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良いことばかり言う人は、あまり信用できない

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\「何事もバランスって大事だよね」というお話/

わたくし、ゲームライターという職業柄、発売まえのゲームをプレイすることも多いのですが、取引先(メーカーやメディア)に「口外してもいいよ」、「ぜひ宣伝してください~」などと言われない限り、発売まえのゲームの感想や詳細などを話さないようにしています。

むろん当たりまえですけど、許可も取らずにネット上でつぶやくなんてことはもってのほか!

じつは、かなりまえの話ですが、とある仕事でプレイしていたゲームの感想(批判)を、タイトルは伏せつつネット上でやんわりとつぶやいたのですが、それが業務上ちょっと問題になってしまったことがあるんですよね。

それからというもの、発売まえの作品はもちろんですが、発売後の作品であっても、そのゲームの感想(とくに"良し悪し"の"悪し"に関して)は、SNSやブログなどであまり積極的に発信しないようにしています。

なんで、こんな話をしたかというと……ここ近年、世のなか的に"批判を言ってはいけない風潮"が強くなりつつあるなあ、と感じているから。

ネガティブな話題が敬遠される傾向にあり、マイナス面には目を向けず、一切否定的なことを言わないポジティブシンキングな人が増えてきた印象もある。

それはまったく悪いことはではないのだけど、ただ個人的には、どんな物事も、片方に傾倒しすぎるのは、ちょっとどうかな、と思っている。

正直、良いことばかり言う人は、あまり信用できない。

ギリシャの哲学者アリストテレスは、"中庸の理論"というのを唱えているのですが、己の精神をベストな状態に保つためには"過不足のない状態"、つまり"中庸"にする必要があると言っている。

アリストテレスさん。Wikipediaより。

たとえば"勇気"、これは精神の陰と陽のバランスが取れている状態であって、過多だと"無謀"、過小だと"臆病"になってしまう。

さらに、"自尊心"は、過多だと"虚栄"、過小だと"卑屈"になる。

つまり何ごとも"~しすぎ"、"~しなさすぎ"、どちらか一方に偏ってしまうのは、もう一方が見えなくなってしまう危険性があり、さまざまなものごとに対して適切ではない、と思うんですよね。個人的には。

長所と短所、 光と影、表と裏など……すべての物ごとには必ず2面性がある。だからこそ、ボクは日ごろから、"もう片方の異なる面にも目を向ける"ことを意識するようにしているのですが、そのうえで、長所でも短所でもなく、 光でも影でもなく、表でも裏でもない、そんなどちらでもない曖昧な部分に、物ごとの本質があるようにも感じています。

※タイトル画像(イラスト)はAIによる自動生成によるもの。


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