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『職業遍歴』#10 新聞拡張団は、社会の吹き溜まり①

筆者が過去に経験した「履歴書には書けない仕事(バイト含む)」を振り返るシリーズ第10弾。学生時代にバイトしていた新聞拡張団のお話です。

10. 新聞拡張団の事務

「新聞拡張団」ってご存じだろうか。突然訪問してきて「新聞とりませんか?今ならビール券つけますよ。一カ月だけでいいですよ」とか言って、新聞契約を強引にとりつける、あれだ。読売や朝日などの大手新聞社も、新聞購読契約の勧誘のためにこうした組織を使っている。といっても拡張団は、新聞社とは独立した組織。契約をとった数に応じて新聞販売店から報酬を受け取っている。

大学の春休みにキャバクラでバイトした私は、そこで知り合ったお客のSさんが団長をしている新聞拡張団で事務のバイトをすることになった。実際に働くまで、新聞拡張団ってなんなのかよく知らなかった。おそらく多くの人が知らないと思う。普段家を訪れる新聞の勧誘の人たちを率いている組織があるなんて。

私の仕事は、拡張団の事務員として、団員たちの給料を計算したり、日々上がってくる団員たちの日報をまとめたりなどの作業だった。このほか電話対応や、団長に言われた雑用をやったり、事務所を訪れる団員にお茶を出したりなど細かなこともいろいろあった。このバイトは割りがよかった。日給一万で、午前だけとか午後だけということもできる(その場合は5000円)。給料は現金払い。給料日じゃなくても、自分の好きなタイミングで申請すればその場で団長が財布から現金を支払ってくれる。日払いにすることもできる。この給与システムだけみても、ちょっと特殊な世界であることはおわかりいただけるだろう。

朝は、「班長」と呼ばれる団員が次々と事務所を訪れる。拡張団は5~6人くらいの団員の班で構成されており、班ごとに日替わりで様々な持ち場へ出向く。持ち場は都内だけでなく埼玉や千葉など、広範囲に及ぶ。私のいた拡張団は班が5班くらい、団員の数は30人ほどだったと思う。班をとりしきるのが班長の役目。班長は団員一人一人を管理し、それぞれが書いた日報をまとめて班の日報を作成して事務所に提出する。朝は必ず事務所に顔を出して団長と話し、前日の枚数(新聞契約数)を報告したり、困ったことがあれば直接団長に話したりする。毎朝こうして団長が各班長の顔を見て、各班の稼働状況を確認し、「今日もがんばってこい!」と叱咤激励する。

団員によって、成果は大きく違う。一日何枚も売り上げられる人もいれば、ゼロの人もいる。それは収入に直結する。拡張団員の給料は完全歩合制。売り上げた分の報酬しか入らない。売上が多い人は月50万以上の収入を手にする人もいる。でもそんな人はごく一部だ。大半は普通の会社員の月収分を稼ぐこともできていない。中には月収がマイナスになる人もいる。マイナスになるとはどういうことかというと、借金があるからである。

拡張団というのはじつは数多く存在している。同じ朝日新聞だったとしても拡張団は複数ある。ある拡張団で思うように成果が出ず、別の拡張団に移る、というケースも多い。その場合、移り先の拡張団が、前の拡張団に対して、お金を支払う。前の拡張団に借金があった場合は、その借金も含めて移り先の拡張団が支払う。人身売買のようなものだ。借金があるような団員は当面の生活費もない場合が多いので、その当面のお金も移り先の拡張団が支払うことになる。このときのお金を、月々の給料から天引いているわけだ。

団員のほとんどは事務所が契約しているアパートを2~3人でシェアして住んでいる。だから住むところには困らないのだろうけど、こんな収入で、しかも借金もあって、この人たちはどうやって生活しているのだろうかと、学生の私でも心配になるくらいであった。

なぜこの人たちは普通に働かないのだろう?と学生の私は疑問に思った。普通に会社勤めをすればそこそこの収入を得ることができる。私が見る限り、拡張団員の仕事は大変そうだ。朝から晩まで営業して回って、それでも売り上げがなければ収入がないなんて。

けれど、彼らはさまざま事情があって、普通には働けない人たちなのだ。そんな彼らの受け皿となっているのが拡張団だ。履歴書も職務経歴書もここでは必要ない。どんな人間であれ雇用を与えられ、がんばれば高収入の可能性だってある。

月に何十万も売り上げを上げているような優秀な拡張団員は、いかにもトップの営業マンといった感じで、人当たりもよく、外見にも気を配っている。他方、月収マイナスという団員は、こういう言い方はよくないけど社会不適合者という雰囲気を漂わせている。こうした人が多数在籍するのが新聞拡張団だ。いわば社会の吹き溜まり的な。

団員の入れ替わりは激しかった。問題を起こしてほかの拡張団に移る人も多かったし、突然姿をくらます人なんかもいた。姿をくらました人の部屋を班長が訪れると、カップ麺の殻が高々と積み上げられていた、なんて世知辛い話も聞こえてきた。

事務所には毎日さまざまな団員が訪れる。なかには気性の荒い人もいて、最初のうちはちょっと怖かった。けど、慣れてくると彼らは別に悪い人じゃない、ということがわかった。私が接したなかでも、本当に悪い人、というのはいなかった。ちょっと怖いけどじつはいい人だったり、やさしかったり、面白かったり。団員さんたちとのちょっとした雑談は、楽しかった。

新聞拡張団と暴力団の関係が取りざたされることもあるということは、ずっとあとで知った。働いている間、暴力団の存在を意識したことはなかった。けれども、その関係なのかはわからないが、ちょっとシャレにならない事態が勃発した。団員たちの間に、シャブが横行しはじめたのだ。

続く

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