泉井小太郎
謎に満ちた北条石仏についてのノート
六角文庫の本を紹介します。 紙の本、電子の本(EPUB, PDF)があります。
空想のライヴ・スポットです。音のない音楽です。
羅漢寺に来春の笑羅展のポスターとチラシを届けに行った。 風の強い寒い日だったが、羅漢場に着くと雲の合間から陽もさした。 こういうことがよくある。 石仏たちは晴男晴女が多いのかもしれない。 クレーの妖精のような一体の前に野菊が咲き群れていた。 陽射しを片頬に受けて、白く美しく輝いていたひと。 ワビスケ、サザンカの花、マユミの実、ドウダンツツジの紅葉の彩り。 この日のもう一つの目的は、とある句集の表紙を飾った石仏に会うこと。 ネットで発見、今日ポストに入っていた一書。
(十月四日の記録) 久し振りに羅漢寺。「草画帖」の最新号を届けて、境内の石仏たちに会いにいく。 曇りの閑かな午後だったが、ひと時光も射した。他に拝観者はいない。 石仏たちはみな秋の寂びた表情で寛いでいる。 緑鼻のらかん。苔や地衣類はかれらの表情を変えてしまう。 もとの顔がどんなだったか判らないひともいて、摩訶不思議な空気で立っている。 石にも風化はある。新たな剥落を三体見つけた。 珍しい笑顔のこのひとも左頬が削げ落ちている。 柔らかい石質のかれらもまた雨風に破れやすい。
(五月十五日の記録) 「加西の『隠れキリシタン』考察」という講演会があったが、体調万全でないので、終了後の石仏見学だけ合流した。講演会は七十人ほどの参加があったという。そのうち二十人余が羅漢寺を訪れて、境内はいつになく賑やか。雨の後で石仏はみなきれいで明るく見える。 この写真の左のひとは金槌と樫の葉、右のひとは釘と海綿を手にしている、共にキリストの受難具である……という話。他にも、鉈や槍、棕櫚(ヘッダ画像)やクローバーの葉などを持つ石仏がある由。 この人が手にしているのは
雨の降る前に羅漢寺へ。空は全面雲に覆われて、光の一点だに射さない。 けれどこういう日には、翳りある表情で、曰く言い難く羅漢は佇む。 境内の桜はもう散ってしまったが、白椿、肥後椿が咲き残っている。肥後椿は大輪で羅漢の掌よりも大きい。 眉間にウメゴケが生えて、眉と鼻とで十字架を描いたように見える。キリシタン異形仏との説もあるから、こういう案配もおもしろい。 このひとにも妙な苔が頭部に生じて、なんとも言えない髪型、なんとも言えない表情。 苔や地衣類はかれらに独特の意匠を与えて
草画帖 47号を公開しました。 紫雲英号です。 レンゲソウ、レンゲ、ゲンゲともいいます。 新美南吉の詠った、 「のらは/いちめん/れんげそう」の懐かしい風景。 ゲンゲの蜜、 ゲンゲの花飾り。 昔は牛が放たれていて、暴れる仔牛もいました。 げ ん げ 畑 そ こ に も 三 鬼 呼 べ ば 来 る 橋本多佳子 頭 悪 き 日 や げ ん げ 田 に 牛 暴 れ 西東三鬼 俳句は「雲雀」「げんげ田」。 詩は「春宵」。 * 閲覧・ダウンロードは下記ページでどう
羅漢寺。3月11日。 薬師堂と枝垂れ紅梅。地面にはキジバト二羽。メジロ、ヒヨドリが椿の蜜を渡り、ジョウビタキが石仏の頭に乗る。 今日の合掌羅漢。後ろには「三界万霊塔」。 天災人災(地震・ウイルス・戦争)の犠牲者を哀悼し、平和を祈念する。 どこか異人風の羅漢。口が欠けても祈りはできる。言葉は胸でも呟ける。 合掌は世界共通形だ。 暗澹たる二十一世紀。人類はどこへ向かうのだろう、と思い煩う足元に緑がかった珍しい羽根。つれあいに見せるとアオバトだと同定。参道を巡ると何年振りか
草画帖 46号を発行しました。 夢号です。獏号との姉妹編。 ネム、オジギソウ、ユメミグサ(桜)、マツヨイグサなどの筆で。 明恵上人ほどではありませんが、 夢はこどもの頃から好きでした。 夜見る夢も、昼見る夢も。 夢側通行で生きてきたところもあります。 『夢線通信』『夢と天然』『夢側通行』、 こんな本たちも作ってきました。 俳句は「春雷」。 詩は「夢字」二篇。 * 閲覧・ダウンロードは下記ページでどうぞ。 草画帖 46 サイトのPDFは表示しにくい時があります。再
草画帖 x2号を発行しました。 箱入り合本(21〜40号)特典の獏号です。 磨り終えた固形墨で描いたものです。 昔、一頭の宋獏(乾漆像)と邂逅しました。 それ以来獏を追い続けています。 ・個人誌「貘座」 ・HP「貘の詩画館」(現・貘祭書屋) ・絵本「ばくの木」 ・Poetry Roman「獏の甘い夢」 獏には大きな夢を食べさせてもらったり、 一緒に大変な悪夢に見舞われたりもしました。 俳句は「桃の花」。 詩は「獏 2022」。 * 閲覧・ダウ
