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『繚乱コスモス』(3)☆ファンタジー小説

※※※
 
(美奈子さんにこのお茶を飲ませるワケには……)
 徳子は震える手で茶碗を持ち上げつつ、猛烈に考えた。お局OLに気遣いするのとは別の脳ミソを、フル回転させる。
(これしかないっ!)
 決めるが速いか、徳子はコケた。茶碗を持ったまま。

 中身はテーブルにぶちまけられ、美奈子以外の3人は初め驚いた表情を浮かべ、次第に迷惑そうな表情へと変化する。
「おいっ、ナニをやっとるんだっ、イヤすみませんですはい……」
 開発部の課長は、徳子に対しての小言と来客への謝罪を交互に繰り返す。
「申し訳ございませんっ、今すぐ雑巾を」

 そう言って全速力で給湯室にいくと、黒田が待ち構えていた。
「徳子さん、どうだった?」
「黒田さん雑巾っ!」
「へ? はいこれ」
 黒田の手から雑巾をひったくると、打ち合わせコーナーに駆け戻り、卓上のお茶を拭きながら何度も頭を下げる。

「まぁったく……」
 課長がまた小言を言いかけたとき、
「急いで対応してくれて、ありがとう」
 そう、美奈子が課長の言葉を遮って言った。

 徳子が疲れた表情で給湯室に戻ると、黒田の尋問が待ちうけていた。
「黒田さん、やっぱりわたしには高度なテクニックだったみたいで…… 緊張して手が滑ったついでに足ももつれて、机にドバーって」
「ぷぷぷ、ぶわっハハハハハ……」
 黒田の目論見は不発だったが、予想以上のお笑いネタが目的を達成できなかった不満を吹き飛ばしたようだった。
(怪我の功名とはこのことだわ。はぁ~)
 脱力しながら、徳子は聞いた。
「ところで黒田さん、あの人、黒田さんの気に障ることしたんですか?」
「それが聞いてよ、アイツさぁ……」
 言いかけたとき、事務室の電話が鳴り、黒田が呼び出される。
「え、あたし? 徳子さん、ハナシの続きはまた」

 徳子は虚しさを引きずりながら、黒田の背中を追って事務所に戻る。
 席につくとパソコンのマウスを小刻みに動かして、スクリーンセーバーを解除する。そして社内のグループウェアを起動して真っ先に社員一覧を開いた。クラスメイトが同期入社していれば当然、気がついているはずである。
 しかし、美奈子が同じ会社であることを知らなかったのは、中途入社だからと考えた。そこで徳子は、美奈子の入社日を確認しようとしたのだ。

(えーと山代、山代っと。あった。山代美奈子。ん? 四月入社じゃないのね。六月一日入社かぁ。そういえば卒業のとき、まだ進路決まらない、って先生と話していたような)
 入社後の研修期間は三カ月である。すると、四月入社の徳子が研修中、美奈子は中途採用されたことになる。
(研修についていけなくて辞める社員もいたから、穴埋めで急遽採用したのね、きっと)
 なるほど、と合点がいったとき、メールの受信メッセージがディスプレイに表示された。
「ん?」

 開くと、美奈子からである。
(メアド知ってるってことは、美奈子さんもわたしのこと検索してたのかしら? なになに、『業後に食事でも』かぁ)
 文面を見ると、女子高時代の美奈子が自分に向けた微笑みが思い起こされた。
(誘ってくれるのうれしいけど、黒田さんとなんかあったみたいだし……)
 そう考え『またの機会に』とキーを叩いて送信ボタンをクリックする寸前、不意に自己嫌悪に襲われた。
(わたし、本当は彼女と仲良くなりたかった。女子高時代は友人たちに流されて彼女を無視。今は黒田さんに流されて会うことを拒んでいる。わたしって一体、なんなのかしら?)
 そう思った瞬間、指が勝手に動く。デリートキーを乱打して書いたばかりの文字を消し、誘いを受ける文面をスラスラとよどみなく書き上げて、送信ボタンをクリック。

 そして、息をつく。
 徳子は、パソコンの影からそっと黒田の表情を伺う。それは、自分の小さな反逆心に戸惑う、心の内を表していた。

 徳子はただ、食事の誘いに乗っただけだ。しかし、陰鬱とした屋内から、晴天の野外へ一歩踏み出したようなさわやかな気分になり、こなれた愛想笑いとは違う、
 心からの微笑みを浮かべていた。



『繚乱コスモス』(4)に続く


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