わたしたちの結婚#14/仲人さんとのお茶会
「で、本当にこの人でいいのね」
喫茶店で向き合って座ると、彼女は真剣な眼差しでは私に確認した。
彼女はベレー帽がよく似合う、可愛らしいおばあさんで、夫の仲人さんだった。
私が頷くと、隣に座った夫は嬉しそうに微笑んだ。
「まったく。すっかり締まりのない顔をするようになったんだから」
言葉とは裏腹に、仲人さんは嬉しそうだった。
夫の登録していた結婚相談所はとても古風なところで、専任の仲人さんがお見合いについてきてくれたり、喫茶店で直接相談できたりするらしい。
夫は婚活中にすっかりこの仲人さんと仲良くなり、親子のような関係性を築いていた。
一度彼女と会ってほしいと夫に誘われ、3人でお茶をすることになったのだ。
「式は?どんな風に挙げたいの?神前婚?キリスト教式?それともなにかお家でしきたりでもあるの?」
「指輪も買わなくちゃ。どんなのがいいかもう決まっているの?好みはちゃんとと言うのよ、大切なことだから」
「一緒に住む場所は?もう決めてるの?お互いの仕事からの距離だけじゃなくて、治安とかね、いろいろ考えて決めるのよ」
彼女はものの数分で想像以上の情報を聞き出そうとした。
夫はそんな彼女を嬉しそうに見つめながら、
「まだそんなところまで話をしていないんですよ。焦り過ぎですよ」
と優しく言った。
「焦り過ぎなもんですか。いい話はどんどん進めないと」
ものすごく前のめりに生きている人のスピード感に面食らいながら、彼女の生命力を頼もしく感じた。
「それともなに?まだ迷ってるの?この人と生きていくこと」
冒頭の確認よりも少しキリッとした表情で私を見る。
私の中の覚悟を見透かされているようだった。
彼女は椅子に深く座り直して、コーヒーを一口飲んだ。
「あなたにお見合いで会った時、彼にこの人にしなさいと言ったの。私、あなたたちは一緒に生きていくといいと思うの」
「この頑なで、こだわりが強くて、気難しい性格のこの人を、こんなに優しい表情に変えた。この人の相手はあなたしかいないわ」
そんな、ドラマの台詞みたいな言葉を、彼女は真剣な表情で私に言った。
不思議だった。
ついこの間、ほんの2か月前に出会った人と、これからずっと一緒にいることが、こんなに自然に感じられるなんて。
どんな言葉を選べばいいのか。
決めかねるまま、何か言わなくては、と口を開きかけたとき、彼女はかぶりを大きく振った。
「だめね、こんなプレッシャー与えるようなこと。あなたには選ぶ権利があるの。他の人と比べたり、考えたりする時間がある。それが婚活なんだから」
とびきり優しい表情を私に贈ってくれる。
言葉を発すれば発するほど、この人がいかに愛情深い人なのかということを実感できる人だった。
私は気持ちを込めて頷いた。
彼女と夫がおしゃべりを始めた。
2人でどこへ行ったとか、近況を嬉しそうに報告する夫は、とても幸せそうだった。
この人は、私と本当に結婚するつもりなんだ。
一緒に美味しいものを食べたり、お出かけしたりする私と夫のささやかであたたかな時間が、そんな大それたことに繋がっているのだ、と今更ながらドキリとした。
ちらと夫の横顔を盗み見た。
私たちの将来を夢描く夫が、突然遠い存在に思えた。
深いことを何も考えずに、ただこの人と過ごす時間を延長したいと思っていた私は、少し自分の薄っぺらさに赤面した。
仲人さんと別れ、私は夫と駅まで歩いた。
「あとひと月でお誕生日でしょう」
夫が言った。
「欲しいものはあるかい」
私はうーん、と考えた。
ない、と答えるのも会話が続かないし、と思いを巡らせて、そういえば、とひねりだした。
「くるくるドライヤーを買おうと思ってるんです。くせっ毛をなんとかしたくて」
夫は困ったように笑った。
「そうじゃなくて。贈るよ、自分が、君にね」
きょとん、とした。
そうか、世の恋人というのは何かを贈り合うものなのか。
自分の察しの悪さにたじろぎながら、あまり値が張らず、それでいて記念になりそうな何かはないかと頭の中の知識を総動員して考え込む。
「指輪がいいかと思ってたんだ。ダイヤのついた、婚約指輪」
「次の週末買いに行こう。どんなのがいいか、調べておいて」
夫は優しく言い、私を改札へ促した。
手を振る夫は少し照れたような顔をしていて、私はただただ一生懸命手を振った。
ロン204.
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