見出し画像

陰火

平成24年1月15日。

僕の住んでいる地域は関東でもかなり寒い場所で、雪も積もるのです。その日は朝から雪でしたが、夜には小康状態となりました。

外を見ると、雪は明るい月光を反射して美しく輝いています。

周囲の景色に見惚れていると、北西の方角から、透明な袋が飛んでくるのが見えました。コンビニ袋ではなく、なんという名称かわからないのですが、スーパーで肉や豆腐を入れるためにロールにして置いてある薄くて半透明な袋です。

それが空気をはらみ、月明かりを反射して僕のほうへ飛んでくるのです。「ありゃ、袋が飛んでくるなあ……」
特に興味があるわけでもなく、袋を見ていると、僕の方に真っ直ぐ近付いてきます。
「くるくる」
なんて思って見ていると、僕から十メートルほど手前で、90度方向を変えました。

すると、袋だと思っていたソレは長く尾を伸ばしているのですね。
「人魂じゃん……」

つまり、人魂が方向転換するまでは、僕に対してまっすぐ進んできたので、”尾”の部分が見えず、僕は膨らんだ袋が月明かりを反射してこちらに向かって飛んでくると思い込んでいたのです。

こういう時、恐怖より好奇心が勝つ傾向にある僕は、瞬きもせずに観察します。

”青白い光”とはよく言ったものです。ソフトボールよりやや大きいくらいの青白い火、どのくらい青白いかというと、ガスの火ありますよね。それの大きいやつだと思ってください。すごく美しい。それが長く尻尾を引いて、部屋の前の栗の木あたりをウロウロしているのです。

なおもジッと見ていると、尻尾が段々と短くなっていき、明るさもやや暗くなってきます。

「消えるな消えるな」
だって、一生に一度見れるかどうかですから、もっと見ていたかった僕は思わず呟いてしまいました。
もちろん人魂の方は馬耳東風で、さらに尻尾を短くし、お尻?の方から徐々に消えてなくなりました。

つまり、人魂の進行方向と逆のほうから消えていったのですね。

※※※

その一週間後の深夜、瞼にチラチラ明かりがあたるので薄目をあけると、カーテンを閉め忘れた窓に懐中電灯の明かりが当たっているのです。

「そういえば昨日、大家さんが『合鍵をなくした』とか言って騒いでたな。でもこんな夜に探しても見つからないだろうに」
そんなことを思いながら窓を見ると、ハゲ頭の爺さんが覗いています。ちなみに大家もハゲ頭です。で、あまりに失礼だと思った僕は、怒鳴りました。

「こんな夜に探しても見つかるワケ無いだろ!……」
そう言ってる途中で、その顔が大家でないことに気がついた僕は、言うのをやめ、立ち上がって外を見ました。

誰もいません。

※※※

その三カ月ほど後のことです。

たまたま、大家さんにお客があり、僕に会いたいというので、大家さんの家に行きました。
「お久しぶりです」
「おお、秋ちゃん(なぜかここの人々は、僕の苗字を略してちゃん付けするのだ)久しぶり~ 琵琶聴きたいな、なんて思ってさ」

この人はナントカエキスプレスという某有名ロジステック会社の重役さん。妙に気が合うのです。
「琵琶気に入ってくれたんですか?」
「うん、ちょっと不気味だけど、ビーン、っていう倍音がいいよなぁ」
「不気味といえば、この前、人魂見ましたよ。栗の木の横で消えましたけど」


すると、こう、答えたのです。
「秋ちゃんの前の栗の木ね。そういえば10年くらい前、そこで首くくっ……」
「あああ! ちょっとこんなときにそんな話は! xxさん冗談はやめてくれよ、秋ちゃん怖がるだろ」
バカ大家が割って入ります。

「いえいえ、僕そういうの慣れてますから大丈夫です。それで、栗の木で?」
しかし、大家の野郎がしかめっ面をするので、もう答えてくれません。

お客が帰ったあと、大家に問い詰めると、こう言いました。
「以前の持ち主が、俺がここ買い取ったあとに、秋ちゃんの栗の木の近くを掘りにきたんだよ。なぜかって聞いたら、その家のじいさんがお金か、純金か、そんなものを埋めたって言ってた」

嘘だと直感した僕は即答します。
「で、そんなのは出なかった」
「ん? まあ、その通りなんだけど」
「堀りに来たのは誰なんですか?」
「前のオーナーで、今はxxxxxxx(スポーツ施設の名称)やってる人」
「ああ、あそこですか」
「秋ちゃんも知ってるだろ?」
「ええ」

※※※

話を戻すと、僕が知りたいのは、”人魂はなぜ現れ、栗の木で消えたのか?”です。もちろん、※※※で括った話一つ一つは関連性の無い、別の出来事という可能性もあります。

例えば、”首をくくった人がいて、それが僕の部屋を覗いたお爺さんで、それが人魂の正体”であれば、いわゆる”怪談話”としてすっきりします。

が、現実はそんな単純ではありません。筋書きなんて無いのですから。

金を埋めた人がいる? なんかヘンな話になってきました。そして、その金は無かった(と、大家に言ったらしい)。
僕はそのスポーツ施設も、その人も知っているので、聞こうと思えば大家の発言の真偽を確かめられます。でも、同じ答えが返ってくるでしょう。

”それ、本当にお金だったのですか?” 僕が確かめたいのはそこです。
なぜなら、お金を埋めて、人魂が出るのはツジツマが合わないからです。
しかし、その回答を得る可能性は、まずありません。

そのスポーツ施設は、その後数回、放火の被害にあっています。
ちなみに、捕まったのは、女性です。
人魂との関連性はわかりません。


それ以来、1月15日の夜に雪が積もると、僕はジッと、凍った闇を見つめるのです。

何かを、みつけようと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?