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物語は要りませんか?-あらすじ①-【雪化粧】



 藤崎万里は苦労続きで育ち、何をやっても上手くいかない23歳のフリーター。

 父の不倫で両親は離婚、母は万里に執着し、どんどん支配的になり、生活のすべてに指図した。それが嫌で、母と激しい口論になり、彼は母を突き飛ばし、そのまま家出した。

 だが、居場所を隠し、独り暮らしを続けて一年後、友人から母が自殺したと聞かされる。

 万里は自分を責め、未来を悲観した挙句、ある冬の日、ついに自殺を決行。

 睡眠薬を持ち、雪山に足を踏み入れる。

 ところが、そこには先客が。宮森冴子と名乗った女性は、万里と同じ23歳で、中小企業の事務職として働いている。

 実は恋人と登山中、遭難し、足を挫いて、巨木の下、動けなくなっていたのだ。

 元来、お人好しの万里は、自分が死ぬのも忘れ、何とか彼女を下山させてやろうと考える。

 ところが、急な吹雪に攪乱され、彼自身も遭難してしまった。

 方向感覚を失い、冴子を背負って何度下山しようとしても、必ずあの巨木の下に戻って来てしまうのだ。その上、何故かスマホは圏外。救助を求めようにも、無駄だった。

 万里も到頭、力尽き、冴子とともに巨木の下に座り込む。

 そこで万里は荒天の中、必死でカマクラを作り、その中で二人、命懸けの夜明かしをする羽目に。ガタガタと震える万里と冴子。とくに冴子は、冬場にしては軽装である。

 万里は自分のマフラーを、彼女の首に巻いてやりながら、不可解に感じた。

 いや、不穏当にすら感じていた。

 そんな中、冴子は、少しでも気を紛らわそうと、ポツリポツリと自分の身の上話を始めた。

 両親からの虐待、妹の死、いじめ、高校中退……冴子は万里以上の苦労人だった。

 やっと見つけた就職先でも、上司と不倫……それを聞いた時だけは、父の不貞と重ね合わせ、少々不快になったが、それでも不幸を乗り越え、前向きに生きようとしている姿に、万里は感銘を受けた。自分は甘えていたのだ……そんな思いを噛みしめ、自分ももう一度だけ頑張ってみようと考え始める万里だった。

 しかし、冴子の話を聞き進める内、だんだんと雲行きが怪しくなってくる。

 吹雪も激しくなり、いよいよ凍える中、冴子は言った。

「私、人に優しくされることに慣れてなかったから、彼から優しくされて、付き合ってって言われた時、舞い上がっちゃったの。彼には奥さんも子供もいるって分かってたのに、いけないことだって分かってたのに、流されちゃった。なのに結局、利用するだけ利用して、彼は私を捨てたのよ。ここに……そう、ここに」

 青ざめる万里を横目に、冴子は続けた。

「彼はもう、二度と戻ってこないわ。探しになんて来るはずないの。私は彼にとって、最早、邪魔な存在だったんだもの。だから私、彼を許せなくて……突き落としたの」

 ここまで言って、冴子は急に黙りこんでしまった。

 万里は戦慄した。まさか、冴子はこの雪山のどこかから、不倫中の恋人を突き落として殺し、逃げる途中だったのか? つまり彼女は殺人犯? 万里は逃げるべきか懊悩する。

 すると冴子は、涙目で万里の方を向き直り、さらにこう続けた。

「万里くん、私を抱きしめて。どうせ死ぬなら、最後は、あんな冷たい男の思い出じゃなく、本当に心の温かい、あなたの腕に包まれて眠りたいの……あなただって、本当は死ぬ気で、ここまで来たんでしょう?」

 万里は、ハッとなった。けれど、抗いがたい魅力を持つ冴子の誘惑に屈し、ついには彼女を力いっぱい抱きしめていた。不思議と寒さは感じなくなっていた。

 ただ、冴子の身体だけが、やけに冷たかった。

 そしてこの頃には、すでに万里も気づいていた。

 冴子を熱く抱きしめながら、万里は涙を流していた。

 冴子は、彼の涙を見た途端、切なげな笑顔を浮かべ、そして……唐突に彼の腕をすり抜けると、雪原の中へ白く、儚く、幻のように、霞んで消えていった。

 泣きながら、冴子の亡魂を見送った万里。

 彼は、自身の熱で溶けた根雪の下に、間もなく白骨遺体を見つけた。

 再度スマホを手に取る。今度はすんなり警察に繋がり、遭難した旨を説明……万里はやっと救助され、冴子の遺体も回収された。死後約一年。死因は絞殺。

 警察は、最初の内こそ万里を疑ったが、白骨化した彼女の手には、犯人のものと思しきイニシャル入りジッポライターが握られていた。

 そこから捜査の末、判明した犯人は、なんと半年前、駅のホームから転落し、列車に跳ねられすでに死亡していた。万里は、冴子が恋人を呼んだのだと、すぐに分かったが、警察の取り調べでは何も言わなかった。
 冴子との一夜の思い出も、すべて自分の胸に封印した。

 また、母の葬儀で、久しぶりに再会した父が、不倫相手と再婚していたことを知り、万里は何とも言えない気持ちになった。冴子の切ない笑顔が蘇ってきた。
 いや、だからこそ万里は、父からの生活援助を断り、今後も一人で生きる道を選んだ。

 そして春。
 雪の解けたあの山に登り、巨木の元へ花を手向けた万里は、冴子に誓った。

「何があっても、オレは生きていくよ。生きたかった君の分まで、精いっぱいね……さようなら。またいつか会おうね、冴子さん」

 その時、緑生い茂る巨木の枝では、冴子の亡魂が優しい微笑みを浮かべ、静かに万里を見守っていた。その唇は、確かに『ありがとう』と、つぶやいていた。


ー終わりー

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