詩 イズイさん
小さくて
細くて
愛らしい蛇だったわよ
と
かゆう堂の奥さんは言う
画材の配達に行くと
たいてい
庭の飛び石の上で
とぐろを巻いていたと
あら
イズイさん
こんなところで
何してらっしゃるの?
声をかけると
とぐろを解いて
するすると
みちを空けてくれたじゃないの
白っぽい
茶色の
やさしそうな蛇だったわね
*
かゆう堂は金沢市寺町にある画材額縁の専門店でずいぶんお世話になった。ふうら画の額縁はここで作ってもらった。
奥さんから詩にあるような話を聞いたのは、哀愁館を出てだいぶ後のこと。とてもスピリチュアルな感覚・能力をお持ちの方で、そう言われると、自分でも玄関先の飛び石で小さなとぐろを巻いて日光浴でもしていたのかという気になるが、ぼくは蛇が苦手な干支なので不思議でもある。
実際に住んでいた八年間で、蛇を見たことは一度もない。他に見たという人もいない。けれど、あの古い家には、なにかだれか主のようなものの気配を感じてもいた。それが優しい茶色の蛇の姿でいたのかもしれない。すぐに潰れるから住むのは止せと忠告されながら、川の春夏秋冬を一度見るだけでもと酔狂に暮らした新しい住人を見守っていてくれた感もある。
この話を別の角度で詩にしたのがある。
*
日向ぼっこ
苧環*があったろう (*オダマキ)
門柱の前
ゴミ箱の横
それから犬槇に、見越しの松だ
粋な黒塀はブロックに変わったが
門灯の下までは飛び石
ゆるくカーブして玄関に至る
その何番目かの石の上で
あだな姿の茶色い蛇が
小さいとぐろを巻いていた
*
聞いた話を見たように書いたまでだが、哀愁館と蛇の話は印象に残った。
「イズイさん」という作品は、プロフィール代わりに詩集の巻頭に置いたりしている(自選詩集「孤島」電子版)。
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哀愁館については:
詩集 哀愁館
https://note.mu/rokusanjin/n/ne4319ca6d3f7
または
月光の家
https://note.mu/rokusanjin/n/nc538a4f4d365
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