新たな仲間に進める何冊か(2024年の春に)

 以前「新たな仲間に進める3冊」として,これから数学科に進学する人,数学を学び始める人におすすめの本を3冊紹介しました.

 この記事を書いてもう3年経っていますし,ぼく自身もこんな活動を続ける中で(あまり専門に近くない)数学の本に目を通す機会も増えました.この3冊がお勧めなのは変わらないとしても,今お勧めするならこんな本を,ということで何冊か追加したいと思います.

 たぶん数学科で学び始めれば,おそらく各講義で教科書なり参考書なりという形でいろいろな本を知ることになるでしょう.そんなわけで,今回も講義の参考書には選ばれなさそうな本を選びたいと考えています.ただ1つ注意しておくと,「講義の参考書に選ばれなさそうな」は「よろしくない」という意味ではありません.講義の参考書はどうしてもその題材に詳しいものが多く,講義で扱われない題材や分野横断的な本は拾われにくくなるのです.そういう本の中で「手元に置いておくといいよ」と考えるものを紹介したいわけです.

1.数学書房編集部『この定理が美しい』

 数学者は数学的センスの例として「子ども時代のガウスが1から100までの和をサラッと計算した」という逸話をひじょうにしばしば挙げる.多くの数学者がこの逸話になにかしら印象深いものを抱いているがゆえなのだけれど,ここから数学者の言い表す「数学の美しさ」には共通する理想像があるようだと推察される.

 本書は,多くの数学者が自らの考える「美しい定理」について書いたものを編んで作られている.それぞれの記事は各分野への導入記事としても読めるし,全体を通してみると数学の美しさとは何かという問いへの答えが浮かび上がってくるかもしれない.

2.ダニエル・ソロー『証明の読み方・考え方』

 伝説の書物,と言える.名著ではあるが長いこと絶版で入手不可能だったため,古書価格が高騰した.ぼくは図書館で借りて読んだが「数学の学び方」の本の中でもやはり随一を誇る完成度だと思う.

 数学を支えるのは「証明」である.証明によって,数学の主張は確固たるものとして永遠に輝き続ける.「証明をする」という行為が数学における重要なものである以上,そのやり方,あるいは学び方についてもどこかで一度きちんと学ぶ機会があってもいいと思うけれど,そういうことはあまりない.ないからには,自分で作ってほしい.そのとき,指針となってくれるのがこの本だ.

 新版を復刊したものだが,これもいつまであるかなあ,とちょっと思う.末永く読まれてほしい.

3.バシェック・フバタル『ポール・エルデス:離散数学の魅力 伝説の講義』

 ポール・エルデシュについては前回の記事にも書いた.圧倒的なバイタリティで数学と戦い続けた巨人といえる.この本はそんなエルデシュの真骨頂のひとつ,組合せ論を中心としてまとめたものである.組合せ論というのは,ぼくは個人的に憧れがある分野ではあるのだけれど,どの数学科にも専門家がいるわけでもなく体系的に学べる機会は多くはない.

 この書物は,組合せ論を最初からではなくエルデシュという天才の足跡に沿って講義形式でまとめている.あらためてエルデシュの業績を学ぶ機会はなかなかないので,この本の出版はぼくも嬉しかったし,1月に購入して以来じっくりじっくり読み進めている.

4.関真一朗『グリーン・タオの定理』

 今回挙げた6冊の中で,唯一「ひとつのテーマを語り切る」形式なのがこの『グリーン・タオの定理』.定理の主張は

素数のみからなる任意の長さの等差数列が存在する

というもので,シンプルながら「どうすればこれが分かるのか?」が想像しにくい大問題である.タオはこの業績によって2006年にフィールズ賞を受賞している.2006年のフィールズ賞受賞業績を日本語で完全に追うことができるというだけで,この本には稀有な存在感がある.もちろん難しいけれど,ある程度の期間をかけてじっくり読むのも手だと思う.

 ちなみにこの本に関連する(より簡単な)話題を扱った本としてア・ヤ・ヒンチン『数論の3つの真珠』がある.こちらも入手しにくい気がするので挙げなかったが,入手できるならこちらから読むのがいいかもしれない.


5.現代思想増刊『未解決問題集』

 挙げたには挙げたが,ちょっと挙げるのを躊躇った.というのも入手しやすさがわからない.これ以外にも「現代思想」誌はしばしば数学に関係する増刊号を出すことがあり,見かけたときには買うようにしている.一般に,数学書はいつ絶版になるかわからないのでほしいものは早く買い求めた方がいい……というのは学生時代にあまり本を買わずにいたために今になってちょっと後悔している龍孫江の助言である.

 なお,内容はミレニアム賞問題(クレイ数学研究所が提示した,21世紀の数学の研究の方向を指し示すと言われる7つの未解決問題)や,近年解決した問題についての総説記事がいろいろ収録されている.もちろん未解決問題(解かれたものも近年まで未解決だった)だから難しいものばかりだけれど,わからないなりにここに未踏峰があると仰ぎ見るのは悪いことではないと思う.数学にもいろいろな分野があり,なにを中心に据えて学ぶかは目指すものによって変わる.こういう本をときどき繰って目指すべきものを確認するのはモチベーションを維持するにも大切なことだと思う.

番外編.NHK「笑わない数学」制作班『笑わない数学』

 最後は番外編.ご存じ(ご存じですね?)『笑わない数学』の書籍版である.番外編にしたのは龍孫江もライターとして参加したからです(関係性の明示).

 NHKの作った番組の内容に沿って,勉強したが番組には盛り込めなかった内容やライターが補足したい話題を詰め込んでコンパクトにまとめた.テーマは素数,無限,四色問題,フェルマーの最終定理,確率論,ガロア理論の6つ.さすがにこれだけで「だいたい全部わかった」とはならないけれど,6テーマそこそこきちんと「かじれる」本も珍しいと思う.

前回紹介した3冊

 前回紹介した3冊ももう一度リンクだけ紹介します.間違いなくお勧めですのでご一緒にどうぞ.

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