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わたしたちの結婚#15/キラキラとその重み


TSUTAYAでゼクシィを買った。

分厚くて、辞書みたいだ。


パラパラと開いてみる。
ほとんどが結婚式場の案内だった。
そんな中、お目当てのページを見つけ出す。

婚約指輪。
夫が、どんなのがいいか選んでおいて、と言ってくれたもの。

アクセサリーをほとんどつけない私にとって、未知の世界だった。



定番の一粒ダイヤのもの、小粒のダイヤが散りばめられたエタニティリング、リングに飾りがあしらわれたもの、、、婚約指輪と一言で言っても、多様なデザインがあるようだった。


先に結婚した幼なじみが、
「私、絶対カルティエがいいって決めてたの!
 あの、赤い箱をパカって開けて、プロポーズされるのが夢だったんだ」

とうっとりした顔で言っていたのを思い出した。


そういう具体的なイメージを持っていない自分が、どうやって「希望の指輪」を見つければいいのか全く検討がつかなかった。


いろいろ調べた結果、いちばん丈夫で長持ちする素材が「プラチナ」のリングであることがわかった。


「ブランドにこだわりはなくて、素材はプラチナのものがよいです」
そう夫にLINEした。



指輪選び当日、夫と仲人さんと一緒に宝石屋さんを訪れた。

ブランドにこだわらないなら、「いい石」を売ってくれるところがいいと思うわ、と仲人さんが勧めてくれた店だった。

そこでは、「ルース」と呼ばれるダイヤモンドの石と、「台座」と呼ばれるリングの部分を組み合わせて好きなリングにすることができるとのことだった。


小さく輝く光の粒にうっとりしたのも一瞬、ちらと目に映る金額にぎょっとして、夢心地はあっという間に過ぎ去った。

(ダイヤモンドは高いと聞いていたけど、この小粒が、そんなに、、、!)

と心の中が冷や冷やした。


店員さんに、
「もう少しリーズナブルなものはないのでしょうか」
と聞いてみたものの、

「婚約指輪となると、最低でもこれくらいの方がいいですよ。一生ものですから」
美人の店員さんは私を優しく諭した。

予算とか、大丈夫だろうか、、、
ちらと夫の横顔を覗きみる。

夫はとても楽しそうに、
「きれいですねえ。これは何カラットなのですか」などと呑気な質問をした。

ダイヤモンドの輝きは、カラット(重さ)、クラリティ(透明度)、カラー(色)、カット(プロポーション)の4つのCが重要なファクターとなっており、必ずしもカラットだけがダイヤモンドの価値ではないと店員さんが熱弁してくれた。

説明を聞きながら次から次へと美しいルースが目の前に並んだ。

ひと通りの説明が終わると、店員さん、仲人さん、夫の三者に囲まれて、
さあ!どれ!
という圧を感じながら「ルース」を遠慮がちにながめた。

提案された粒の中で最も小粒そうなものを、
「華奢な感じが上品でとてもよいと思う」
ととってつけたような台詞を言いながら選んだ。

「まあ、お客様お目が高い。こちらはクラリティが素晴らしくて、かつカットがハートアンドキューピッドになっている上質なダイヤモンドなんです」

と目をキラキラさせた。

「実はこちらの大きなカラットのものよりも金額が高いんです。ダイヤモンドはサイズじゃない、全体のバランス。台座にのせたときの印象もこちらの方が輝いて見えますよ」

な!なんだって!
1番安い(この中で)やつにしたかったのに!
贅沢なやつだと思われたらどうしよう〜〜

と心臓がばくんばくんした。

「自分はこっちの大きいのがいいのかと思ってたけど、やっぱり宝石となると女性の方が見る目があるんだね。じゃあ、それにしよう」
夫は優しくそれに決めてくれた。


次は台座。
シンプルな円形のもの、少しカーブを描いているもの、リングが太いもの、細いもの、爪の数、、、

ソリティア(よくある一粒ダイヤの婚約指輪のデザイン)のリングの中でも、いろいろなデザインがあるらしかった。


その中から、滑らかなカーブと、上品な6本爪が気に入って、ひとつの台座を手に取った。
ここにダイヤモンドがのったら、きれいだろうな、と素直に思った。


「こちらを気に入られましたか?一度着けてみてください」
店員さんが優しい手付きで私の薬指に台座を差し入れた。

「かわいい」

小さく声が漏れた。

夫は
「じゃあ、それにしようか」
と言った。


「こちらは石座の側面に小さなダイヤモンドを埋め込んでいるデザインでございまして、この細やかな輝きが、お客様の手元をより美しく際立たせます」

と店員さんがにっこり笑った。

え?石?
ということは、、、
ちら、と値札を裏向ける。
台座なんてどれも似たような金額だと思っていたら、台座にも石の有無でいくらかの価格差があることに気付く。


「あ、でもこっちもシンプルで可愛いな〜」

慌てて白々しさが分かりやすすぎる演技をしながら、シンプルで石が埋め込まれていない台座を手に取る。

「これ、これが王道って感じがする。うん。これもいい」

夫は困ったような顔をして
「どうしたの?さっき見ていたのがいいよ。それを着けてたときが1番嬉しそうだったよ」
と言った。


全てが顔に出てしまう自分の愚かさを恨んだ。

夫はもう一度さっきの台座を私の薬指に着けた。
「これがいいんでしょ?」


優しい台詞に、私は幼子のように頷いた。


「では、このセットで」
夫が会計をしているのを隣で見ていた。


不思議な気持ちだった。
ほんの数ヶ月前に出会った人が、私のためにこんなに高額な買い物をしてくれている。

「結婚」の重みを初めて感じた瞬間だった。

もし、私が夫のご両親に気に入られなかったりして、この結婚が破談になったら、この指輪は買い取らせて貰おう。

うん、それくらいの貯金はあるし、大丈夫。

そんなことを心の中で考えていた。

婚約指輪を買って貰うとき、女の子は嬉しくてたまらないものだと思っていた。
でも実際は、こんな私にこんな高額なものを買って、この人は後悔しないだろうか、などと喜びよりも不安が勝っていた。


「納期が分かり次第連絡します。この度は本当におめでとうございました」


そう店員さんが送り出してくれた。


仲人さんと別れて、2人で駅まで歩く。
自然と手を繋いだ。

「出来上がりが楽しみだね」
微笑む夫に、精一杯の笑顔を向けた。

「少し緊張した顔をしてる。どうしたの?本当は気に入っていなかった?」
夫は不安そうに私の顔を覗き込んだ。


「ううん、そうじゃないの。とても高いお買い物だったから、少し緊張しちゃっただけ」

それだけの価値のあるお嫁さんになれるだろうか。
そんな不安だった。


「緊張しなくていいよ。僕が買いたくて買ったんだから」

夫は前を向き直して、そう言った。





ロン204.

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