感じることが多く、東京は仮住まいという感覚が抜けないんですよね。仕事とプライベートの顔が分断されている感じにも違和感があって、じゃあ地方に移住したらどんな暮らしができるんだろうと思って探しはじめました。するといろいろと情報は出てくるものの、移住したあとのリアルな暮らしを想像できるものがまったく出てこなかった。

ミワコ
私は千葉の工業地帯で生まれ育って、環境も良くないし、地元を「ふるさと」と思えないまま東京に出てきたんです。だから将来自分の子供には「帰る場所」のようなものをつくってあげたいなと思っていました。じゃあすぐにでも地方で暮らせばいいかというと、仕事をしていきたい自分としてはためらうところがあって。夫は一級建築士なので地方で独立という選択肢もあるかもしれませんが、私は仕事面でも会社員として組織の中でパフォーマンスを発揮できる環境にいたいタイプ。同じようなタイプの人が地方でどんな暮らしをしているのかまず知りたいと思いました。

シュン
リアルな地方での暮らしが全然わからない、だったら自分たちで調べて公開しちゃえばいいじゃん、っていうのが最初の動機ですね。ほかにも自分たちみたいな人はいるだろうし、メディアにしようというのはふたりで話していくうちに自然と決まっていきました。

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シュンさん(左)とミワコさん(右)

──ご自身の問題意識を自ら探求したアウトプットが「くらしてん」なんですね。「地方の暮らしのリアルを知りたい」という欲求が、メディアのあり方にも直結してるように感じます。

シュン
極力、地方の人の暮らしを美化しないようにしています。
くらしてんをはじめた頃、多くのメディアが読者が憧れるようなかたちで地方の暮らしを紹介していました。なんとなくおしゃれな雑誌をみているようで、違和感があったんですよね。
であれば、僕たちは暮らしの美しい面を切り取る「雑誌的なアプローチ」ではなく「社会学的なアプローチ」をしたいと思いました。ひとりひとりの暮らしを、なるべく「社会の現象のひとつを抽出してみました」という風に紹介したかったんです。僕たちのような普通の人が自分のくらしと重ね合わせて、参考にできるようにしたくて。
くらしを流れで見せるということもくらしてんの特徴のひとつです。Instagramとかで地方の風景がピンポイントで切り取られて、都会からたくさん人が訪れて消費されていく、みたいな現象に抵抗したいという思いはありますね。

ミワコ
「写ルンです」を使うことで、写真のトーンが統一されるメリットもありますが、なにより生々しくリアルな写真になります。スマホやデジタルカメラと違って、加工ができなかったり後から削除したりできないので、嘘がつけない。

シュン
使い切ったら現像しないでそのまま送ってもらう、というのも重要で。不意にシャッターが押されてしまったものとか、意図しないものが写り込んでしまったものとかが出てくる。そういうところから話が膨らんだりしますね。

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くらしてん」より。買い物や食事といった日常の風景がどの記事にも登場する。

ミワコ
テキストはとにかくその人の視点を大事にするために、書き手の主観が極力入らないよう気をつけています。。取材を通じて気づいたこととかは、サイトとは別にnoteにまとめるようにしています。

──取材の流れとしては、協力してくれる人が見つかったら写ルンですを送って、使い切ったらインタビューするという感じですか?

シュン
事前にヒアリングをしています。普段の生活を聞いて、「このシーンは撮ってください」といくつか指定しますね。そうじゃないと、撮影されるものに偏りが出てしまうので。あと、ご自分では普通だと思ってることが、僕らからするとすごい面白いことがいろいろありますし。「水道を使わず山から水を引いてる」とか「キッチンにネズミが出る」とか、当たり前のこととして話すんですけど、全然当たり前じゃないじゃないですか。

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ミワコ
リアルな暮らしを伝えるために、事前のヒアリングは重要ですね。取材を通して、地方で暮らすことの大変さも実感します。少し地方のネガティブな部分として、特に医療の問題は深刻で、町に専門医がいないから、車で1時間かけて隣町の病院まで行かなくてならないこともあるという話も聞きました。病院通いする年齢になったら大きな街に引っ越さなきゃいけない、とか現実として見えてきますね。

──取材を受けてくれた人からは、どんな感想をもらいますか?

