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超人

 前方に構える「異星人」との距離は、ざっと五メートルほどと言ったところか。幸い、奴の後方は行き止まり。仕留めるなら、ここしかない。
 路地裏は狭いが、やはり戦いやすい。
「…最後に、何か言い残したことはあるか?」
 俺の問いに、異星人は答えない。ただ、苦悶の表情(らしきもの)を浮かべ、月明かりに吠える。
「き…貴様は、何故、私たちを滅ぼそうとするのだ」
「それに、答えはいるのか? 地球は、お前たちのような外来種が住む場所ではないんだよ」
 宇宙からやって来た知的外生命体——通称・異星人。そいつらが地球にやって来たのは、今から百年前の話だ。奴らの住んでいた惑星が滅亡の危機に迫っていた折、宇宙船を使って地球に避難して来た。見た目は、人間そっくり。外見的違いは、耳が少し尖っているぐらいで、ぱっと見は気付かない。異星人どもがかつて住んでいた星も、地球とほぼ同じ環境だったそうだ。だから、俺たちの星に移住して来た。
 最初は、どこの国も異星人に好意的だった。まるで、動物園にいるパンダを愛でるように、異星人を丁寧に扱い、盛大にもてなした。だが、異星人は我々地球人と決定的に異なる点があった。それは、人間よりも遥かに高い知能と身体能力を有していたことだ。
 三十三万年かかると言われていた円周率の果てを、三歳児がたったの三時間で言い終え、人類最速と言われていたウサインボルトの記録を、八十歳の老婆がいとも簡単に抜き去った。奴らが俺たちと何の問題もなくスムーズにコミュニケーションを取れたのも、この星に存在する約七千以上の言語を半日足らずで習得したからだ。
 世界は、次々と塗り替えられていく歴史に恐怖した。
 あらゆるものが異星人基準に変わっていく。数千年かけて、人類が築き上げてきた名誉も地位も力も。やがてその恐怖心は、嫉妬にも似た敵対心に変わっていき、国を、世界をかけて迫害が始まった。しかし、我々よりも先を進む異星人に勝てるはずもなく、一度、人類は壊滅の危機に陥った。
 だが、人類は諦めなかった。世界中から学者や研究者を集め、異星人に対抗する唯一の存在・「超人」を創り上げたのだ。生身の人間に改良という改良を重ねて完成した、人間を超えた生物——超人は、異星人の半分以上を根絶やしにし、瞬く間に世界の、いや地球の英雄となった。
 そう、その超人こそが俺なのだ。
「超人、お前は何も知らない。私たちとお前は、所詮、同じ穴のむじなだ。いずれ、気付く。この星の真理に…。迫害に終わりはないということに」
「…最後の言葉は、それで終わりか?」
「ああ、お前の方こそ、最後の言葉は、そんな問いかけで終わっていいのか?」
 異星人は、不敵な笑みを浮かべ、発光する。この光は——
 俺は上空に跳ぶ。羽は生えていないが、跳躍力はユキヒョウのそれと同じだ。空の上も跳び回ることができる。そして、遥か上空に辿り着く頃に、異星人は爆発した。予想通りだ。自爆を図ったのだろう。俺には、一手先の未来まで予知する力が備わっている。この未来は絶対に外れない。最も、これは改造によって備わった力ではなく、先天的なもののようだ。
 ともかく、これで残る異星人も片手に数える程度だった。ここまで、本当に長かった。地球の期待を一身に背負い、戦い続けてきた。それも、もうすぐ終わる。終わったら、俺はどう生きていこう。 
 まだ遥か上空にうっすらと見える月。いつかは、そこに旅して、この青き美しい星を見てみようか。俺が命をかけて守り抜いたこの星を。
 そんな希望に満ち溢れた将来に頭を巡らせていると、耳に付けている発信機が鳴った。
「はい、こちら六三七号。只今、一体の異星人を殲滅し終えたところです」
『ご苦労、六三七号。お疲れのところ悪いな。私だ。久しぶりだな』
「ホワイト博士…。お久しぶりです。どうなさったのですか、いきなり」
 俺を創り上げた、最高責任者であるホワイト博士が連絡をしてくるのは珍しいことだった。懐かしいその声に、いくらか気分が高まる。
『何、大したことではないよ。ただ、元気にやっているのか気になってね…』
「ははっ、元気ですよ、俺は。何たって、もうすぐこの戦いが終わるんだ。今は、余生をどう過ごしていくかを考えることで頭がいっぱいです」
『……そうか、それはいいな』
「博士の方こそ、これからも研究を続けていくおつもりですよね? いつか、研究室にお邪魔させてください。何か、俺もやりたいことのきっかけが見つかるかもしれない」
『ああ、そうだな…。私は、いつでも待っているよ』
 少し、元気がないように思えた博士に別れを告げ、俺は上空を飛び回った。星を見つけるべく小一時間飛び続けたが、結局一つも見つからなかった。

