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わたしたちの結婚/お見合いとアイスコーヒー


夫が私にとって、完全に家族だなあ、と思えるようになってきた。
2人で暮らす今の家が、「私の家」だと思えるようになってきた。


だからそろそろ、結婚について書こうと思います。

私と、夫の結婚。
赤の他人が、2人で生きていくと決めた。
不思議な縁。
2人の前に伸びた道。


歩き出したのは、あの日から。




とある寒い冬の日。

私と夫はホテルのラウンジで向かい合っていた。


夫は凄じい速さでアイスコーヒーを飲み終え、少し緊張した表情を滲ませながらも、今ではすっかり見られなくなった、他人向けの営業スマイルで愛想よく当たり障りのない話をしていた。

私は右隣で同じくお見合いをしていた男女2人組の女性が、あまりにもつまらなそうにしていることが気に掛かり、相手の男性を心の中で応援したりしていた。


人生ではじめてのお見合いだった。

ホテルのラウンジでコーヒーを飲んだことなどなく、どんなハイソところだろうと意気込んで来てみたら、何のことはない、祝日のそこは、私と同じ、お見合いだらけだった。

こんな世界が繰り広げられていたのか。
ゴクリ、と唾を飲み込み、私もこの婚活戦線をこれから長きに渡って戦い抜いていくのだと身震いした。


「コーヒーのお代わりはいかがですか」
夫は私にコーヒーを勧めた。

私はコーヒーのお代わりは有料だと思っていたので、遠慮して断った。
お見合いのコーヒー代は男性が払うと仲人さんに聞いていたのだ。

一瞬、夫はとても寂しそうな表情をした。

歓談を続けながら周囲の様子を伺っていると、奥のビジネスマンが何度も手を挙げてコーヒーをついで貰っているのが見えた。

コーヒーのお代わりは無料なのかもしれない。

「やっぱりコーヒーをもう一杯飲みたくなったのですが」
勇気を出して言ってみた。

夫は顔に貼り付けていた営業スマイルから表情を変え、心から嬉しそうに微笑んで、
「僕もです」
と言いながらスタッフに目配せした。


真冬にアイスコーヒーを飲んでいるのは、夫くらいだった。

お代わりのアイスコーヒーを幸せそうに飲んでいる姿を見て、なんともいえずほっとした。

彼に寂しさを感じさせてしまった小さな罪悪感が、心の中でほどけて、あたたかい気持ちが広がるのを感じた。





コーヒーのお代わりを断ったときの寂しそうな表情が気になった。


そんな理由で私は夫ともう一度会うことに決めた。

理由はわからないけれど、夫も私ともう一度会うことに決めてくれた。


夫と私の人生がはじめて交わった日。

あの日から私たちは同じ方向へ歩きはじめた。


どんなに寒くてもアイスコーヒーを飲む夫と
どんなに暑くてもホットコーヒーを飲む私の
ちぐはぐな旅だ。



はじまったばかりの旅に
ふたり、
胸を高鳴らせていた。





ロン204.

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