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わたしたちの結婚#11/日帰り旅行と私の恋



うどんを食べた。
本場のうどんはコシがあって、とても美味しかった。

夫おすすめのうどん屋さんはどこもたくさんのお客さんで賑わっていて、「うどん」というコンテンツの集客力に驚いた。



「美味しいですね」

自然と顔がほころんだ。

「そうでしょう」

夫は誇らしげに微笑んだ。


うどんを食べたあと、私たちは天空の鳥居と言われる山の上の神社にいったり、日本のウユニ塩湖と言われている砂浜に行ったりした。


行く先々で、私がちょこちょこ走ったり、景色を眺めたりしている様子を、タイムラプス、というiPhoneの機能で夫が撮影してくれる。


画面の中の小さな私がちょこまか動くのが面白くて、何度も何度も撮影して遊んだ。


無邪気に遊ぶ、という時間が新鮮で楽しかった。


心が楽しいで満たされた。


それは、はじめてかもしれなかった。


いつも、家族、友人、同僚、誰かしらの機嫌を伺いながら生きていたような気がする。

心を楽しいでいっぱいにして、周りが見えなくなると、その先に待っているのはいつだって恐ろしいほどの孤独だった。

だからひとりがすきだった。

ひとりでいる孤独は、集団で感じる孤独よりずっと心地よかった。

集団の中で孤立しないように、目立たないように、私を消していく、いつのまにかそんなことに慣れていた。


iPhoneを2人で覗き込む。

画面の中で、はち切れんばかりの笑顔でジャンプする私を見て、夫と生きていこう、と思った。

こんなに私を安心させたのは、夫が初めてだったから。



いつか、恋に落ちるのだと思っていた。

イナズマみたいな衝撃が、ビビビと走って、その人のことしか考えられなくなるみたいな、そんな恋に。

そして、大好きな人の魅力的なところや、かっこいいところを理由に、人は人を選ぶのだと思っていた。

たくさんの少女漫画やトレンディドラマが私にそう教えてくれた。

だけど、私の恋は思っていたものとは少し違った。

私は夫と一緒にいるときの私が好きだった。

タイムラプスの世界で遊ぶ私を永遠のものにしたいと思った。

上目遣いでお茶目な笑顔、はにかんだ笑顔、吹き出して笑う豪快な笑顔、優しい微笑み、、、すべて、これまで私が手に入れたくてたまらなかったものだった。

女の子が可愛く見えるのは、安心して笑っている時なんだ。

夫の隣にいる私でいたい。その想いはとても自分本位に思えた。

夫への愛情や、賞賛ではなく、私自身のために夫を手に入れたいという気持ちは、なんて浅ましいのだろうと思った。

夫にはどうか気付かれませんように、そう祈りながらこの気持ちを胸の中にぎゅうぎゅうと押し込めた。


「可愛いね」
夫が優しくそう言った。

「そうかな」
照れくさそうに私は言った。

素直な言葉を口に出してくれる夫がありがたかった。不思議とお世辞だとは思わなかった。夫は心のまま、私を認めてくれていると思えた。




帰り、港の見える喫茶店で夜ごはんを食べた。

海に陽が沈んでいく様子をのんびり眺めた。
たくさんの種類のオレンジ色が、様々な深みの紺色と混ざり合い、海に美しいグラデーションが表現された。

ちらりと時計を見た。


私があくせく働いたり、漠然とした不安に押しつぶされそうになっている毎日、この時間、この海は淡々と美しいのだろう。


私はこの美しい色を心の引き出しに閉まった。
終わる気がしない仕事の山や、言葉を失うほどの理不尽に立ち尽くした時、この景色を思い出そうと思った。


美しい景色と、楽しげに写真を撮る夫の横顔を思い出せば、いつだって心は自由でいられる気がした。




ロン204.






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