草画帖 45号を発行しました。 松の号です。 大王松の松葉と松毬で描いています。 松葉は珍しい三本葉で、25cm。若い木の葉は最大50cmもあるそうです。 松毬はまだ青い時期に嵐で落ちたもの。筆の穂の形のまま茶色に変色。 俳句は「冬深し」。 詩は「双子座1・2」。 * 閲覧・ダウンロードは下記ページでどうぞ。 草画帖 45 サイトのPDFは表示しにくい時があります。再読込しても表示しない場合はRomancer版をご覧ください。 草画帖 45 (Romancer
チャールズ・ミンガス(Charles Mingus) 絵・音座マリカ 文・泉井小太郎 Better Git It In Your Soulおまえのことを喋るんだ と あなたは言う 息をしているんならな でも ぼくは 喋りたくない さんざんな目に遭ってきたんだ 足弱のガキの頃から 足弱の老いぼれになるまで これ以上ぼくが ぼくであってたまるもんか そうさ 前を向いて いつも笑ってきて こころでも泣かなかった それがブルースだろ ぼくのことはどうでもいいが ぼくのソウルは
極寒の正月。鐘つきにも行かず、草舎に籠もっていた。 三日は青空が広がり、ようやく羅漢寺へ。 元日には雪に震えただろう石仏たち。この日は暖かく陽もふんだんに降る。参拝者もちらほらいて、のどかな初春の空気が漂っている。メジロが椿や侘助の蜜にうれしそうな声を零す。 小さならかんが持っているのは何の葉か。 隠れキリシタン研究家によると、このひとはミトラという帽子を被り、棕櫚の葉を捧げもっているらしい。実際は聖書に多く登場する棗椰子のこと。それを棕櫚と訳してきたそうだ。 ヨーダに
草画帖 44号を発行しました。 冬木号です。 茶、侘助、柚子、黒鉄黐など冬の木々を筆にして描いたふうらたち。 表紙は高野箒の細い枝で。 鉢植の梧桐が大きな葉を着けたので、その黄葉にも描きました。 花や実の印象的な常緑樹がメインになりましたが、冬木の魅力は落葉樹の裸形にもあります。欅や榎や小楢やメタセコイアの美しい枝ぶり。 俳句は「冬の薮」。 詩は「小さな木」。 * 閲覧・ダウンロードは下記ページでどうぞ。 草画帖 44 サイトのPDFは表示しにくい時がありま
小春日和に誘われて羅漢寺へ。 草画帖の新号と、バックナンバーの補充分を納める。 境内は紅葉が見頃で、山茶花の紅白も盛り。 いつもより早い時刻に来たので、東側のらかんたちに日が射している。 いつもではないらかんに、見馴れない日の当たり方がしてとても新鮮。 前に並ぶらかんの影。北風なら有難いだろうが、日光は……。 日 あ た り や 熟 柿 の 如 き 心 地 あ り 漱石 小春の柔らかい陽射しに佇むらかんたち。みんな熟柿のような心地だったろうか。見ている方も確かに甘く
草画帖 43号を発行しました。 柿号です。 里古りて柿の木持たぬ家もなし 芭蕉 さすがに今はどの家にも柿の木という風景は消えましたが、それでも町中のあちこち、田や畑の縁などに立っていて、柿は親しみのある木であり果物であり、 柿色の日本の日暮柿食へば 加藤楸邨 秋は柿色の夕日に郷愁をかき立てられます。 今までは柿の小枝を筆にしていましたが、この秋は念願の筆柿で描いてみました。 筆柿で描いた、筆柿です。 俳句は「柿若葉・井月」、 「柿紅葉・良寛」。
初めてのホームページ「ふうら美術館」を開いて今日で二十五年。 ふうらの一人と共に羅漢寺の石仏を訪ねた。 迎えてくれたのは、そろそろ現れる頃だと心待ちにしていた雪虫。小さな個体だったが、しばらくこのあたりを浮遊、石のらかんと綿の虫はとてもよく調和する。 ここに来るまでは足も体も重かったのが、石仏を巡る間にやや楽になった。いつの年からか、ここに咲き出したノジギク。石と草も親和する。境内にもう少し草花があればいいのだが……らかんたちも楽しいだろう。 対象的な二人。 口元の線も
草画帖 42号を発行しました。 通草号です。 春の花も可憐ですが、秋の実は美味甘味。 あけびの笑い。 くねくねとした蔓は描きにくくみえて、案外楽しませてくれます。 線の味も悪くありません。 通草、木通、山女、丁翁…いろんな表記があります。 俳句は「あけび」。 詩も「あけび」。 * 閲覧・ダウンロードは下記ページでどうぞ。 草画帖 42 サイトのPDFは表示しにくい時があります。再読込しても表示しない場合は Romancer版をご覧ください。 草画帖 42