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JDがどら焼き(?)を食べて感動する話

 学生というのは非常に忙しいものである。
 否、正確には大学三年生で、ゼミを取っていたり、実験のレポートに追われていたりする大学生と言う生き物は非常に忙しいものである。加えて就活などもしなければならない。故に、ネコの手を借りたいくらい忙しい。
 ちなみに、本が山積みになっている教授の部屋を片つけるのはゼミ生の仕事ではないし、下手にやって崩したくもないのでそこは論外である。
 兎にも角にも大学生というのは忙しい。
 しかし、人間というのは忙しくても、欲求と言うのは生じるものである。
 何が言いたいかと言うと、私は今データ分析と解釈の作業に追われているのにも関わらず、ある欲求に襲われていた。マズローの動機階層に従うなら、一番下の生理的動機の一つに該当するであろう欲求。つまり、ホメオスタシス。それがある動機を引き起こしている状態なのだ。
 具体的に言ってしまうと三大欲求のうちの一つを求めているのだ。
 まあ、簡単に言ってしまうと――
――クリームマシマシパンケーキが食べたい!
 そう、甘味が食べたいのだ。それも、ハワイアンパンケーキのように、クリームたっぷり見るだけで胃がもたれそうなくらい甘いやつを。普段なら絶対に食べないであろうそれを欲しているのだ。
 つまり、分析やらなにやら数字と格闘しすぎて、脳が糖分を欲しているのだ。摂食動機が生じているのだ。心理学っぽく言うと。いや、どっちかって言うと生理学か? まあ、それは今は重要ではない。
 重要なのは、摂食動機が生じているのに、休みなくデータとにらめっこを続けなければならないということだ。
 何故ならば、今は十二月の半ば、冬期休暇中。それなのに、調査に手間取り、年明けには論文を書いて提出しなければならない。
が、データの分析と解釈が全く終わっていないという最悪な状態なのである。それを打開すべく教授の部屋に集まり(と言っても来ているのは私だけだったりする)、データの解析を一刻も早く終わらせなければならない状況にあった。
 しかも、院生に手伝ってもらってようやく少し前進と言ったところなのだ。
 自業自得とは言え辛い。
 だが、弱音を吐く前にやらなければならない。自分の欲求より目の前の課題。それが大学生だったりするのだ。
 はいそこ、自分は大学生活楽だったけど? とか、社会人なんて毎日ですが? とか言わない。環境が違うのに比較するんじゃねえ。
 愚痴ばかりが零れそうになり、顔をしかめる。手伝ってくれている院生が憐みの視線を送ってきたが気にしない。というか、手伝ってくれてありがとうございます……。
 愚痴と欲求を何とか抑えつつデータ分析を続けた。
              *
 ふと、ゼミの担当教授が顔を上げ、今日はもう終わりにしようか、と声をかけてきた。時計を見ると本来のゼミの時間をすこしオーバーしていた。
ようやくデータから解放されたぁ、と軽く伸びをする。肉体的な疲労よりも、精神的な疲労の方が大きい。
 院生に手伝ってくれたお礼を言ってからパソコン類を片付ける。教授と院生の会話を聞く。
 一応、真面目に話を聞きいていたが、私の頭の中はクリームとカラメルソースマシマシパンケーキが頭の中を占めていた。
まあ、現実的に食いに行く場所もないので、お気に入りのワッフルでも買って食べるか、なんて考えていると声を掛けられた。
「この後、近所でお茶しようと思うんだけど、一緒に行く? 」
 思わぬお誘い。即答で行きたいです! と答えた。院生も一緒に行くという。いろんなお話聞けそうだし、甘いものも食べられそうだし、一石二鳥だと思いながら荷物をもって教授室を後にした。
 あ、財布の中身大丈夫かな……。
 昨日、某アーケードゲームのガチャで爆死したことを思い出した。新キャラが実装され、欲望のままに引いてしまったので財布が軽いのだ。ガチャは悪い文明、破壊すべし。
 まあ、お茶しに行くくらいなら大丈夫だろう。それに、今は財布より甘味だ。思考を切り替え、二人について行った。
              *
 お茶と言っても、私の大学の周りにはお洒落なカフェは存在しない。カフェは存在しないがお洒落な飲食店や有名ファストフード店はある。
 となると、お茶をするのなら必然的に学食か、学校の目の前のお洒落なパスタ屋になる。キャンパスの外に出たので、今回はどやら後者らしい。まあ、この時間は学食が開いていないで当たり前か。
 このパスタ屋はパスタもそうだが、食べ放題のパンも美味しいらしい。食べたことないけど。というか、一回も行ったことないけど。
和風の面立ちをした店舗に入ると、寒かった外と比べ暖かく快適だった。木製の椅子やテーブルが、何となくとあるスキー場のレストハウスを思い起こさせた。まあ、ここの方が綺麗だし、ざわざわしていない分、かなり落ち着く。
 店員に適当な席に通され、教授はソファー側に、私と院生はその向かいの椅子に座った。荷物やコートは教授の許可を得て周りに置かせてもらった。
てかてかとしたメニュー表を開くと、様々な種類のパスタや軽食、スイーツの写真が載っていた。
 ぐう……。昼飯抜けばよかった……。昼に食べた上海焼きそばを恨みながらスルーしていく。次来たらパスタ食べよう。
 パスタ美味しそうね、食べてもいいのよ? と言われたが、流石に遠慮した。昼飯を食べ来てしまったし、何より、今は甘いものが欲しい。
 院生の方も夕飯代わりに食べるか否かすごく悩んでいたが、スイーツのページに行っていた。
 スイーツもまあまあ充実していて美味しそうだった。選ぶのにものすごく悩む。ティラミスにパフェ、どれも美味しそうだ。
 ふと、目に留まったものがあった。どら焼きらしきものだった。