シュン
自分の暮らしを客観視して捉えられるようになった、と言われます。普段の暮らしを記事化する機会ってあまりないですからね。僕らがインタビューして、サイトにアップしたものを見て、「自分って結構良い暮らししてるじゃん」って思ってくれることも多いです。

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くらしてん」より。2拠点居住をする女性の暮らし。簡潔な文章の中に、取材を通じて自らの暮らしを顧みている様子が伺える。

ミワコ
取材に協力いただいた方がこの活動に共感してくれて、知り合いの方を紹介してもらえるようになりました。数珠つなぎのようにつながりが生まれていますね。なかには取材を手伝ってくれるようになったライターさんもいて、そうやって関わってくれる人の自己実現の場として活用してもらえたらとも思っています。一次産業のことに興味がある方は一次産業に携わる人を取材してもらったり、あるエリアでいろんな働き方をしている人にフォーカスしたりとか。その地域にどんな仕事があって、どんな暮らしなのかって全然知らないじゃないですか。そういう情報がストックされていくと、上京しないで地元の就職先を探す人も出てくるかもしれませんよね。

シュン
僕らは、読者に地方移住を勧めているわけではありません。僕ら自身もまだ移住していないので。だけど、くらしてんをみて、今のくらしに違和感を感じている人が自分のくらし考えるきっかけになればと思っています。

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──お2人にとっても大きな経験になりますね。はじめる前と後で大きく変わったところはありますか?

シュン
精神的に身軽になったな、と感じます。大学の頃から建築の世界に浸かっていると、常に新しさとか、社会に対する問いかけを考えてしまうんですよね。なにかはじめようと思っても、そこがブレーキになってしまう。知らない間に縛られていたと思います。でもくらしてんをはじめて、必要だからとか、自分たちがやりたいからというシンプルな考え方でモノを作ることになんの躊躇もいらないんだなと思えるようになりました。

ミワコ
サイトをはじめる前といえば、思い起こすと、結婚式をシュンの地元の函館で挙げたこともくらしてんをはじめたきっかけになっていると思います。

シュン
パッケージ化されたものではなく、会場やタイムテーブル、空間の構成などすべて自分たちで決めていきました。地元の花屋さんとかに「こういうのが作りたいんだけど」って絵を見せると、「いいよー。ちょっと山に行って木切ってくるよ」みたいなノリでやってくれるんですよ。親や友人も手伝ってくれたりして、普段東京でモノつくってるのとは全然違う楽しさがあった。そういう堅苦しくないモノづくりの楽しさに気づいたことが地方に目を向けるきっかけになりました。

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カトウさん夫妻の結婚式。

──ひとつのプロジェクトにお2人で取り組んだ経験があったんですね。

シュン
そうですね。それまではなにかひとつのことを一緒にやるパートナーとしては見てなかったのが、結婚式を機に夫婦の関係も変わりました。式が終わって、「さあ次は2人でなにをしようか」って感じでしたね。お互いの得意なこともわかったし、くらしてんを運営する上でもうまく役割分担できています。彼女は広告代理店にいた経験があり、プロデューサー気質で、いろんな人を集めてひとつのことに取り組む中に僕もいる、みたいな感じでコントロールされてます笑

ミワコ
コンセプトを考えたり、想いを言葉にする部分とかが夫は得意なので、そこは助かっています。それぞれの得意なことを活かしてやれていますね。

──僕自身も含めて、いまnoteとかで情報発信を頑張ってる人は、個人的な経験をもとにアウトプットすることが多い気がします。同じ問題意識をもつ人が身近にいるなら、一緒に取り組んでみるのは良さそうですね。くらしてんをやってみて、ご自身の移住についてはどのように考えていますか?

ミワコ
いますぐ地方に移住することは考えていません。2年間やってみて、移住しなくても自分たちが地方に求めていることは実現可能だなという気がしています。

シュン
地方に暮らす人に話を聞くと、人とのつながり方が全然違って仕事とプライベートの人付き合いが東京ほどはっきりわかれていない。そのコミュニティの中で仕事をしている。クリエイターの視点で、自分たちがやりたいことと、その地域で求められていることが合致するポイントを探しています。今度東京の郊外に引っ越すので、平日は東京で働きながら、地方との関わりをつくっていきたいですね。

──いろんな人の生き方、暮らし方に触れることで、ご自身の暮らしに対する考え方が定まっていったんですね。今後サイトはどのようにしていきたいですか?

シュン
サイトをはじめて2年経っていろんな可能性が見えてきたなと感じています。これまで通り地方の暮らしのアーカイブ化は続けていきながら、これまで集めたストック(記事)をつかって、サイトの新しい側面をみせていきたいなと。また、地方で活動している人たちと一緒に何かできないか、画策しています。
くらしてんを軸に僕らなりのやり方で地方と関わっていきたいですね。

──本日はどうもありがとうございました。


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