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[西洋の古い物語]「水のしずく」

こんにちは。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
今回は、川を流れる水のしずくが身の上話を語るお話です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※画像はフォトギャラリーからお借りしました。美しい青い花びらの真ん中で星がまたたいているようですね。ありがとうございました。

「水のしずく」

一人の子どもが小さな小屋に住んでおりました。小屋の中には小さなベッドと姿見が一つあるきりでした。でも、最初の日光が開き窓からそっと滑り込んできてこの子の可愛らしい瞼に口づけし、紅雀やムネアカヒワが朝の歌で楽しげに彼を目覚めさせますと、すぐに彼は起き上がり、緑なす牧場へと出かけていきました。

子どもは、桜草には小麦粉を、菫にはお砂糖を、そしてキンポウゲにはバターをくださいなとおねだりしました。キバナノクリンザクラから露の雫を何滴か振り落としてイトシャジンの花のカップに入れ、大きなライムの葉を広げて、その上に朝ごはんを並べ、お上品にお食事をいたしました。彼はミツバチと陽気な蝶々を彼のご馳走のお相伴に招きました。でも、彼の一番大好きなお客様は青いトンボでした。

ミツバチは自分が蓄えた富についてたくさん喋り、蝶々はこれまでの冒険の数々を話しました。こういうお話は子どもを喜ばせました。彼の朝ごはんはもっと美味しくなり、葉や花に注がれる日光は一層輝き、にこやかに見えました。ミツバチは花から花へと蜜をもらいに飛んで行き、蝶々も遊び仲間の所へとひらひらと行ってしまいましたが、トンボはじっととどまり、草の葉の上に止まっているのでした。彼女のほっそりとした光沢のある体は、深い青色の空よりももっと輝かしく深みのある青色で、日光の中で光り輝いておりました。網のような翅は花々に嘲り笑いを投げかけました。だって、お花たちは飛ぶことができず、じっと立って風雨に耐えねばならないのですもの。

トンボは澄んだ露の雫と青い菫の蜜を少しすすると、天翔る言葉をささやきました。トンボが語ったお話といったら!子どもは青い瞳を閉じ、頬杖をついて、じっと動かずに座っておりました。この子は眠ってしまった、とトンボは思いました。そこで二重の翅を整えると、トンボはサラサラと音を立てる森の中へと飛んでいきました

でも、子どもはただ楽しい夢の中に沈んでいただけで、自分が日光か月光だったらいいのに、と願っていたのでした。もっともっと、ずっと永久にトンボのお話を聞いていられたら嬉しかったことでしょう。

でも、あたりがしいんとしていたものですから、とうとう彼は目を開き、大事なお客はどこだろうと回りを見回しました。でもお客は遠くへ飛んでいってしまいました。子どもはもうこれ以上一人でそこに座っているのが耐えられず、立ち上がってゴボゴボと音を立てて流れる小川へと行きました。小川の水はいかにも楽しげにほとばしり、さかまき、とても荒々しく跳びはねながら流れ、頭から真っ逆さまに川の流れに身を投げ出すのでした。大急ぎで。まるで自分がそこからほとばしり出た巨大な大岩がすぐ後ろに迫っていて、命がけの跳躍によってやっと切り抜けられたとでもいうように。

それから子どもは小さな波たちに話しかけ、どこから来たのかを尋ねました。波たちは彼に答える間もじっとしてはいませんで、一つまた一つと踊りながら行ってしまいました。でもとうとう、可愛いこの子が悲しまないようにと、一滴の水のしずくが岩の後ろで立ち止まりました。

「私、ずっと昔はね」と水のしずくは言いました。「数え切れないほど大勢の妹たちと大海の中で暮らしていましたの。平和に、みんな一緒に。私たち、いろんなことをして遊んだわ。空中高くまで背伸びしてお星様たちを覗いたこともあるわ。深い海の底に飛び込んで珊瑚の作り手さんたちが働くのを見たりもしたの。あのひとたち、お日様に届こうとして、くたびれてしまうのよ。」

「でも、私ったら自惚れ屋さんで、自分は妹たちよりもうんと偉いんだと思っていたの。それでね、ある日、お日様が海から昇ってきたとき、私、お日様の熱い光線にしっかりとつかまったの。どうやったらお星様たちの所へ行って私もお星様になれるかしら、と考えて。」

「だけど、遠くまで昇る前に日光は私をふるい落としたわ。そして、いやも応もなしに、私を黒い雲の中に落としたの。するとすぐに焔の閃きが雲をつんざいて・・・きっと私死んじゃうんだ、と思ったわ。でも、雲は山の頂きにそっととどまったから、それで私は逃げ出したの。」

「隠れていなくちゃ、と思ったけど、突然丸い小石の上を滑り落ちて、石から石へと転がって、山の深い所に落っこちたの。最後には本当に真っ暗になって、何も見えず、何も聞こえなくなったわ。」

「そのときわかったの。本当に、『高慢は転落に先立つ』ってね。私はもう自分のろくでもない自惚れを全部雲の中に置いてきたのだけれど、私に与えられた罰は長い間山の奥深くにとどまることだった。金属や無機物の秘かな力から何度も浄められ、やっと再び自由で朗らかな空中に上がってきて、この岩から湧き出し、幸せなこの流れと一緒に旅をすることを許されたの。今に私は海の妹たちのところへと戻っていくのだわ。そしてそこで忍耐深く待つのよ、何かもっと善いことへとお召しがあるまで。」

水のしずくは子どもにそう言いました。でも、話し終わるか終わらないうちに、勿忘草の根っこが彼女をとらえて吸い込みました。彼女は小さなお花になったことでしょう。そして緑の地上に浮かぶ青い星のように明るく瞬いたことでしょう。

「水のしずく」はこれでお終いです。

富、冒険、美は一時子どもを楽しませましたが、飛んでいってしまいました。そして海へと急ぐ小さな波たちも。
元はと言えば自分の自惚れから、天上の星になろうとした水のしずくは、山の深く暗い所に落ちて長く罰を受け、今、許されて、やっと川へと湧き出して故郷の海を目指します。でも、彼女への「お召し」はすぐそこにあったのですね。水のしずくは勿忘草を潤して、青い星のような小さなお花になりました。やがて役目を終えたしずくは、空中へと蒸散して、いつか空のお星様になるのでしょうか。それともまた地面にしみこみ、川の流れに合流して、懐かしい海へと還っていくのでしょうか。子どもは水のしずくのお話をずっと心にとどめることでしょう。どこかでまた会えるといいですね。

今回もお読み下さり、ありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。

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