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【文の芸術、文芸】シアン稲葉浩志 作品展 角川武蔵野ミュージアム


B'zのボーカリスト稲葉浩志の35年に渡る作詞活動に着目し、まとめた本の出版を記念した角川武蔵野ミュージアムでの展覧会。

1ファンなので見に行った訳だが、先ずそれは置いておいて、(溢れるパッションを抑えつつ)冷静に。

【言葉の芸術】

言葉の芸術は長い物語や論文だけでなくて、抽象表現も可能な詩というものの可能性も、もっとあるのではないかと感じた。
絵画に具象絵画、抽象絵画と分野がある様に。

展示を見ながら昨年、東京国立近代美術館のコレクション展示室の小企画「ポエムの言い分」という展示に寄せて現代詩のアーティストのコメントを思い出したのだ。
(気になる方は「東京国立近代美術館 ぽえむの言い分」で検索して趣旨を読んで欲しい)


昨今の「ポエム」という言葉の茶化され具合に辟易していると。ともすると、揶揄的な意味合いを含む言葉にいつからなってしまったのか。
詩、歌詞、散文、ポエム。
文、文字の芸術。立派な文芸なのに。
稲葉浩志の作詞、詩の展示を通して、同じ芸術として、文芸としてもっと詩にスポットライトを当てて向き合うきっかけにできないか?と感じた。

展示室について

詩、言葉、というだけでここまぜ魅せることができるなら、イメージオブジェとかは不要なのでひたすら制作ノート画像の展示でも良いぐらいだ。本人の手書きの文字が強過ぎて、それ自体で作品として成立している。
だからちょっと厳しいことを言うと立体物が後付けのセットの様に少し浮いている?と感じてしまった。(が、空間を作るためには仕方ないことなのかもしれないし、デザインはあれが最良なのかもしれない。けれどエンターテイメント寄りに消化しなくてもよかったのでは?とも思う)

それでも、稲葉氏の作詞業の部分にスポットを当て、編集と製本を企画してくれたことは感謝である。
そしていつか公立文学館で展示企画をしてくれたらな、と思う。
「誰もが知るミュージシャン」と言う先入観を外して、「言葉を文字を『綴る、編む、作る』人」と言う視点から見ても興味深い創作の垣間が見れる展示だから。
広告分野のコピー展があるように。

…冷静な感想はここまで。

ここからはファンとして


溢れるパッションのままに書きます。

【驚いたこと】

「自分も書けそうと思って欲しい。書いてみたらいい」
と言う趣旨のコメントがあったのだ。
さりげなくものすごくマイルドに「誰でも表現者になれるから『ぜひ書いてみて』とそれを勧める」ことをしている。
この人、人に何か具体的な行動を勧めする人だったか。
これはかれこれ30年以上追い続けて初めて見た側面だった。ちょっと驚いてしまった。

詩ということに関してだから生まれた発想なんだろう。

誰でも何かを表現できるんだよ、だから勇気を出して、と。静かに。
恐ろしいな。
否が応でも勇気が出てしまうではないか。
もしかしたらそれが何かの光になる人がいるかもしれない。
(まーた救われてしまうのか!)

この辺りからは更にB'zファンの魂爆発

なので生暖かい目で読んでいただければ。

「この作詞というきっかけを与えてくれたのは松本さんのおかげ」
的なこと言うのですよ。
うぉおおお…泣ける。稲葉さんはいつでも松本さんへの愛を忘れない。

田村正和氏に似てるなと思ったけれど古畑任三郎の頃より今の稲葉さんの方が歳上と気がつき絶句。


【名曲の裏側】
過去のB'zの名曲の作詞の試行錯誤をした形跡がわかるノート画像はグッときた。今まで、代表作の作詞ノートの幾つかは見てきたが、これだけたくさん色んな曲の作詞ノートが見れるのは貴重。
結構、ぐちゃぐちゃに書き込まれている。
最初に書いた言葉は消さずに、書き足していく、という手法をとっているからか。

BLOW'IN
wonderful opportunity
RUN
光芒

上記の曲は個人的に大好きで思い入れが特にあるのだが、リズム良く好きなメロディにのっているあの歌詞に行き着くまでの試行錯誤の形跡に驚いた。

BLOW'IN (1992年)
かの有名なサビの部分
「BLOW'IN BLOW'IN in the wind
風に揺れる心を抱えたまま」
は、最初、作詞の段階では↓
「風に揺れるハートを抱えたまま」
だった。
全然違う。
歌いながら「ハート」から「心」になったのか。どの段階で「風に揺れる心を抱えたまま」になったのか。
カタカナと漢字だと全然違う印象だけどもあの16ビートに乗るのは漢字の響きなのだ、というのが面白い。



wonderful opportunity
アルバム「IN THE LIFE」一曲目 1991年

私の人生をだいぶ救ってくれてるこの曲「トラブルは素晴らしいチャンス」「心配ナイ問題ナイ」の歌詞。
これを若干26歳で書かなければならない精神状態たるや。創作ノートの紙面は結構ぐちゃぐちゃだった。
本人的には「辛いことがあった時に書いた」と言っていたものだ。そこを経た創作は多くの人の心を今も励ましてくれている。
「いやな問題 大損害 避けて通る人生なら論外」という韻を踏む言葉はぐちゃぐちゃな作詞ノートの中でもしっかりと力強く書いてあった。


【今回本に纏めることで】

作詞の裏を見せてしまうことで魔法が解けてしまうかもしれないけれどそれもまた面白いかもしれない
という趣旨の記載があった。
60歳近い年齢からは集大成という印象も世間から付き纏われたりするだろう。

そんなもの軽く笑い飛ばして欲しい。

また新しい言葉と出逢わせてくれ、と小さな1ファンは心から願うしかできない。

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