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『職業遍歴。』 #8 歌舞伎町の薬局で働いた私が学んだコト①

筆者が過去に経験した「履歴書には書けない仕事(バイト含む)」を振り返るシリーズ第8弾。新宿歌舞伎町にある薬局でバイトしてたときの面白い経験です。

8. 薬局の店員

靖国通りとさくら通りの交差する、まさに「歌舞伎町の入口」に、ちょっと引っ込んでる一画がある。もう10年以上も、その場所には松屋が入っている。この松屋の前を通るたびに、私はなんともいえない懐かしさを覚える。この場所にかつてあった「新宿薬賓館」という薬局で、私は1年以上働いた。

ウェイトレスをクビになり、すぐ次のバイトを探さないといけない状況。私なりに戦略を練り、飲食店やコンビニとかではなく薬局だったら、多少「陰キャ」でも許されるんじゃないか?と考えたのだった。薬局の店員でハキハキしている人って、あんまりいない。薬局って具合の悪い人が行くものだから、店員があんまりハキハキしていたら逆に変だ。

そういう狙いが当たったのかはわからないが、私は採用になった。面接をしてくれた店長は30代後半くらいの福島出身の男性。東北訛りが激しくて、ちょっと変わった感じの人だったけど、素朴で穏やかで、親しみを覚えた。

その薬局は歌舞伎町という場所柄もあり、朝9時から深夜2時まで営業していた。私は平日と土日の昼にシフトを入れてもらっており、週5日間、朝9時から夕方17時まで働いた。そこの時給はほかの飲食店などに比べると若干高めの900円。月10万以上もらっていた。学生の私は親からの仕送りもあったし、おかげで結構余裕のある暮らしをしていた。

そこは薬局というより、ドラッグストアといったほうがいいかもしれない。処方箋の受付は行っておらず、薬剤師も店長一人だけ。薬類のほか化粧品や雑貨もたくさん置いている。けど「新宿薬賓館」という名称だったので、ここでは「薬局」と呼ぶことにする。

薬局の店員の仕事内容は、レジでの接客や商品を陳列したりなど。歌舞伎町の入口という立地で、チェーン店でもない薬局だし、値段が安いわけでもなかったので、昼の時間はあまりお客は入らなかった。けど夜のお客は多かったらしい。

薬の知識は、出している商品についてだけおおまかに覚えていれば大丈夫。これは花粉症の薬、これは頭痛薬、という具合に、その薬がなんの薬かだけ覚えていればなにも困ることはなかった。わからないときは薬のパッケージを見ながら接客することすらあった。お客に「どの薬がいいですか?」と聞かれたら、すかさず在庫の残っている薬を勧めた。

私は今でもそうなのだけど、このころから薬が大好きだった。薬は魔法だと信じていた。だって熱が出て辛かったり生理痛で動けなかったりしても、効く薬を飲めば一発で効き、日常生活を送れるようになる。薬、すごい。だから、薬の知識が増えていくのは楽しかった。

店長の口癖は、「風邪薬というのは、ないんです~」(東北訛りで)だった。風邪薬というのは対症療法でしかない。鼻水を抑えたり咳を止めたりするけど、それはただ症状を抑えているというだけで、薬によって風邪が治っているわけではない。本当に風邪を治すには、よく寝てちゃんと栄養を摂るしかない。

店長はあろうことかお客に対してもその持論を展開した。「風邪薬というのは、ないんです~。風邪にはよく寝て栄養を摂るのが一番なんです~」

けど、お客は風邪の症状が辛くてそれを抑えたいと思っているわけで。それなのにそんなことを言われて、カチンときて、「そうですか。じゃあ、寝ます!」と言って、なにも買わずに帰ってしまうお客もいた。

また、そのころ私は鶴見済の『完全自殺マニュアル』を愛読していて、そのなかに出てくる「自殺できる薬」は、私の憧れだった。リスロンS、アタラックスP、といった薬はなかなか薬局には置いていなかったのだが、新宿薬賓館にはごく普通に置いてあった。「おお、これをたくさん飲めば死ねるのか・・・!!」と私は興奮した。ただ、これらの薬は、一度に二箱までしか売ってはいけないことになっていた。その規約にも萌えた。リスロンSを二箱買う人を見ると、「ああこの人は、きっとこの後別の薬局を探し回ってリスロンSを大量に買い、自殺を図るに違いない」と思い込んで、なにか言ってあげたほうがいいのではないか、と考えたりもした。けど、実際に私がお客になにか言ったりすることはなかった。

咳止め薬で「ブロン」というのがある。シロップで、計量カップがついていてそれで量を測って服用する。ところが、このブロンをなぜか10本とかまとめ買いする人が多かった。じつはブロンは、多量服用すると多幸感を感じたり、トリップする感じがあるらしい、とそのとき私は初めて知った。ドラッグの代わり的な代物らしいのだ。

ブロンの乱用は社会問題にもなり、ほどなくして、新宿薬賓館でもブロンは一回1本までしか売ってはいけないことになった。けど、一日に何度も来店しては「1本のブロン」を買い求める人もいた。ブロン中毒者だ。やばいとはわかっているが、売れない、と言うと「なんでだ」とすごまれる。場所柄、ヤクザ関係のお客も多かったから、すごまれると売らざるをえない。ブロン中毒者は、買ったその場で、得意げにブロンを1本一気飲みしてみせた。びくびくしながら見守る私に、こうしてブロンを一気飲みすると気分が良くなるのだと、ニヤニヤ笑いながら言った。

新宿薬賓館でのバイトは、ほかにも歌舞伎町ならではのいろいろな面白いエピソードがあった。長くなったのでまた改めて書きたいと思う。



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