 そしてその一週間後、遂に俺は地球に残る最後の異星人と対峙した。
「超人よ、所詮、貴様は力を持ち過ぎた人間に過ぎないのだ。人類が、私を葬ることはできない」
 異星人の王と呼ばれているだけあって、今まで相手にしてきた個体とは比べようもなく強い。一瞬、死が頭をよぎった。体は、ボロボロで、もう戦うことのできない段階まで来ている。
 でも、ここで立ち上がらなかったから、残った人類はどうなる。俺には使命があるのだ。この星を守り抜くという、尊き使命が。
 意志が、執念が、闘志を奮い立たせる。
 振った一撃の拳が、異星人の胴体を貫いた。「き…貴様…の、どこに…そ、そんな力が…」
 異星人は、音を立てて、その場に崩れ落ちていく。地球人と同じ色をした赤い血が地面に広がっていく。見惚れてしまうほどの鮮やかな赤だった。
 広大な砂漠には似つかわしくないその液体は、やがて砂にまみれていく。
 全てが、終わった。
 ようやく、地球人だけの平穏な世界に戻っていく。ここまで来るのに、多くの犠牲もあった。でも、争いも迫害もない静かな夜がこれから訪れるのだと思うと、涙が溢れそうになった。これが、これこそが、人々が夢見た結末なのだ。
 感傷に浸りそうになっていると、発信機が鳴った。政府からだろうか。俺は、応答する。
「はい、こちら六三七号。只今…」
『六三七号、今まで、大いにこの世界、ひいてはこの星のために力を尽くしてくれた。ご苦労だった。誠に感謝している』
 声の主は、某超大国の大統領だった。
「労いのお言葉、ありがとうございます」
『君に、残念な報告があって、今回は急遽、連絡を入れた次第だ』
「…と言いますと?」
 邪悪に満ちた、嫌な未来が視えた。
『先程、君の創造主であるアテナ・ホワイト博士を、処分した』
 一手先の未来は、絶対に外れない。
『彼は、人類に牙を向き兼ねない、強大な人間兵器を造った。平和をもたらす存在でありながら、その力は危険極まりない。これは、地球に対する謀反だ。許されざる罪である。我々は性急に判断を下した結果、君を国際指名手配した。今君の元へ、軍隊が向かっている。抵抗をやめて、直ちに無条件降伏をするなら……』
 話終わる前に、発信機を耳から引きちぎる。
 同時に、俺は一週間前に異星人が口にしていたことを思い出していた。
〝私たちとお前は、所詮、同じ穴のむじなだ。いずれ、気付く。この星の真理に〟
 全ては、人類のシナリオ通りだったというわけか。
 正義と悪は、時代の都合によって、その姿を変えていく。また、容易に入れ替わるものだと、絶滅した異星人どもは知っていたのだ。
 夜空を仰ぎ見る。おびただしい数の戦闘機が蠢くそこには月明かりをも遮断する、真っ暗な闇が広がっていた。まるでそれは、この星に生きる人々の心を表しているようだった。そこに、煌めく星々は一つたりとも存在しない。
 もし、今視えている、一手先の未来を変える道があるなら、即ちそれは、戦うこと以外の道はなかった。

 黒き上空へと跳ぶ。跳んだ瞬間、爆撃の雨が一斉に俺を目がけて、降り注いだ。
 だが、恐れは微塵もなかった。
 俺は星一つ滅ぼすことぐらい造作もない、超人なのだから。

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