 パンケーキのように皿の上に乗り、一層目には餡子、二層目にはホイップクリームが挟まれており、横にはカラメルソースのようなものと、クリーム色っぽい白いアイスが添えられていた。
 これ、どら焼きなのか? と思いつつ、食べたかったものに一番近かったので、それを注文することにした。ティラミスとかなり迷ったのは秘密である。
 院生の方と教授もそれぞれ注文するものが決まったらしく、店員を呼んで手早く注文した。
 ドリンクを先に取って来てよいと言われたので、ドリンクバーに足を運ぶ。
 ホットティーやコーヒー、いかにもお食事系やスイーツに合いそうなドリンクが置かれていた。だが、私は敢えてジンジャーエールを選ぶ。ジンジャーエールは甘いのだが、すっきりしていて飲みやすい。甘いものには不向きなような気もするが、あの金色が弾ける様と独特な味を味わいたくなった。敢えてと言ったがこれ以外に理由はない。
 金色の液体がグラスの中で、私にツッコミを入れるかのようにぱちっと弾けた。
              *
 研究の内容から割とプライベートな話まで、注文の品が届くまでいろいろな話が飛び交う。論文の話から今行われているのであろう実験の話、プライベートな近況から家族の話。正直大学生ではわからない部分の話も多いが、専門がほぼ同じため何とかついていける。
 取り敢えず、会話から把握したのは、院生って楽しそうだけど、経済的にはきつそうだな、ということだった。親からの支援がなくても上手くやれば研究ができることを知れたのは思わぬ収穫だった。
 まあ、今更大学院進学とかできないけどね……。
 などと思っていると、注文していたスイーツが届いた。
 普通のどら焼きより少し大きめで皮が三枚重なって層になっている。間に挟まった少し艶やかな餡子とホイップクリームがたっぷり入っていて、どら焼きの高さを高くしていた。横には、甘い香りを漂わせるカラメルソースが白い器に入っており、白いアイスもどら焼きの横にそっと添えられていた。
 凄い、美味しそう……。
 ここである問題にぶち当たる。カラメルソースを先にかけるべきか、半分ほどそのまま楽しんでからかけるべきか。これは、かなり重要な問題である。
 正直、カラメルソースをかけて甘みを堪能したい。だが、上級者なら半分食べてからかける。つまり、一度で二度おいしいをやるだろう。本来ならそれが正しい。そうするべきだ。
 しかし、それ以上にカラメルソースの香りが、かけろと誘惑してくる。
長すぎるような一瞬の思考は、あっさり決着がついた。
 なんと、どら焼きの上にカラメルソースを無意識にかけていたのだ。
 え? 意識的にかけたんだろうって?
 ええ、まあ。なんと言うか、欲に負けました。我慢できるほどオトナじゃないので。
 カラメルソースをたっぷりかけ、ナイフで一口大に切ってから頬張った。
 こ、これは! うまく隠せているのか自信がないくらい、私は動揺した。そう、まるで、別作業中に大事なデータを間違えて消してしまった時くらい、動揺していた。何故なら――
――美味い、美味すぎる
 餡子とクリームの甘みが口いっぱいに広がり、カラメルソースのほろ苦さが甘さのバランスを整えている。さらに、生地はふんわりとしていて、口の中で解けるようだった。
 思わず笑みがこぼれる。休日出勤した甲斐があったなあ。いやあ、仕事終わりの甘いものはしみるぜ。
 そうだ、二口目はアイスと一緒に食べてみよう。真っ白なアイスをどら焼きの上に載せ、餡子と一緒に頬張る。
 美味い、わかっていたが美味い。ひんやりとしたアイスの冷たさと、ふわふわで温かいどら焼きのハーモニーがたまらなく良い。
 程よく、口の中で溶けるアイスの甘さと餡子の甘さ。カラメルソースのほろ苦さ。まるで、和菓子のような上品さがたまらない。
 ふと、視線を感じて顔を上げると、教授が微笑ましそうにこちらを見ていた。なんか恥ずかしい。
 そして、何故か半分食べるか、と聞かれたが丁重にお断りした。流石に、教授の分まで取って食べる勇気はない。
 いや、これが親とかなら有難く貰ったけど。教授となると何となく、食べづらい。理由は自分でもわからないが、恐らく、感覚的なものだろう。
 できるだけ、教授の方を見ないように食べ進めた。見たら多分、色々ともやもやしそうだったから。
 クリームと餡子、餡子とアイス、全部乗せ。楽しみながら食べていると、最後の一口になってしまった。
 くう、このたまらない組み合わせがあと一口。もっと食べたいけど、胃が完全に満たされている。
 名残惜しさを感じながら一口、ぱくり。
 美味しいおやつでした。ご馳走様でした。
 割り勘しようと財布を出そうとしたら、教授が伝票をもってさっさと行ってしまった。
 普段研究頑張ってるのと積極的に研究に参加しているご褒美らしい。研究の被験者になるのはほぼ趣味の反中なのだが、それでもご褒美をもらえるのは嬉しい。
 教授にきちんとお礼を言って二人と別れた。
 ちなみに、自分たちの研究論文が締め切りギリギリになったのは、また別の話しである。

あとがき
最近note更新が多い椿です。
このお話は、大学三年生のころゼミ論に詰まり、孤○のグ○メごっこしたくて書いたお話です。
なんというか、自分でも何が書きたかったのかわからないですが、とにかくおいしそうで、お腹がすきますね……。
パンケーキみたいなどら焼き、また食べたいなあ。
しばらくは、過去作を引き上げて、再掲することが多いと思いますが、その時はまた読んでくれると嬉しいです。
それでは。
※サムネイル画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

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